第36話あの頃の自分に届くぐらいの声量で!

 春が過ぎて、桜が舞終わって枯れ始めるこの季節。私は毎年のように、君のことを思い出します。あの頃の、まだ若かった君の姿を……。


 君と別れてからというもの、私は魂が抜けさったような虚無感に毎日襲われ続けてました。正直辛かったです。


 君はたかだか数ヶ月で、どれだけ私の心をかき乱せば気が済むんだと、怒っても怒りきれません。


 あの時、君と過ごした時間を、私は今まで一度だって忘れたことはありません。


 あの時の思い出を思い出して、何度枕を濡らしたかも思い出せません。


 楽しかったのか悲しかったのか、よくわからない思い出だけど、私にとっては代え難いものであり、なくてはならないものです。


 青空の下、肌寒い風に当てられながら、私は懐かしい記憶を思い出す。

 あーあの頃は楽しかったな。毎日が新鮮で、ドキドキしてた。若さ故の暴走も、今となってはいい思い出だ。

 懐かしい思い出を独白していると、あっという間に我が家に到着する。どこにでもありそうな、平凡な一軒家のドアを開けると、元気よく挨拶をする。


「たっだいまー! 帰ってきたよ!」


 元気よく挨拶をしてやったのに、奥からは気だるけな返事しか帰ってこない。


「おかえりなさい。もうすぐ夕飯が出来るので、座って待っててください」


 元気のない挨拶を返してくれたのは、生意気にも背丈の伸びた、あの頃より大人っぽくなった奏くんだ。

 そんな彼に、私は一つ注意をする。


「敬語……」


 一言そういうと、奏くんは「しまった」とでも言いたげな顔をして、すぐさま言い訳をする。


「ごめん……。なんだか未だに無意識で出ちゃうんだよ」


「あはは。未だにって、何年前のことだと思ってるの?」


「そうなんだけどさ、なんかやっぱり、タメ口は違和感が残るというか……」


 どこにでもいる、カップルとか夫婦がしそうな会話をすると、私たちは階段を登って上の階に向かう。

 上の階に着くと、奏くんが作ってくれた料理の香ばしい香りが漂ってきて、たちまちお腹が鳴き声を漏らす。


「奏くんまだー?」


 夕飯が待ち遠しい幼子のように、奏くんを急かせる。


「もうちょっと待っててよ。もうすぐ終わるから」


 呆れた顔をする奏くんは、手慣れた手つきでフライパンの上で具材を踊らせる。そんな彼に、私は今日久しぶりに思い出した昔のことを伝える。


「そう言えばさ、なんか今日、久しぶりに高校生の頃を思い出したんだよね」


「高校生って、真由が暴走して川に飛び込もうとした時のこと?」


「あ、あれは若くて視野が狭かったから起きた事故だって、何回も説明したじゃん。本当に、あの頃は鬱が限界を超えてたからね。自分でも思い返して、何やってんだって思うよ」


「そうなの?」


「うん。全く、浅慮とは恐ろしいものだね」


 懐かしい黒歴史を語って、私たちは笑う。


「じゃあ、僕に感謝だね」


 彼は冗談っぽく言ってくれる。けど、あの時に君が止めてくれなかったら、私はまたこうして君と、隣で笑えてない。

 感謝しても仕切れないな……。料理をする君の後ろ姿を見て、私はあの頃の愚かな自分を殴りたくなった。


 お前の浅はかな行動のせいで、今の私がいなくなってたかもしれないんだぞって。


 だからこのムシャクシャを発散させるために、私は窓をバカっと開けて、あの頃の自分に聞こえるぐらいの大きなな声で、今の、自分の本音を叫ぶ。


「生きてて良かった!」


 とびっきりの笑顔で、そう叫んでやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

共依存 ラリックマ @nabemu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ