004 CASE242 女子大学生・S
そのウェブサイトにとるに足らない内容の文字を打ち込んだ。次にマウスをクリックするとブラウザの画面には投稿完了を示すマークが現れた。反映状況を確認するため、またホーム画面をリロードした。
そんな事あるわけないじゃない。
もう一度表示された文字列に目を通しながら、胸の内で呟いた。次にブラウザの中にいる黒いモザイクで目隠しされていた女子高生Fが、そうだよね、と私に語りかけてくる。もちろん、それは私の想像に過ぎない。けれど私と彼女はずっと対話を続けているのだ。
そう、彼女が不審死を遂げて以降ずっと。
彼女と一丸となってこの未解決連続殺人事件の謎を解くために。
マスコミや警察は未だこのJR東日本南北総武線において事件が起こる度に、転落死事件という用語を使っている。昼のワイドショーではまるで事故の可能性がまだあるような言い草をしているコメンテーターが多数派だ。
けれど、これは紛れもない殺人事件なのだ。あの監視カメラに映った彼女の様子を観た者であるのであれば、誰だってそう思ったはずだ。あれは誰かが殺意を持って電車が差し迫るタイミングを見計らい、彼女を線路に突き落とした様に他ならない。
もう一度ウェブサイトのトップをかざる彼女の写真に目をやった。
「悔しかったよね。でも、大丈夫。私が解決してあげる」
独り言を呟いてから、その下へと目をやった。
ずいぶんと前の日付のウェブサイト更新日が彼女の遺影とも言える写真のすぐ下に貼り付いていた。
このウェブサイトはもう長い間更新されていない。だが、写真右斜め端にあるコメント欄には多数の事件に関する情報や意見が寄せられており、ウェブサイトのコンテンツは前のままだが、そこのみは活発に毎日毎時間アップデートされていた。この規模のウェブサイトとしては異例のこと、と言って良いだろう。
私が先程書き込んだコメントの上には女子高生Sとあった。私が使っているこのウェブサイトでのハンドル名だ。私の苗字のイニシャルであるS、それに合わせて女子高生Fの女子高生を前につけた女子高生Sとして、私はこのウェブサイトでは認知されている。
ある程度コメントを書き込んでいる人間は固定ハンドル名を使っているので、私がコメントを書き込むと大抵すぐにレスがつくのだが、今の時間は朝方なので誰もこのウェブサイトに訪れていないのか、しばらく待ってもコメント欄には何の反応もなかった。
薄い吐息を吐いてから、ノートパソコンの蓋を閉じて立ち上がった。今日は通っている大学の講義が午前中にあり、その大学がある駅から家が遠い私は、まだ早い時間であるというのに、満員電車に揺られながらその大学のキャンパスに向かわなければならない。
窓の外を見ると雨は降っていなかったが、若干雲行きが怪しかった。このくらいで雨が降ると思い傘を持ってくるような人はいないだろうが、何しろ私は大の雨嫌いだ。雲の形にはかなりうるさく、後程雨が降りそうな時はすぐわかる。本来であれば、こんな日は大学には行かない。だが、講義をサボる余裕は私にはなかった。単位をこれ以上落とすと留年してしまうからだ。
少し億劫だが、玄関口へと向かい、ナイキのスニーカーを履いてから、傘を手に持ち外の道路へと出た。
大学のキャンパスに着くまでもつかな。
まだ青い部分がところどころあった空を見上げながら、そう思った。初めから帰りは同じ大学に通う東京人の彼氏に車で送らせるつもりだったこともあり、手の中にある傘を家の周りにある柵にかけ、私はそのまま駅へと向かった。
女子高生Fが殺害された北船橋駅から若干遠い南千葉駅が私の住む家の最寄り駅だ。その駅から、大学のある駅に到着するには、一度だけ乗り換え時にJR東日本南北総武線に足を踏み入れる必要がある。
ただ事件が多発している北船橋駅からはかなり遠いし、この駅周辺で事件が起こった例はない。
また、南北総武線に足を踏み入れるといっても、一瞬のことなので同じく家に住んでいる両親もたいした心配はせず、遠回りのルートを使って欲しい等と言うようなことはなかった。
私もそのような気はさらさらなかったので、頼み込まれたとしてもおそらく断ったことであろう。
何にせよ、今は北船橋駅に近づくことは避ける必要があるのは確かだ。判明している情報だけでは何も判別ができない。そのような状態であの駅付近に身を置く事は自殺行為だ。
だが、と南千葉駅の改札口を抜けながら私は思った。いずれは調査のために事件が多発しているその北船橋駅には行かなければならない。女子高生Fに実際何が起こったのか現場をこの目で見て推理する必要がある。私は階段を登りながらそのような事を考えた。
ちょうど例のJR東日本南北総武線と交差する細い通路に出た。すぐ横にプラットホーム脇を通る線路が見える。その細い通路を十メートル程行けば下り階段があり、私のいつも使っている路線のプラットホームがある。
私は普段通りその通路を通り、下り階段へと向かった。何も変わりはない。いつもの光景。いつもの行動。いつもの通路。いつもの通り人通りも全くない。私はまたいつもの通り下り階段を降りるため、身体を横に向けようとした。
すぐにその身体のバランスが崩れた。誰かに肩を押された事は線路に落ちた後に気がついた。急行電車が私のすぐ間近まで凄まじい音を立てて走り込んできている。もはや逃げ切ることなどできないだろう、と私は思った。
この時、両親や東京に住む彼氏、大学の友人たち。私の脳裏にはそのどれの顔も浮かばなかった。唯一ほんの短い走馬灯の中に見えたのは、本当の顔を知っているのに目が隠され本当の顔がわからない彼女の顔。
ごめん。私じゃ解決できないみたい。
私はその彼女である女子高生Fに謝罪の言葉を述べようとした。だが、猛スピードで突進してくる急行電車から放たれる狂気が、前を向いている私の側面までやってきていた。果たしてそれは間に合うのだろうか、と思う私。そして、次にそれを口に出そうとした時だった。
鈍く、どん、という音がした。
私の身体はこの世から最も醜い形で消滅した。
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