⑥
「おはようっ」
「……あれ、朝練は?」
「ああ、今日からテスト週間始まったから部活もしばらく休みなんだよ」
「……へえ」
「反応薄すぎだろ」
「……え、ああ、ごめん」
「もしかしてまだ月曜日のこと気にしてる?」
「…………」
「そんなの気にすることないって。この前も言ったと思うけど、あれくらいで汀姉のことを軽蔑なんかするはずないじゃんか」
「……私が納得いかないのよ」
「どう納得いかないんだよ」
「だって、秋哉は優しいからお姉ちゃんのことを許してくれるかもしれないけど、気を遣わせちゃってる感半端じゃないし……」
「家族なんだから気を遣うなんて面倒なことはしないよ。それにほら、今日は汀姉の二十一歳の誕生日だろう? 主役がそんな暗い顔してちゃ駄目だって」
「でも……」
「でもじゃないっ。ほらっ、またいつもの汀姉に戻ってよ」
「いつもの私って……。秋哉の目には私のことが一体どう映ってるのよ」
「そりゃあまあ、その歳になってもまだ弟離れができなくて、距離感はいつも近いし、子供みたいに幼稚なことを平気で言ってくるし、すぐに人のことケチ呼ばわりしてくるし、そのくせ自分が着てる服はいつも安物ばっかだし、かと思えばサッカーのスパイクは値札も見ないで買ってくれるし、他人のことはうざいくらいに心配するくせに自分のことになると全く心配させてくれないし、弱音や愚痴を吐いてるところなんて見たことないし、でも今みたいに変なところで落ち込んだりもするし、強いのか弱いのかもよくわかんなくて、大人なのか子供なのかよくわからなくて、でも誰よりも家族想いで、優しくて、明るくて、だから一緒にいるだけでこっちが元気もらえて──まあ、笑顔がとにかく可愛い自慢のお姉ちゃんってことだよ」
「…………」
「えっ、もしかしてまた泣いてるの?」
「……うるさい。またって言わないで」
「でも、これで月曜日と合わせて二回目だよ。案外、汀姉って泣き虫?」
「ちがうし。今だって目にゴミが入っただけだし」
「でたでた。涙を誤魔化す言い訳ランキング堂々の第一位のやつ」
「……どこ調べなのよそれ」
「あっ、笑ってる」
「笑ってないっ」
「どう見ても笑ってるじゃんか」
「もうっ。いちいちそういうこと言わないでよ。身動き取れなくなるじゃんっ」
「でも明らかに笑ってるからさ」
「…………」
「そう睨むなよ」
「だって秋哉が意地悪言うから……」
「不貞腐れないでよ。……はいっ、これあげるから」
「えっ、なにこれ?」
「誕生日プレゼントだよ。まあ、初めて作ったから下手くそだけどさ、この前言ってただろ? 愛情がたっぷり欲しいって」
「……これ、練習で忙しかったのにわざわざ編んでくれたの?」
「まあね。学校の休み時間とかに一人で黙々とやってたら、クラスのみんなに彼女がいるって勘違いされちゃってたみたいだけど」
「一生の宝物にする」
「そこまでのものじゃないでしょ。逆に物足りないくらいなんじゃ──」
「ううん、そんなことない。すっごく、すっごく嬉しいっ!」
「そ、そう? 喜んでくれたならよかったけど」
「……せっかくだから秋哉に巻いてもらおうかなっ」
「なんでだよ」
「いいじゃんっ。せっかくだから巻いてよ」
「自分でそんくらいできるだろ」
「えー、そんくらい聞いてくれたっていいじゃんっ。このどケチーっ」
「めちゃくちゃ言ってくるじゃん」
「私、誕生日なんだよ?」
「はいはい、わかったよ。仕方ないなあ」
「やったね」
「で、どっちに巻くの?」
「左手におねがい」
「はいはい。じゃあ手、出して」
「ほーいっ」
「ああ、そうそう。ちなみになんだけど、緑色は健康運をアップさせるんだって」
「そうなの?」
「らしい。ネットで見ただけだけど」
「やっぱり、お姉ちゃんのこと心配してくれてるんだ?」
「そりゃまあ、家族だし……」
「ふふっ。ありがとっ」
「別にこれくらいどうってことないよ。それに身体が資本って言うだろ?」
「そうだね。お姉ちゃん、これを機に今の働き方を見直してみようかな」
「え、それってどういう──」
「おっ、できたっ。……どう? 似合ってるかな?」
「……うん。似合ってるけど」
「やったやったっ」
「ねえ、汀姉」
「ん?」
「さっきの働き方を見直すって、あれ、どういうこと?」
「ああ。あれはただ無理をしないってだけよ。別に秋哉がそんな不安そうな顔する必要はないって。それに、結局はこれまで通りバリバリ働いちゃうだろうし」
「……ほんとに?」
「ほんとだって。これ以上はもう秋哉にも迷惑はかけないから安心して」
「迷惑だなんて、別に思ってない」
「ふふっ。ありがとっ」
「…………」
「どうかした?」
「ああ、いやっ、別に……」
「どうしたのよ。急にそんな険しい顔して」
「……いや、別になんでもないんだけど」
「ほんと?」
「うん。ただ、その……」
「なによ。その感じだと、なんでもなくなさそうな口ぶりじゃない。いいわよ。今ならタダでお姉ちゃんがなんでも聞いてあげるから」
「…………」
「なによ。黙ってちゃわかんないじゃん」
「……じゃあさ、その、少しの間だけ目瞑っててくれない?」
「わかった。けど、目を瞑るだけでいいの?」
「うん。それだけ」
「あーっ。さてはお姉ちゃんに悪戯でもするつもりなんでしょ?」
「……ごめん、それは言いたくない」
「え、絶対する気のやつじゃんっ」
「…………」
「えー、もうっ、まあいいけど。……はい、瞑りましたー。どうぞお好きに悪戯して下さーい」
「ありがと。じゃあ、ちょっとそのまま動かないでね」
「うん。やっぱりなんかめちゃくちゃ怖いんだけど」
「……………………」
「えっ、ちょっと、しゅっ、秋哉? な、ななっ、何をするつもりなの?」
「お願いだからさっきみたいに目を開けないで。これはただのスキンシップみたいなもんだから」
「いやいや、でもっ、えっ、ちょ、ちょっと待っ──」
「お願い。すぐ終わるから」
その日、汀姉は吸血鬼になった──
鬼の行方(No.4) ユザ @yuza____desu
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