003 CASE121 男子中学生・T

 真相究明・JR東日本南北総武線連続駅プラットホーム転落死事件の謎


 自らが管理するこのウェブサイトのタイトルにカーソルを合わせた僕は、マウスの左側をクリックした。すると、タイトルからトップ画面へと飛んだ。ブレザーの制服を着た女性の写真が現れた。


 女子高生・F。


 友人から手に入れた彼女の中学卒業アルバムの正面写真を目隠しつきで、そこの中央に載せている。いかにコンテンツが良かろうとウェブサイトのトップ画面にインパクトがなければ、その後のアクセス数は見込めない。これは他の同じようなサイトと差別化を図った僕なりの施策だった。また、このウェブサイト下部に表示されている広告がクリックされれば、その分お金が入ってくるらしいが、現在の僕には一銭もお金は入ってこない。


 僕は知り合いの大学生のレンタル・ウェブサーバーを間借りして、親に内緒でこのウェブサイトを運営していた。その大学生はこのウェブサイトで稼いだ広告収入分を僕にくれようとしたが、それは断った。このウェブサイトで得た収入はかなりのもので、とても普通の中学生が持っているような額ではなかった。稼いだお金は銀行口座に預ければ良いとその大学生は僕に言ってくれたが、それでは僕の銀行の通帳を管理している親にこのウェブサイトのことがバレてしまう。普段から僕が優等生であることを誇りに思っている親、特に母にはそれを秘密にしておきたかった。


 だが、何にせよ僕にとってお金はどうでも良かった。このウェブサイトを運営している目的は、単に転落死事件の謎を解明したいという欲求一点のみ。アクセス数が欲しかったのは、ゴミのように溜まっていく情報の中からその糸口を探すためだ。掲示板サイトであるとコピペ情報が邪魔で誤情報さえ探すのが難しい。ゆえに自らコメントが貰えるタイプのウェブサイトを立ち上げる必要があった。


「早く学校に行かなければ遅れるわよ」

 母の声が聞こえてきた。

 返事をしてから部屋を出て、家の階段を降りた。ブラウザはすでに閉じていて、例え母がパソコン画面を覗いたとしても、僕があのウェブサイトを運営している等微塵にも思うことはないだろう。


 そのまま家を後にし、駅へと向かった。僕がその駅から向かう場所は、事件が多発しているJR東日本南北総武線北船橋駅だ。北船橋にある僕の通う学校に行くための最短ルートはその駅しかない。自らあのようなウェブサイトを運営していることを知っている友人たちの中には、不用心のように思っている人もいるかもしれない。


 だが、僕は北船橋駅に到着する側に電車に乗るのであり、北船橋駅から電車に乗るわけではない。そして、電車から降り立つと次の電車が来るまでに、必ずすぐエスカレーターに乗り改札口へと向かう。であるのであれば、反対側車線を走る急行電車の通過さえ気をつければ良いのだ。いや、それを心配することさえ無駄に終わるはずだ。なぜなら、一度として駅に電車が到着した側の人間が転落死事件に巻き込まれたことがないからだ。


 駅の改札を抜け、電車に乗り込んだ。スマートフォンを弄って、伝言アプリで友達同士のグループチャットに今から北船橋駅に向かうことを伝えた。いつもこのグループに入っている友人たちと、駅の改札付近で待ち合わせをしてから、少し先にある学校へと通っている。今日は少し遅くなったので、全員が僕を駅の改札付近で待っていてくれているはずだ。


 満員電車に揺られながら、昨日夜中まで集めた情報を頭の中で整理した。友人たちに僕のウェブサイト以外で自分の知りえたことを伝えるためだ。僕のウェブサイトにはグループチャットの友人たち全員がかかわっていた。それぞれが夜調査した結果を次の日の昼間学校で披露し、僕がそれらをまとめて僕のウェブサイトにその情報を載せることが女子高生Fが死んでからの僕たちの日課となっていた。


 何故そのようなことをしているかというと、僕を含めた全員が自分たちで事件を解決へと導いていくことを強く望んでいたからだ。この事件は、僕たちの学校がある北船橋において現在進行形で起こっていて、これを無視して通常の学校生活など送れるはずもないと僕と僕の友人全員が思っていた。


 北船橋に学校がある関係上からか、僕の友人たちを含め学校の誰もまだ事件の被害者にはなっていない。だが、そのような幸運がいつまでも続くはずはないことは自明の理だった。何故なら、被害にあっていないのは、学校の終業時間がその事件が多発している時間帯から大きく外れて、たまたま職員を含めた学校の全員が帰宅しているだけの可能性が高く、もし間違えでもしてその時間帯に北船橋駅のプラットホームに入ってしまったら、誰が被害者になってもおかしくはない。


 ゆえに僕らは単純な正義感のみで、このようなことを行っているわけではなかった。僕らは常に死の危険性を享受している立場にあるのだ。動きの遅い警察だけに任せておいたら、いつになったら解決するのかわからない。その間死に怯えて待つなどまっぴらごめんだ。これが僕たちの共通意見だった。


 昨日もろくな情報がなかった。相変わらずわかっているのは、女子高生Fの監視カメラに映った不自然な死に方のみ。今は各運営側に対応されその動画は消されているが、少し前までその動画は様々な動画サイトにアップされていた。


 その動画において彼女の最後付近を観る限り、誰かにプラットホーム外へ連れ出されたのは間違いない。だが、それが誰かなのかがわからない。彼女に誰か触れた様子がその監視カメラに映っていないのだから、それも当然だった。


 警察はそうとは発表していないが、その場で誰かに無理やり連れ出されている彼女の姿を見た者はいないというのが、まことしやかな噂としてネット上で流れていた。まさか幽霊の仕業ではあるまいが、何かしらの人外の事柄に起因して彼女がそのような死を遂げたことは想像に難くない。


 電車が北船橋駅に到着した。自動ドアが開き、乗っていた乗客が一斉に外へと飛び出した。僕はその波が去った後、ゆっくりと電車の中から外へ出た。周囲には人が少なくなり、ほぼ全員がエスカレーターの方へと殺到していた。この駅の通勤ラッシュ時間帯におけるいつもの光景だった。


 エスカレーターの行列が過ぎ去るまで、まだ時間がかかりそうだ。ゆっくりとプラットホームの通りを歩き出し、僕は先ほどの続きを考え始めた。


 人外の事柄に起因して――人外の物もしくは人外の者。そのどちらかにより、彼女は死へ追いやられたのだろうか。それとも、あの監視カメラに何か仕掛けがあったと考えた方が良いのだろうか。いや、それであると不自然だ。何しろ目撃者がいないことは周知の事実となっている。であれば、監視カメラに仕掛けをする必要などないはずだ。僕はそんなことを考えながら、プラットフォーム中央にあるエスカレーターへと身体を向けた。


 そこで誰かが僕の身体にぶつかってきた。次の瞬間、そのままプラットホームの下に叩き落とされた。身体が宙を舞った後、近くにあった線路に腰をぶつけた。痛いと思いはしたが、僕は冷静だった。すぐに起き上がって駆け上がれば問題はないはずだ。何しろ急行電車が来たとしても反対側の線路のはず。であるのであれば、まだまだ間に合う。


 推測通り、急行電車は僕が滞在している線路の反対側を通過しようとしていた。凄い威圧感が身を襲ってくるが、勢いに巻き込まれそうな程の風力は感じない。ゆっくりと制服についた砂を払いながら、立ち上がった。次に上に見えるプラットホームの淵へと向かう。


 それにしても誰が僕を押したのだろうか。それ関連のウェブサイトを運営しているとはいえ、まさか一中学生の僕を前から狙っていたなんてことはないだろうから、無差別にあの状況下で僕を選んだに違いない。いずれにせよ、それが誰であるとしてもその誰かが一連の事件の犯人だ。


 自分が被害にあいそうになるとは思っていなかったが、これは幸運だったかもしれない、と僕は思った。とりあえず、その犯人が人の形をした者であることはわかった。それにもしかすると、僕の身体に指紋などの物的証拠がついているかもしれない。それにより、警察と協力関係が築ける可能性もありそうだ。そうなれば、世間に公表されていない情報も手に入ることだろう。


 何にせよ、後で監視カメラの映像を確認して状況を把握し、警察や友人たちと協力して、絶対に僕の手で犯人を暴いてやる。


 そう意気込んだ時だった。耳を塞ぎたくなるような音量の警笛音が僕の鼓膜を貫いた。また身体を誰かに押された。前には誰もいない。誰の姿もない。あるのはプラットホーム下の無機質な壁だけ。なのにもかかわらず、もう一度押される。僕の身体はついに反対側の線路へと追いやられた。


 まさか……いや、絶対にそうだ。電車の風圧を側面に感じながら、僕は思った。

 

 僕たちは勘違いしていた、いや、僕は勘違いしていた。それは誰かではない。誰かではなかったのだ。


 それに気がついた時にはすでに僕の命のタイムリミットは過ぎていた。

 

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