第33話最後に最高の思い出が作れた
お祭り会場に到着すると、沈んでいた気持ちが浮上してくる。
ちゃんちゃらちゃんちゃらと軽快な音が気分を高揚させ、自然とテンションが上がって叫びたくなった。
「わぁー! 見て見て奏くん、あっちにいろんな屋台があるよ!」
グイグイと彼の手を引っ張り、人混みを駆け抜けて屋台の方へ向かう。無数の人だかりを掻き分け、屋台がたくさん並んでいる場所に着くと、早速私たちは焼きそば屋さんの屋台に並ぶ。カンカンと鳴り響く景品が当たった鐘の音も、ガヤガヤとうるさい喧騒も、私を楽しい気分にしてくれる。
やっぱりお祭りはこうでなくちゃ。周りの楽しい気分に当てられて、私まで楽しくなる。
だというのに、隣にいる奏くんはどこか浮かない顔をしてる。
「どうしたの? あんまり楽しくない?」
心配そうに奏くんの顔を覗くと、彼はハッと我に帰り。
「そんなことないですよ。ただ、こんなところでお金を使っちゃって良いのかなって」
お金の心配をしていた。確かに、もし今後もこの生活を続けるのなら、こんなところで無駄遣いをする余裕はない。けど、もう良いんだ。どうせ今日限りだし。
私は鞄から今日持ってきたヘソクリの五万円を取り出すと、それを広げて奏くんに見せびらかす。
「じゃーん! ほら見て、五万円だよ。こんだけあるんだから、今日ぐらいは贅沢しようよ!」
ヒラヒラと五枚の諭吉を見せると、奏くんはふふと軽く笑い。
「まあそれだけあるのなら、ちょっとぐらい良いですかね」
お金を使うことに関して、前向きになってくれた。やっぱりもう、最後の思い出なんだから二人とも楽しい気持ちじゃないとね。
気持ちを切り替えた私たちは、このお祭りを全力で楽しむことにした。長い行列を並んで焼きそばを買ったら、次は王道の射的屋さんに向かった。
射的屋さんはどこの屋台にもあるような、手前の台にコルク銃と数発のコルクが置かれていて、奥の台座にキャラメルやぬいぐるみなどの景品が置いてある、一般的な形式を取った射的屋さんだった。
「奏くんは射的の腕に自信があるの?」
「やったことはないですけど、こんな子供向けのゲームには苦戦する気がしないですね」
完全に射的を舐めきってる奏くん。なんだかこのやり取りに既視感を覚える。まあいいや。失敗したら、馬鹿にしてやろう。
ニヒっと笑みを浮かべ、奏くんの射撃を隣で見る。銃口に弾を詰め、一番大きなぬいぐるみにフォーカスを合わせる奏くん。
片目を閉じ、スゥーと狙いを定め、パンッと大きな銃声とともに、弾が射出され、そして……。
「惜しかったなぁにいちゃん。あと数センチ横にズレてたら当たってたぜ」
奏くんの打った弾は、ぬいぐるみにカスって台座の奥へ飛んでった。
「相変わらず奏くんはゲームが下手っぴだね」
私がクスクスと奏くんを煽ると、彼はちょっと怒り気味にコルク銃を渡してくる。
「じゃあ真由先輩がやってみてくださいよ。どうせ出来ませんから」
「お、言ったな~」
奏くんに煽り返され、私は本気を出す。
「ねえおじさん。腕って伸ばして良いの?」
「ん? まあ良いぜ。お嬢ちゃんが可愛いから特別だぞ」
「ありがと~! それじゃあ……」
私は恥も外聞も捨てて思いっきり腕を伸ばし、逆に外すのが難しい位置まで、商品に銃口を突きつける。よし、じゃあここら辺で引き金を引こうかな。私はこの中で一番取りやすそうなキャラメルに狙いを定めると、引き金を引く。
私がキャラメルのほぼ目の前でコルクを放つと、キャラメルは台座の奥に飛んでいき、ポトっと床に落ちた。
「やったー。ほら見て奏くん、一発で当たったよ!」
グイグイと奏くんの裾を引っ張りながら、落ちた景品を指差す。
「やるな嬢ちゃん。ほい、キャラメルね」
おじさんにキャラメルを手渡された私は、ドヤ顔と景品を奏くんに見せつけてやる。
「どう? ちゃんと取ったよ」
景品のキャラメルを奏くんに見せつけると、彼は納得のいかない様子でそっぽを向き。
「今のはズルです。あんなの、誰だって取れるじゃないですか。僕は負けを認めませんから」
意固地で負けを認めようとしなかった。
「奏くんは強情だなー。もっと素直になれば良いのに」
「真由先輩が正々堂々とした人なら、僕だって素直に負けを認めます。ネットカフェのゲームでも、いつもズルばっかするじゃないですか」
「ず、ズルじゃないよ! あれが私の中の正々堂々なんだよ!」
「はぁ……。ネットで調べたバグ技を使って勝つのが正々堂々なんて、真由先輩は碌な大人にならなさそうですね」
奏くんに盛大な嫌味を言われ、普通に落ち込む。確かにズルばっかしちゃうかもしれないけど、それでも良いじゃん!
どんな手を使っても勝つのが、ゲームの醍醐味じゃないの? ゴミ見たいな思考をしていると、的屋の屋台が視界に映り込んだ。
「ねぇ、あれみて。一等が最新のゲーム機だよ! これはやるしかないでしょ!」
的屋をみてやるしかないと思った私だけど、奏くんは冷めた目で。
「何言ってるんですか? あんなのどうせ当たりなんか入ってないですよ。お金をドブに捨てるような真似を、僕はしたくありません」
夢も希望もない発言をする。確かに入ってないかもしれないけど、それは違うじゃん!
私は奏くんにお説教するように、この屋台の存在意義を説く。
「良い奏くん? これはね、もしかしたら当たるかもって夢を買うんだよ。宝くじと一緒。当たんなくてなんぼなの! だからやるよ!」
無理やり奏くんを的屋に連れてくと、私たちは一枚百円の紙を十枚引いた。
「じゃあ一枚ずつめくるよ。はい!」
バッと折り畳まれた紙を広げると、そこには「ハズレ」の三文字が……。
うん、わかってたけど普通にハズレた。隣で結果を見た奏くんは、当然の結果とばかりに無表情を貫いていた。
これじゃあ私がアホみたいじゃん。なんだか紙を広げるのが恥ずかしくなり、私は残り九枚の紙を奏くんに渡す。
「ほら、奏くんも引いて良いよ」
無理やり紙を渡された奏くんは、嫌そうな顔をしながらも、淡々と紙をめくり始めた。ペラ、ペラと、何の希望も抱いてないその手を、私は慌てて止める。
「ちょ、ちょっと! めくるのが早いよ!」
なんの楽しみもなく、高速で紙をめくる彼の手を静止させると、何もわかっていない奏くんにお説教をする。
「こういうのはさ、一枚一枚ワクワクしながらめくる物なんだよ!」
楽しみ方が分かっていない奏くんに教えるけど、彼は冷めた目で手に持った紙を見つめ。
「良いじゃないですか。どうせ当たりくじなんて入ってないんですから」
店主の前で、堂々とそんなことを言い始めた。
「ちょっと、目の前のおじさんチョー睨んでるじゃん」
コソコソ声で店主のおじさんが睨んでいることを耳打ちすると、奏くんはチラッと店主の方を向き、居心地が悪そうにしながらペラペラと紙をめくり始めた。奏くんがめくる紙には、どれも「ハズレ」の文字が書かれていて、やっぱり当たりなんか入ってないのかなと落胆する。
けど、最後の一枚には「五等」の文字が書かれており、私のテンションが舞い上がる。
「あ、当たったよ! えーと、五等の景品は……」
視線をゲーム機以外の場所に向けると、五等の紙が貼られている箱を発見した。でも、中には駄菓子が詰められているだけ。もしかしてこの、一つ三十円ぐらいで買えそうな駄菓子が五等の景品?
せめて百円以上のものはちょうだいよ! なんで一枚百円の紙から、三十円ぐらいの駄菓子が当たるの? 酷い詐欺にあった気分になり、私たちは駄菓子を一つ手に取ると、すぐにその場を立ち去った。
「いやー的屋なんてやるもんじゃないね」
さっきとは正反対のことを告げると、奏くんは。
「だから言ったじゃないですか」
呆れた顔で言ってくる。いや、私だってわかってたよ! でも、もしかしたら当たるかもって希望が拭えなかったんだよ。
祭りで落ち込んだ気分は、祭りで持ち直そう。
「よし、それじゃあ片っ端から食べたいものを買っていこう!」
人間、ご飯を食べればそれだけで満たされるものだ。三大欲求の一つを満たすべく、私たちは屋台の食べ物を片っ端から買い漁った。
りんご飴。たこ焼き。チョコバナナ。目に着いた食べ物を買うと、両手で持ちきれない量になり、一旦お祭り会場から離れることにした。
「いやー買いすぎたね」
お祭り会場の近くにある河川敷の芝の上に座ると、焼きそばやたこ焼きの入ったビニール袋を地面に置く。
「真由先輩が何にも考えないで適当に買うからでしょう。これ、全部食べきれるんですか?」
「大丈夫だよ。こう見えて私、結構大食いだから」
えっへんと胸を張り、私は目の前にある大量の食べ物を片っ端から食べ始める。まずは一番最初に買った焼きそばだ。割り箸をパチンと割って、紅生姜と一緒に焼きそばを口に含む。
うん、美味しい! だけど……。
「美味しいけど、ちょっと冷めちゃってるね」
若干パサパサした麺をすすると、そんな感想を漏らす。まあ、買ってから結構時間が経ってるし、当たり前っちゃ当たり前だけど。
次に私は、一番最後に買ったたこ焼きを口に含む。
箸でたこ焼きの中身を開けると、熱そうな煙がじわぁと広がってきて、食欲がそそられる。
やっぱり焼きたてが一番だ。中の熱を逃すと、私は一口でたこ焼きを頬張る。
「美味しい! 奏くんも食べてみてよ」
手に持っていたたこ焼きの容器を、奏くんに差し出す。私がたこ焼きを差し出すと、奏くんは容器に付いていた爪楊枝でたこ焼きを頬張る。
「あっちゅ!」
たこ焼きを冷まさずに頬張った奏くんは、ハフハフと熱そうにしながらたこ焼きを飲み込んだ。
「あはは。そんな食べ方したら、口が火傷しちゃうよ。ほら、今度はしっかり冷まして食べな」
もう一つたこ焼きを渡すけど、奏くんはたこ焼きには手をつけず、私の顔をじーっと見つめてくるる。なにいきなり!? 彼の熱いまなざしを受けた私は、なんだか照れくさくて、ニヤつきながら。
「な、なに? もしかして顔にソースとか着いてる?」
ゴシゴシと手で口元を拭う。だけど、ソースなんて口元についておらず、奏くんがどうして凝視してくるのかわからなかった。奏くんにまじまじ見られるのが恥ずかしくなって、ふいっと顔を反らすと、彼は安心したような口調で喋り始めた。
「なんか、最近の真由先輩ってずっと気難しい顔をしてたんで心配だったんですよ……。でも、今日は僕たちが家出をする前の真由先輩に戻った気がして、なんだか嬉しいです」
奏くんの発言に、胸が締め付けられる。やっぱり奏くんは、ずっと気が付いてたんだ。
まあ、この前も隠し事はないかって聞かれたしな……。
ちょっとだけ罪悪感……。でも、もういいんだ。私はいつも通り、混じりっ気のない本当の気持ちを伝える。
「ごめんね。最近……というより、家出をしてからずっと迷ってたことがあったんだ。だけどもう、私の中でハッキリと答えを出せたから。だからもう心配しないで!」
本当の気持ちを伝えると、奏くんは。
「なら良かったです」
微笑みながら言ってくれる。うん、これでいいんだ、これで……。私たちの会話に一区切りつくと、周囲も一斉に静まり返り、ピューと花火が上がっていく音だけがして、パンッと綺麗な赤色の花ビラが空に打ち上がった。そして、打ち上げられた花火は一瞬の眩さを放つと、徐々に崩れ夜空に煙となって消えてしまった。
綺麗だな。こんなにしっかりと花火を見たことはなかったけど、とても煌びやかで美しいものだなーと改めて思う。花火が上がって空に模様を描くのは一瞬なのに、あの儚く美しい模様は鮮明に脳が覚えてる。
泡沫の夢のような、刹那の煌めき。とても惹かれるものがある。奏くんも花火に夢中で、ご飯を食べる手が止まってる。そんな彼の手に、さりげなく手を乗せてみる。ピタッと軽く手を乗せて、花火を見る。あ、今ってすごい恋人っぽいことしてるなって思い、一人で勝手に舞い上がる。
ヒュ~パァンと空に鳴り響く閃光の形に見惚れて、すっかり時間を忘れる。買ったばかりのたこ焼きは冷めてしまうほど、貴重な時間は一瞬にして過ぎ去った。
そして、最後と言わんばかりに一際大きな花火が打ち上がって、儚く夜空に消え去った。
後には煙の残り香だけが漂うこの空間が、なんだか特別なもののように感じた。
「綺麗でしたね」
奏くんは感想を呟くと、私は涙をこらえながら。
「うん、そうだね。もうこれで、何も思い残すことはないって思えるよ……」
そう、彼に言い放つ。
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