九十九真由は涙ながらに答えを出す

第31話グチャグチャな脳みそで決めたとしても

 会いたい友達も家族もいないから、本当にお金だけ取ったら戻ってくるつもりだった。

 朝の九時に起床した私は、奏くんを起こさないよう荷物をまとめると、寝泊りしているネットカフェを出て駅に向かう。 


 駅に着くと、椅子に座って適当に携帯をいじり、到着した電車に乗って地元に帰る。プシューという音とともに電車の扉が開くと、眩しい朝日と一緒に懐かしい景色が飛び込んできた。


 まだ三週間ほどしか経っていないのに、この景色と空気が新鮮なものだと感じてしまう。

 本当ならお金を取ってすぐ戻るつもりだったんだけど、なんだか気が変わった! 


 この生まれ育って懐かしい街を、私は少しだけ冒険してみようと思う。だから家とは違う方向に足を進める。

 どうせすぐに戻っても奏くんはバイトに行っちゃうし、惰性的な生活ばかりだと体が腐ってしまう。だから、たまには普段の自分とは違うことをしてみるのも、それはそれでありなんじゃないかなーと思う今日この頃。


 まず私が目指した場所は、私の人生が大きく変わった高校の学校だった。

 数ヶ月前のあの出会いから、私は人生を大きく変えてもらった。あの出会いがなければ、私は今、地面に足をつけていることもなかったし、幸せな気持ちを享受することもできなかった。


 学校に到着すると、夏休みだというのに部活動に勤しんでいる生徒の掛け声が響いてきた。この暑苦しい喧騒も、懐かしく感じる。いつも奏くんと屋上で話している最中に、よく聞こえてきたっけ……。


 校門をくぐり抜けると、自分の下駄箱に靴を入れて、靴下のまま校内を探索する。通い慣れた学校のはずなのに、これといった思い出は一つもない。

 本当に貴重な青春をドブに捨てたなと思う。青春といえば、結局私は奏くんと正式に付き合ってないなと、ふと思った。


 もし私たちが付き合ってたら、学校ではどうなってたんだろう?


 一緒にお昼を食べたり、文化祭を二人でまわったり、いかにも学生の恋人がやりそうなことをしてたのかな。


 ……いいなぁ。


 妄想の中の自分に嫉妬する。だってもう、私たちにはそういった恋人らしいことができないんだもん。

 戻ったら奏くんは引っ越しちゃうし、戻んなくてもバイト漬けの日々だし……。

 まあ、今の生活も十分幸せなんだけど、それとこれは別の話だ。


 校内をあらかた探検して、最後に屋上を覗くと、次に私は適当に街をぶらつくことにした。 

 今まで自分が育ってきた街を改めて観察してみると、ここも東京も、大して変わんないなと思った。都心の方は大きなビル街があって、東京のキラキラしたイメージのまんまだけど、都心から離れたところは地元とあんまり変わらないと思う。


 でもやっぱ、住むなら東京がいいな。便利だし、なんか東京に住んでるってだけで凄そうだし。

 特に理由はないけど、なんとなく憧れがある。そこで奏くんとか子供とかと一緒に住めたら、この上ない幸福だろうな。

 叶うかわからない妄想をしていると、一匹の猫ちゃんが視界を横切る。


「にゃ〜お」

 

 可愛い! 

 白色の毛皮に黒い斑点のような模様をして、どこか奏くんを思わせるふてぶてしい表情をした猫ちゃんを、私は無性に撫でたくなった。


「ほらーこっちおいで〜」

 

 両手を広げ、猫ちゃんを迎え入れる態勢をとる。だけど猫ちゃんはチラッと一瞬だけ顔を私に向けると、すぐにそっぽを向いて何処かに歩き出してしまった。


「あ、待って!」

 

 私はちょうど近くにあった猫じゃらしを引っこ抜くと、ゆっくり優しく左右に振る。

 さっきまで私に興味なしだった猫ちゃんも、さすがに猫じゃらしの誘惑には打ち勝てなかったのか、ゆっくりな足取りで私の元へ近づいてくる。


「にゃー」

 

「んー可愛いなぁ」

 

 近づいてきた猫ちゃんを抱きかかえると、頭と喉元を優しく撫でる。あー癒される。もし将来奏くんと一軒家で暮らすことがあったら、まずはじめに猫を飼おう。

 

 犬か猫か迷いどころだけど、多分彼は散歩とか嫌いそうだし、あの捻くれた性格は猫と相性が良さそうだ。だから猫を飼おう!


 もふもふとしつこいぐらい撫でると、さすがに猫ちゃんも嫌気がさしたのか私の腕から離れて何処かへ走り去ってしまう。そんな猫ちゃんの後を、私は無我夢中で追いかける。

  

 追いかけて走っていると、気がつけば人通りの多い街の商店街に着いた。猫ちゃんは、見失ってしまった。


 この商店街は人が多くて、通りには屋台がもうすでに展開されていた。まだお昼時だというのに、ちょっと早くないって思う。てか屋台って、今夜はお祭りでもやるのかな?

 

 お祭りのことを考えていると、ふとあることを思い出す。


 そういえば、奏くんと花火を見に行く予定を立ててたのにすっかりなくなっちゃったな。まあ仕方がないとは言え、ちょっと残念。

 もう夏も折り返しに入っているのに、夏らしい思い出が一つも作れてない。これはかなり由々しき事態だ。でも、そんな暇はないし、仕方ないか。


 夏なんて来年も再来年もあるんだし、別に……。


 未来のことを考えると、気持ちが沈む。だからもう、考えるのはやめる。

 もうだいぶ歩いたし、そろそろ自分の家にあるヘソクリを取って帰ろう。


 久しぶりに地元に戻ったことで気分転換もできたし、気持ちを切り替えて前に進もう。

 

 もう後には戻れないって割り切った方が、人生得だ!


 もともと私はポジティブな人間なんだし、私が奏くんを連れ出したんだ。

 そんな私が、こんなところでグダグダと悩むなんて、奏くんに申し訳なさすぎる。もう良いじゃん。奏くんは私と家出をしたことに後悔はなさそうだし、だったら何に悩む必要があるんだ。


 割り切って今後の生活について考えた方が、ずっと有意義だ。だから私は、もう地元に戻ることなんて考えないようにしようと心に誓った。だけど、この気持ちはすぐに反転することになった。

 私が家に帰ってヘソクリを手に入れ、東京のネットカフェに戻ろうと駅に向かってる途中のこと。


 見覚えのある写真を電柱に貼っている、一人の女性が目についた。

 電柱の写真には、見覚えのある顔写真と、その上に電話番号が記載されていて、私は冷や汗が止まらなかった。


 この写真、どっからどう見ても奏くんだ。書かれてる特徴も一致してるし……。てことは、この人はお母さん?

 でも奏くんの話じゃ、両親は奏くんに興味なくて、邪険に思ってるみたいな話をしてなかった?


 聞いていた話と、目の前の女性が取っている行動が違いすぎて、私は動揺する。どうしよう。このまま何も見て見ぬ振りをして、過ぎ去っちゃおうかな。でも、そんなことをしても、私の中にあるモヤモヤが大きくなるだけじゃない?


 ついさっき、もう悩まないって決めたのに……。頭がぐちゃぐちゃになって、何をどうすれば良いのかわからなくなる。

 そんな私は、気がつけば写真を貼っている女性の元に近寄って、話しかけていた。


「あの、その子がどうされたんですか?」

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