第28話新しい人生は、ワクワクで溢れてた

 深く考え事をしていると、キィィィィと線路とタイヤの擦れる音とともに電車が止まり、奏くんに呼ばれる。


「真由先輩、着きましたよ。早く降りないと閉じちゃいますよ?」


 ボケーっとしていた私を呼ぶ奏くんの声でハッと我に帰り、慌てて電車から降りる。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してて……」


「そうですか。僕もありますよ、周りの声が聞こえないぐらい、自分の世界に入り浸ること」


「だ、だよね! わかるよその気持ち」


 無理やり話を合わせて、私は悩んでないフリをする。ここから田園都市線に乗り換えを行うためには、一度改札から出ないけない。そのため私たちは駅の改札口に向かい、切符を挿入する。まずは奏くんがピンク色の切符を改札に入れ、改札口を抜ける。その後に続くよう私も切符を入れると「ピヨピヨ」と改札が鳴いた。


 公衆の面前で、なんとこの改札は私が子供用切符を買ったことをバラしたのだ。許せない! 


 まあ、自業自得だけど……。私は恥ずかしさと罪悪感で、赤面しながら駆け足になる。


「真由先輩……」


 なんだか奏くんから、哀れな人を見るような目を向けられる。先輩としての威厳や尊厳がなくなった瞬間だ。


「い、いいじゃん別に! これからのことを考えると、お金は大切にしないといけないんだよ」


「でも、普通に犯罪じゃないんですか? 真由先輩は高校二年生なんですから、大人料金で買わないと……」


「もー分かったよ! だからこれ以上そんな可哀想な人を見るような目を向けないで!」


 奏くんは変に生真面目なんだからと思い、不貞腐れながら私は大人料金で東京までの切符を買う。う……やっぱり高い。これだけで五百円近く取られるのか。でも、奏くんにはもうあんな目で見られたくないし……。私は渋々、大人料金で切符を買う。神奈川から東京まで、およそ一時間半ほど。


 東京に着くまでの間、私は奏くんと車内で喋るわけでもなく、ただ車窓越しに外の景色をジッと見てた。

 これから暮らす、私たちの街を……。


 長いこと電車に揺られ、やっと目的地に到着する。プシューとドアが開き、夏のちょっと蒸し暑い風が吹き込んでくる。

 私はググッと背伸びをすると、早速改札を抜け、目的地であるネットカフェに向かう。携帯でグーグルマップを開き、徒歩十分ほどの場所にあるのを確認すると、脇目もふらずに一直線で歩き出す。


「着いたよ」


 グーグルマップのピンが立っている場所に到着すると、そこには多少古臭いながらも、それなりに立派なネットカフェが建っていた。

 中に入ると階段があり、そこを登った先には受付があって、一人の従業員が眠そうにしながらも。


「いらっしゃいませー」


 と気だるげに挨拶をしてくれる。


「二名様でよろしいですか? 良ければ会員証を提示ください」


 店員は眠そうな眼を擦りながら、会員証の提示を求めてくる。普段ネットカフェなんか利用しない私は、会員証なんて持っていない。もちろん奏くんも……。


「えーと、会員証は持ってないんですけど……」


「でしたらこちらのコードを読み取っていただき、アプリをダウンロードした後、説明通りに進んでいただければ大丈夫です」


 店員さんの丁寧な説明を受けて、私は自分の携帯にネットカフェのアプリをダウンロードし、会員登録を済ませる。

 会員登録が完了した画面を見せると、料金プランを聞かれたので、私は二人で一番安く、それでいて長く入れるナイトパックの十二時間コースを選択する。


「では上の階になりますので、ごゆっくりどうぞ」


 案外すんなり入ることができて、ひとまず安心する。未成年がこんな時間にネットカフェなんて、何か言われるんじゃないかと心配していたけど、どうやら杞憂だったみたい。

 隣にいる奏くんは、初めて来たネットカフェに戸惑っている。


「あの、僕たちはこれからここで生活するんですか?」


「うん、値段のこととかも考えたらさ、ここが一番お得かなって」


「なるほど……。ちなみに、受付の隣にある部屋に漫画がいっぱい置かれてましたけど、あれは勝手に読んでいいんですか?」


「うん、飲み物も飲み放題だし、漫画も読み放題だよ」


「すごいですね。まるで天国みたいだ」


「あはは、言い過ぎだよ」


 初めての場所に目をキラキラさせる奏くんは、子供っぽくて可愛かった。そんな奏くんは、私たちがこれから滞在する部屋に着くなりより一層、興奮気味に目を輝かせる。


 決して大きくはない、三人ぐらいなら横になれそうな程よく狭い空間。床一面に敷き詰められた黒いマットレス。大きすぎないテレビに、繋がれたパソコン。壁に掛けられたハンガー。まるで秘密基地のようなその場所に、私まで気分が高揚する。


 確かにこの狭い空間は、人をワクワクさせるなにかがある。でも今は、楽しんでる場合じゃない。今後どうしていくか、どうやって生活していくか。そのことについて、きちんと話し合わないとダメだ。


「奏くん」


 私が彼の名前を呼ぶと、奏くんは持っていた荷物を床に置き、私の隣に座る。


「とりあえずさ、このままじゃ絶対にお金がなくなっちゃうじゃん? だからさ、バイトしよ、バイト」


 携帯でバイトを探すアプリを開き、彼に見せる。


「バイトですか……。確かに、僕たちが今持ってるお金だけじゃ、一ヶ月もつかどうかですもんね……」 


 言われて、奏くんはいくらぐらい持ってきたんだろうと気になる。


「そういえば、奏くんって今いくらぐらいあるの? 私は銀行に預けてるのと財布に入ってるのを合わせて、二十七万円ぐらいなんだけど」


 質問してみると、奏くんは申し訳なさそうに財布を開き、確認するようお札を数え始める。


「えーと……八万円ちょっとです。ごめんなさい……」


 露骨にうなだれる奏くんを見て、申し訳なく思う。


「謝んないでよ。元はと言えばさ、私が奏くんを連れ出したのが始まりじゃん。だからむしろ、私の方こそごめんね……」


 奏くんが謝る必要なんてどこにもない。もともと私のわがままから始まった家出なんだから、お金のことで奏くんが罪悪感を感じるのは間違ってる。


 私が謝罪すると、奏くん私に気を遣って励ましの言葉をくれる。


「ま、真由先輩が言わなかったら、僕の方から逃げ出そうって提案してましたよ! だから謝んないでください」


 誰が聞いても分かる嘘をついてくれる奏くんに、私は甘える。


「そう? ならおあいこだ!」


 お互いの申し訳ない気持ちを一旦は解消すると、私は話を戻す。


「まあとにかく、バイトをしないと私たちは一文無しになっちゃうんだよ。だからまずはバイトを探すところから始めよう!」


 そんな感じで、私たちはこれからの未来のため、バイトを探すことにした。二人してどこがいいとかここはやばそうとか話し合った結果、コンビニのバイトに応募をすることにした。


 理由としては、一番馴染み深くて簡単そうだから。ただそれだけの適当な理由で応募してみたけど、案外悪くない選択だったかもしれない。

 というのも、バイトを始めるにあたって、一つだけ懸念点があったのだ。 


 その懸念とは、奏くんが銀行口座を持っていないということ。こんな状態でバイトを始められるのか不安だったけど、どうやら先に面接へ向かった奏くん曰く、通帳がなくても手渡しでお給料を渡してくれるらしい。

 なんなら人手が足りないから、明日から来てくれとも言われたとか……。


 流石に面接日から採用されるとは思わなかったけど、これなら私も無事に受かりそうだ。

 奏くんと同じところでバイトが出来るという喜びから、ルンルンと軽くステップを踏んでコンビニへ向かう。コンビニに到着すると、レジに立っている学生らしき女性店員に声を掛ける。


「すいません。今日バイトの面接に来た九十九なんですけど……」


 私が苗字を名乗り面接に来たことを伝えると、女性は丁寧な言葉遣いで。


「あ、少々お待ちください」


 と言い、バックヤードの方に駆け足で向かってくれた。それから数十秒ほどして、奥からかなり老け顔のおじいちゃんのような風貌の男性が出てきて、私をバックヤードの方へと案内してくれた。


「えーと、九十九真由さんだよね」


 口ぶりから分かる優しさを感じ、私は思わず気を緩めてしまう。


「とりあえず、どうしてここでバイトしようと思ったか聞いてもいい?」


 聞かれて、なんて答えるのが正解なのか考える。考えた結果、特別な理由もないため、私は素直に答えることにした。


「ここからは家が近いから応募させていただきました」


「それだけ?」


「はい!」


 素直に答えると、店長は何が面白いのか突然笑い出す。


「ははは。君、正直だね。気に入ったよ」


 何故だか店長に気に入られた私は、予想通りその場で合格を言い渡されて、明日の朝から来るように言われた。奏くんは何時から入ってるんだろう。叶うなら同じ時間がいいな。

 そんな淡い希望を抱いてネットカフェに戻るけど、どうやら奏くんは明日の夕方から出勤らしい。ちょっと残念。まあ普通に考えて、新人同士が同じ時間帯に入れるわけないか……。


 奏くんと会える時間が極端に減って悲しくなるけど、それでも収入源を確保できたことに私は一安心する。

 これでお金の心配は大丈夫かな。少ないけど、二人で頑張ればやっていけるはず……。


 不安は拭いきれないけど、一先ずお金に関しては大丈夫そうだ。それからの私たちの生活というのは、朝は私がバイト。夕方は奏くんがバイト。二人でいる夜の時間は、ネットカフェでゲームをしてから寝るというものになった。


 正直すごく楽しい。自分たちだけの力で生活しているってのもそうだし、何より帰ったら大好きな人がいるのがすごく幸せだ。それだけのことで、私はどんなに辛いことでも頑張れる気がする。


 でもやっぱり、このままでいいのかなって気持ちはいつまで経っても消えることがなかった。

 そしてその気持ちがより一層膨れ上がったのが、夏休みに入った学生を見かけた時。バイトをしているお昼時どきの時間。

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