九十九真由の迷い
第27話現在と未来
夏休みを目前に控えた今日。私は奏くんから突然告白をされた。告白と言っても、私が嬉しくなるようなものではなくて、引っ越すからもう会えなくなると言う内容の、死にたくなるような告白だった。
奏くんと離れ離れになる。それは今の私にとって、死ぬこと以上に辛い。
もともと捨てる予定だった命を、彼と出会って捨てずに済んだ。
それどころか、彼のおかげで私はもっと生きたいって思えるようになった。
ずっと生きる意味を考え続けて、最終的に死んだほうがマシと思えるような人生だった。なのに、その考えをいい意味で変えられた。
今の私があるのは、全部奏くんのおかげだ。
あの子がいるから、私は……。
っと、こんなことを考えている時間はない。私は私のわがままで、彼の引っ越しを拒んでしまった。離れたくないから、一緒に遠くへ逃げようって無茶を言った。
だけど奏くんは、私の無茶苦茶なお願いを聞いて、首を縦に振ってくれた。だから逃げるんだ。もう帰りたくないこの家から離れて、ずっと一緒に居たい人と暮らしていくんだ。
大人の力なんか借りなくても、奏くんと力を合わせればなんとかなるはず。
強い決意を胸に刻み、私は淡々と遠出に必要なものを準備する。まずは一番大事なお金。
通帳を覗いてみると、二十六万円の文字が刻まれていた。とてもじゃないが、二人で暮らしていくには心もとない数字だ。
まあ高校一年生の半年間だけバイトして貯めたお金だからこんなもんか……。むしろ母さんに抜かれてなくてよかったと思うべきだ。
あの母親ならやりかねない。金にも男にも汚い人だ。今日まで育ててもらったけど、感謝の気持ちは一ミリもない。
こんな場所、早いところオサラバしたい。私は通帳を確認して、軽い衣服と最低限の持ち物を鞄にしまうと、気持ち早めに家を出て駅に向かう。
時刻は午後八時。集合時間にはまだ一時間ほどある。だけどいいんだ。あんな家にはもう、一秒だって居たくない。私が駅に到着してから三十分ほどして、やっと奏くんがやってきた。
「お、早かったね」
「真由先輩こそ」
なんてやり取りをしてから、私はこれからどこに向かうのか、どこで暮らしていく予定なのか説明する。
「これからね、二つ先の駅で乗り換えをして、そこから田園都市線に乗って東京に向かおうと思うの」
私が生き場所を提示すると、奏くんは予想外だったのか驚く。
「東京ですか? 行ったことないんですけど、物価も高そうだし、てっきり田舎の方に行くのかと思ってました」
「確かに物価は高いかもしれないけど、その分バイトで得られるお金も多いんだよ! あと、田舎で暮らすとしても住む場所がないしね」
私が住む場所という言葉を出すと、奏くんは一番気になっていたのか、今後暮らしていく場所について言及してくる。
「住む場所って言えば、結局どうするんですか? 東京の家は家賃が高いってよく聞きますけど……」
どうやら彼は、マンションや一軒家に住むと思っていたらしい。確かに一般的にはそうだ。だけどそれは、私たちには叶わないことだ。だから私は、固定観念を捨てて一つの答えにたどり着いた。
「そもそもの話、未成年で親にも頼れない私たちじゃ賃貸を借りることなんてできないんだよ。保証人もいない私たちに家を貸してくれる不動産屋さんなんて、多分どこにもないしね……」
「じゃあ、一体どうするんですか?」
不安そうに聞いてくる奏くんに、私は携帯の画面を見せて説明する。
「そこで私が目星をつけたのが、東京にあるネットカフェなんだよ! ここなら二人でもナイトパックが三千円だし、娯楽にも困らないかなーて思って」
私が力説すると、奏くんはよく理解してないまま頷いてくれる。多分、ネットカフェがなんなのかすら、あまり理解してないんだと思う。
奏くんは極端に人と関わってこなかったせいか、結構世間一般の常識には疎い部分がある。まあ、私も人のことをとやかく言えるほど常識人じゃないけど……。
奏くんはあまり理解していなさそうなので、もう少しだけ説明を付けたそうと思っていると、闇夜の奥からガタンゴトンと二つの明かりを照らした電車がやってきて、私たちの会話を遮る。
「それじゃあ乗ろっか」
駅のベンチから立ち上がると、車内の空いてる隅っこの座席に座る。電車の中には仕事帰りのサラリーマンがちらほらいて、皆疲れ切った顔で携帯を弄っていた。
こんな時間まで大変そうだなと思うけど、私たちもいつかはこうなるのかと考えると、絶望しそうになる。
そこでふと、考えたくもない未来を考える。私はどうなってもいい。だけど、このままずっと奏くんを拘束するってことは、彼の高校生活を破綻させるってことだ。
最終学歴は中卒で、職を選ぶのにも困難な立場に私のわがままで追いやってしまうことになる。
今ならまだ引き返せる。幸か不幸かもうすぐ夏休み期間だから、私たちが遠くでも生活をしても、学校の成績にはなんら影響ない。だから最悪、一ヶ月間の間はなんとかなる。
だけど夏休みが過ぎたら?
ずっと学校に行かず、家に帰ってこない息子の学費を親は払うわけもないし、それどころか絶縁されてもおかしくない。
私たちが路頭に迷っても、助けてくれる人は誰一人としていなくなるんだ。考えれば考えるほど、自分たちがいかに無謀で愚かなことをしているのか分かってくる。だけど私は、奏くんの未来よりも私の欲を優先して、彼を連れ出した。
最低なエゴイストだ。責任なんて取れないのに、こんな真似をして……。
でも、やっぱり離れたくない。奏くんは携帯を持っていないし、気軽に連絡を取り合うこともできない。もし離れ離れになったら、奏くんは私のことなんか簡単に忘れてしまうかもしれない。
どっちに転んでも地獄なら、私は長く奏くんと居られる方を選ぶ。だからこの選択肢は間違ってないんだって、自分に強く言い聞かせ、これ以上先のことは考えないよう努めた。
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