第32話覚悟はもう、決めたから……!

 自分でも、なんで話しに言ったのかわからない。余計に自分が辛くなるだけだってわかりきってるのに。

 でも、この人に話を聞かないと、私たちは前に進めないって思う。だから話しかけた。

 いきなり私に話しかけられた女性は、ビクッと肩を上げると、恐る恐ると言った様子でこちらに振り向いた。オドオドとした気の弱そうな女性は、視線を逸らし。


「えーと、実は行方不明の息子を探していて……」


 ハッキリとしない物言いで、奏くんを探していることを教えてくれる。

 明らかに年下である私に対しても腰の低い女性は、ずっと申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 息子ってことは、やっぱり奏くんのお母さんか。

 私は罪悪感に押しつぶされそうになるけど顔には出さず、なぜ話しかけたのか、自分は彼とどのような関係なのかを軽く明かす。


「そうだったんですか。実はその写真の子、私と同じ高校でして。奏太くんと私はまあ、顔を合わせれば話すぐらいの関係だったんですよ。でもある時から全然姿が見えなくなって……。良ければ話だけでも聞かせてもらえませんか?」


 同じ高校であることと、すれ違ったら話す程度の仲という嘘を告げると、奏くんのお母さんは特に訝しむ様子もなく。


「それじゃあ、近くにベンチにでも移動しましょうか」


 近くにある公園を指差して、ゆっくりな足取りで公園に向かって行った。 

 公園には子供用の遊具と、木製で出来た古臭いベンチが置いてあり、私たちは間を少し開けてベンチに座る。座った直後は、私も奏くんのお母さんも口を開かず、気まずい沈黙だけが流れた。だけど時間が経過すると、奏くんのお母さんは淡々と、贖罪でもするかのように話し始めてくれた。


 今まで奏くんが家の中でどのような扱いを受けてきたのか。そして、そんな息子に対して、母親らしいことが何もできなかったこと。守ってあげられなかったこと。家出をしてしまったのも、自業自得だと思っていること。

 奏くんのお母さんの言葉は、どれも自分の行いを責めているように聞こえた。


「全部遅すぎたんです。あの子がどれだけ追い詰められていたかも、私は分かっていたはずなのに……。それでも、夫が怖くて何も言うことが出来ませんでした」


 しわくちゃに顔を歪めて涙を流す彼女を見て、私は何故だか憤りを感じた。何にもしてあげなかったのに、今更帰ってきてほしいなんて虫が良すぎるって。私のものじゃないのに、私から奏くんを奪おうとする彼女が、恨めしく感じた。

 だから八つ当たりのように、強い言葉で責め立てる。


「だったら、家出をさせてあげたままの方が良いんじゃないですか? どうせ家に戻っても、奏太くんが辛い思いをするだけだと思いますけど」


 正論という名の八つ当たりをすると、彼女は言い返す言葉もないのか、ただただ贖罪のように謝罪をする。


「本当に、その通りです……。でも叶うなら、もう一度親子として、やり直したいッ!」


 枯れて消えてしまいそうな声色。奏くんがどう思っていても、きっとこの人は母親なりに、奏くんを思っていたんだ。この親子を切り離す権利が、果たして私にあるのか。


 隣で赤子のように泣いている奏くんのお母さんを見ていると、私まで泣きそうになる。きっとそれは、離れ離れになる辛さがなんとなく分かるから。


 私も奏くんから引越しの話を聞いた時、泣きじゃくりたいほど絶望した。

 だからこの人の気持ちも、痛いほどよく分かる。辛い、辛すぎる。でも、決めなくちゃ。

 隣で泣いてる奏くんのお母さんの背中を撫でると、言いたくもない慰めの言葉を投げかける。


「大丈夫ですよ。きっとすぐに会えますから。だから泣き止んでください」


 そんな言葉を投げかけて、私は公園から立ち去る。覚悟は決めた。もう、迷いはしない。帰ったらちゃんと言おう。


「今まで振り回してごめんね」って。「一緒に帰ろう」って。


 憂鬱で最悪な気分だ。もしかしたら、いじめられてた時より酷いかもしれない。それぐらい嫌だ。あの子がいるから、今の私は生きている。あの子がいるから、私は今、笑っていられる。


 死ぬほど大好きで、死んでも離したくない。だけどやっぱり、別れなくちゃいけない。


 あぁ、神様って残酷だね。


 今まで酷い人生を歩ませてきて、その報いとして良いものをプレゼントしてくれたのに、すぐに奪い取るなんて……。 

 夕暮れ空に沈む太陽を睨みつけ、憤りと悲しみに打ち震える。思えば、奏くんと家出してから、ずっとバイト漬けの日々だったな。もちろんネットカフェでゲームをしたり、軽くご飯を食べたりはしたけど、そうじゃなくて。


 何か一つ、最後に思い出が欲しい。最後、一生心に残るような思い出が……。なんだって良い。些細なことでも、奏くんが隣にいてくれれば私にとっては最高の幸せだ。

 だから何か、思い出をください。もう別れても悔いの残らない、そんなプレゼントを……。


 陰鬱な感情は奏くんに近づくたびに膨れ上がる。こんな気持ちのまま東京に戻ってくると、やけに袴を着た女性が目に着いた。彼女たちは皆、オシャレな袴を着こなして、彼氏や友達とリズミカルな太鼓の音がする方へ歩いていく。

 今日はお祭りがあるのかな? 


 よく見ると、奥の方に出店や屋台がある。ちょうど良い。夏の思い出にはピッタリだ……。

 ちょうど奏くんもバイトから帰ってくる時間だし、この催しの後、奏くんにちゃんとお別れを言おう。

 スーッと全身から力が抜けて、前に歩く足取りが重い。奏くんに会いたいのに会いたくない。


 彼と私の体が、磁石で反発してるみたいだ。だけど、私はそんな足枷をなんとか引っ張って、ネットカフェに到着する。

 いつも寝泊まりしてる部屋に着くと、奏くんが暇そうに漫画を読んでいて、涙が溢れそうになる。


「やあ。もう帰ってたんだね」


 空元気で挨拶をすると、奏くんは漫画を閉じて、こちらを向く。


「はい、真由先輩は随分と遅かったですね」


「まあね。ちょっと故郷の空気が懐かしくてさ。色々と見て回っちゃった」


「そうなんですか。それより、今日は東京で花火大会があるらしいですよ」


「へ、へえ~」


 奏くんに花火大会の話を振られて、動揺する。ダメだ。この後をことを考えると、うまく笑って返せないや。

 でも、決めたから。だから私は、なんとか言霊を喉から押し通して。


「じゃあ折角だし、一緒に見に行こっか」


 奏くんを花火大会に誘う。私の誘いに、奏くんは嬉しそうにしながら。


「はい、行きましょう!」


 了承してくれる。そんな訳で、私と奏くんは二人で花火大会に行くこととなった。嬉しいはずなのに、心から喜べない自分に嫌気がさす。折角のお祭りなのに、こんなテンションじゃ奏くんに申し訳ない。


 上っ面の笑みを浮かべるのは私の得意分野だろ。笑え! これがもう、最後の思い出なんだから。

 自分を無理やり鼓舞すると、私は奏くんの手を引いてお祭り会場に向かった。

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