第20話しんどくて、また、貼り付けて

 辻くんとのデート当日である土曜日。


 私は気の進まない思いを抱えたまま、集合場所に向かう。

 本当にめんどくさい。どうして貴重な私の一日を、あの人のために着かなきゃ行けないんだ。

 全くモチベの上がらないデートだけど、手抜きは許されない。奏くんと約束したんだ。復讐するって。だから気合いを入れて、押し入れに封印してたワンピースを着てきた。


 集合場所である時計台の前に到着すると、携帯で時間を確認する。集合時間十分前。時間を確認するついでに「もう着いたよ」とラインを飛ばす。その直後、夏服らしいラフな服装に身を包んだ辻くんが姿を現した。


「あ、先ついてたんだ。待った?」


「いや全然。今きたところだから」


「そっか。なら良かった」


 こんな感じで、最初こそちょっとだけよそよそしい雰囲気で始まったけど、私はなんとか頑張って笑顔の仮面を上から貼り付けた。

 夏も本番に差し掛かってきた暑い季節。この時期の日差しが、私の肌をジリジリと焼いて、皮膚がちょっとだけ熱くなる。


「まずは近くの水族館に行こうと思うんだけど、大丈夫?」


「うん! 今日は暑いからさ、涼しそうな場所は大歓迎だよ」


 顎に滴る汗を手の甲で拭い、笑みを向ける。良かった。水族館なら涼しそうだし、話題に欠けることもないと思うから。

 暑い日差しの下を歩き水族館に到着すると、早速受付に向かい、チケットを購入しようとする。


「あの、大人用のチケットを二枚お願いします」


 指を二本立てて、受付のお兄さんからチケットを購入しようとする。サッとショルダーバックから財布を取り出して、入場料である五百円玉を出そうとすると、辻くんが千円札を取り出し、チケットを購入してくれた。


「はいこれ」


「あ、ありがとう。えーと、待って。今お金渡すから」


「いや、いいよ別に。俺が誘ったんだし」


 なんともスマートにカッコをつける辻くんに、感心する。奏くんだったら絶対にできない芸当だな。全く、彼にも見習ってほしいものだよ。まあでも、そこが可愛いところでもあるんだけど……。って、それよりも。


「別にどっちが誘ったとか関係ないよ。私が入るんだから、自分の分は自分で払う!」


 もっともらしい言葉を吐き、無理やり辻くんの手に五百円を渡す。本音を言うと、今日限りの関係になるだろうから、下手な問題を残したくなかった。

 彼と関係を解消した後に「あの時の五百円返せよ」なんて言われるもの嫌だしね。

 まあそんな思惑を知る由もない辻くんは。


「お前って謙虚っつーか偉いな」


 なんて言葉を漏らし、勝手に私の好感度を上げていた。

 逆に私は「お前」と言われて、好感度が下がった。なんか見下されてる感じがして、ムカつく。対して仲良くもないのに……。


 でも嫌悪の顔を表に出すことも、言動に表すこともせず、先ほど通り愛想のいい九十九真由を演じる。

 彼の話に興味を持って、煽てて、楽しそうにしてみた。私の得意分野だ! 


 こんなことをしていると、最初こそ重かった空気も和らいで、普通に楽しく話せるようになっていった。

 けど、やっぱりしんどいなと思う。


 奏くんは私に、無理して笑ってるって言ってきた。だけど、奏くんと話している時の私は、無理して笑ってるつもりはない。無理して笑ってるって言うのは、今みたいな、歪な笑みを浮かべてる時だ。

 そんな感じで、私は帰りたい思いを抱えながら、だけど雅さんに復讐したい一心でデートを遂行する。


 大きな水槽の中を自由に泳ぎ回る魚達を見て、来世は人間以外の動物になりたいなって思う。何も考えず、自由気ままに、誰にも囚われることない生き物に、私はなりたいなって思う。

 でももしかしたら私たちが知らないだけで、動物たちの中にもカーストとか、めんどくさい縦社会が存在したりするのかな? そう考える、来世は花とかがいいんじゃないかなって思ったりする。


 煌びやかな水槽で踊る魚たちを十分に拝見した私は、次のコーナーに向かおうと、クルッとワンピースのスカートが捲れるぐらいの速度で踵を返す。

 すると、後ろの人影に紛れて、妙に挙動不審な帽子を被った男の子が目に付いた。むむ? あのおどおどして自信のない立ち姿。見覚えのある体系と身長。

 暗がりで見づらいけど、あれは奏くんじゃないか!


「ごめん、ちょっとお花摘んでくる」


 ベタな理由で一旦辻くんから離れると、奏くんがいる場所へ赴く。


「や!」


 ビビらせてやろうと、敢えて遠回りして後ろから近づき方を叩いてやると、彼はビクッと背筋を伸ばす。


「ま、真由先輩……。来るなら普通に声を掛けてくださいよ」


「あはは。ごめんごめん。なんか挙動不審な奏くんを見たら、ついつい驚かせたくなっちゃってさ」


「挙動不審って……。別に僕は、至って普通のつもりですけど」


「いやいや、一人だけ凄い目立ってたよ。こんな感じで」


 わざとらしく、オーバー気味に奏くんの真似をしてみる。あわあわと、まるで馬鹿にしているかのようなリアクションを取ってみると、彼は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。


「やめてください。なんか真由先輩がムカついたんで、もう帰ります」


 フンと子供みたいにそっぽを向くと、本気で帰ろうとする。


「わあー待って!」


 彼の手首を強く握り、必死で引き止める。


「ごめんって。謝るから、帰るなんて言わないでよ」


 私はなんとか帰らないでくれと彼に懇願するけど、奏くんは口をへの字に曲げる。


「別に僕が居る意味なんてないじゃないですか。何が楽しくて、人のデートをストーキングしなくちゃいけないんですか」


 全く持っておしゃる通りの正論に、返す余地もない。でも帰ってほしくない私は、足りない頭でなんとかそれっぽい理由を考える。


「奏くんが居ると、私は安心するんだよ! 不安になっても、奏くんが見てるから頑張ろうって思えるの。だから帰らないで!」


 必死に捻り出した結果、ただのわがままを言うことしか私には出来なかった。

 でも、これは全部本心だし、本当に帰ってほしくない。


「ね、帰らないで」


 パチッと手を合わせると、奏くんはため息を吐いて。


「まあ、どうせ暇ですし……」


 ツンデレみたいなことを口にした。本当にこの子は素直じゃないなー。

 でも、とりあえず引き止めることには成功した。


「じゃあもう戻るね」


 軽く手を振り、私は辻くんの元へと戻る。

 その後のデートプランは、辻くんが決めてくれた通りに進んだ。水族館に行ったあとは、おしゃれなレストランで量と値段が釣り合ってないランチを食べて、最後には綺麗な夜景と海が見えるロマンチックな場所に連れてかれた。


 ザブーンと壁に打ち付けられる波と、一定のリズムを刻む潮騒。波とともに、塩を乗せた風が頬を撫でちょっぴりベタつく。確かにいい場所だなって思う。ここで告白でもされたら、雰囲気に流され、勢いよく受諾しちゃうかもしれない。まあ、ありえないけど……。

 一生見ていたい夜景と海をボーと眺めてると、辻くんは。


「悪い。ちょっとトイレ」


 なんだか上擦った声で言うと、すぐさまトイレに向かって走った。

 私は彼がトイレに行っている隙に、今日ずっと後ろからついてきてくれた奏くんの元へ駆け寄り、今更アドバイスを求める。


「ねえ、この後どうすればいい?」


 バレないようちょっと離れた物陰に隠れていた奏くんの元に行くと、このタイミングでそんな相談をする。でも、奏くんに聞いても答えなんて貰えるはずもなく。


「知りませんよそんなの……」


 とだけ返される。確かに分かるわけないと思うけど、もうちょっと考えてくれてもいいじゃん!


「もうちょっと考えてよ! このままだと私、辻くんに告白されちゃうかもしれないんだけど」


 明らかに告白される雰囲気になっていて、内心焦ってる。だと言うのに、目の前の後輩は私の気も知らずに。


「それでいいじゃないですか。真由先輩が告白された時点で、あの二人は別れるしかなくなるんですから、作戦は成功です」


 なんてことをほざき散らす。何にもわかってないなこの子は。そもそも、この復讐に一番必要不可欠なパーツがまだ揃ってない。


「てか、すごい今更だけど雅さんいないじゃん。これじゃあ私の中の復讐が成功しないんだけど」


 肝心なことを奏くんに伝えると、呆れた表情で返してくる。


「本当に今更ですね……。なら、あの人に呼んで貰えばいいじゃないですか」


「どうやって?」


「それは……。ほら、帰ってきましたよ。大丈夫です、真由先輩は強い人ですから」


「あぁ、ちょっと!」


 ポンと背中を押され、私はよろけながら物陰から姿を現す。結局適当なことしか奏くんは言ってくれず、私はこの後どうすればいいのかわからないまま、元の場所に戻った。

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