第21話ざまあみろ!

「ごめんごめん。ちょっと電話してた」


「あーうん。ところでさ、九十九って彼氏いないって言ってたよな?」


 唐突な彼氏の有無を確認してくる辻くん。あーこれは……。なんとなくこの後の展開が予想できて、私はいよいよパニックになりかける。本当にどうしようと考え、思わず奏くんの方に顔を向けるが、彼は遠目から見守ってるだけだった。


 このままもし告白されたら、その後どうするの? 

 もし雅さんから報復とかされたら……。

 トラウマを思い出しそうになるけど、さっきの奏くんの「大丈夫」って言葉を思い出し、冷静になる。


 うん、そうだよね。いつまでもウジウジしてたら、奏くんに笑われちゃう。奏くんに言われたじゃん。私には笑っていてほしいって。

 もう弱い自分はやめるんだ。今日、雅さんに復讐をして、私は弱い自分とおさらばするんだ! 決意を固めると、辻くんに顔を向け、冷静に会話をする。


「うん。辻くんも知ってると思うけど、過去にあんなことがあったからね。だから彼氏はいないよ」


「この前一緒にいたやつも、違うのか?」


「あーあの子は友達っていうか、学校の後輩で。たまたま会っただけでね、恋人とかではないよ」


「そうか。ならさ、俺と付き合わない?」


 なんとも軽い感じで告白をされ、ちょっと驚く。告白を受けたのは初めてじゃないけど、こんなにも軽く告白をされたのは初めてだ。まあ別になんだっていいけど……。

 私は慎重に言葉を選ぶ。


「でも、辻くんって雅さんと付き合ってるんじゃないの?」 


「それはもう別れるよ」


「そっか……」


 ここで私は、ニヤッと悪どい笑みを浮かべそうになる。内心ものすごくスカッとしたけど、まだだ。私は雅さんの目の前で、あの人の悔しがる顔が見たいんだ。


「じゃあさ、いま雅さんに電話して別れてよ。そしたら付き合ってもいいよ」


「ほ、本当か?」


 嬉しさと焦りが見える辻くんは、急いで雅さんに電話をかけた。ワンコールで電話がかかると、辻くんは簡潔に用件をまとめて伝える。


「かな。悪いけど俺、他のやつと付き合うことにしたから別れてくれない?」


 突然彼氏に振られた雅さんは、電話越しでも聞こえてくるぐらい動揺していた。辻くんとも軽い言い合いなっていた。


「今どこ?」


 電話の奥から、怒気を孕ませた声が聞こえてくる。聞かれた辻くんは、申し訳なさそうに私の方を見てくるので、ニコッと笑い。


「教えてあげなよ」


 優越感による余裕から私が言うと、辻くんは若干気まずそうにしながらも、私たちの現在地を教える。すると辻くんは、焦った様子で。


「え、来んの……? まあ、わかったよ」


 嫌そうな顔をしつつも、雅さんに申し訳ない気持ちがあるのか、しぶしぶ来ることを了承する。


「ごめん、どんなやつか一目見るって聞かなくて……」


「全然いいよ。このまま付き合っても、後味悪いもんね!」


 てな感じで、雅さんを呼び出すことにはなんとか成功した。ここからだ。

 あの人の前で、私は言いたいこと、思ってること、全部吐き出せるかな。

 いや、不安がってちゃダメだ。言いたいこと、怨み言、全部言ってやる。  

 

 ふつふつと怒りがこみ上げてきて、もはや辻くんの告白のことなど忘れていた。

 私たちが三十分ほど椅子に座って待っていると、鬼の形相をした雅さんがやってきた。


「隼人! 別れるってどう言うこと!? つーか、なんでこいつがここに居んの? もしかしてだけど、新しく付き合うやつってこいつのこと?」


 ツカツカと足音から怒ってるのが伝わってくる。新しくできた彼女がよりにもよって私で、どんな気持ちなんだろ。

 まあ、並大抵の憤りではないよね。近づいてくる雅さんに対し、辻くんは立ち上がり自分の気持ちを吐露する。


「ごめんだけどそう言うことだから」


「そう言うことって、納得できないんだけど! あんたらいつから仲良くなってたの?」


「二週間ぐらい前に九十九とたまたま会ったんだよ。そこからだな」


「二週間って……」


 私に恋人を取られ、怒りで震えている雅さんの姿は滑稽そのものだ。雅さんと辻くんが揉めている姿を見た私は、思わず笑ってしまう。

 その笑いが雅さんの逆鱗に触れ、標的が辻くんから私に変更された。


「あんた、何笑ってんの? だいたい、なんでまた人の彼氏取ってんの? しかもそれで笑ってるって、心底性格悪いねあんた!」


 雅さんに怒られるけど、またってなに? 私が雅さんの恋人を意図的に奪ったのは、これが初めてだ。


「またって、別に雅さんの彼氏を取ったのはこれが初めてじゃん……」


「は? あんた、中学の頃も私の彼氏取ったじゃん」


「それは違う!!」


 思わず大きな声が出る。けど、こればっかりは言ってやらないと気が済まない。


「雅さんの彼氏が勝手に告ってきたんじゃん。私からアプローチをかけたことなんて一度もない! なのに話も聞かないで、散々嫌がらせしてさ。そんなんだから振られるんだよ!」


 言ってやった。だけど、私に逆ギレされた雅さんは本気でブチギレる。


「ちょっと、なんなのあんた!」


 ダンッと思いっきり地面を踏み潰すと、雅さんは私の胸ぐらを思いっきり掴んできた。だけど私は、そんな雅さんの頬に今まで恨みを込めたビンタをお見舞いしてやる。パァン! と一際大きな痛々しい音が空間に響いたのち。


「ざまあみろ、ばーか!」


 そんな捨て台詞を吐き捨てて、勢いよく奏くんの方に駆け出し。


「いこ!」


 彼の手を引いて、一目散にその場から走り去った。無我夢中というのはこのことかと思うほど、他のことには目もくれず、目一杯走った。走ってる時、今までの憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした気分だった。


 言ってやった、やってやった。今までの恨み、全部ぶつけてやった。この気持ちだけで、白米三杯はいける。不思議とさっきまでの憤りは消え失せ、喜びと楽しい感情が湧き出てきた。


 どれぐらい走ったかわからないけど、かなり長いこと走った私たちは、全身から汗を流し、息を切らしながら、でもやってやったという強い気持ちを噛み締め、パチンと二人で手のひらを叩いた。


「やりましたね」


「うん、やってやったよ」


 そこからは、ただひたすら笑った。あの時の雅さんの顔を思い出し、腹筋が壊れるんじゃないかって思うほど笑った。

 初めて心の底から笑った。今までの自分、過去の因縁、全部吹き飛ばすほど笑ってやった。


「ねえ奏くん」


「なんですか?」


「私さ、これでもう前に進めるかな?」


 ちょっとだけ弱気な発言をしてみると、奏くんは自信満々に。


「進めますよ」


 それだけを言ってくれる。この一言が、私に取っては他の何よりも暖かくて、嬉しいものだった。

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