第15話楽しかった時間は、突如として終わりを迎えて……

 私たちは邪魔くさい缶を片手にゲーセンを後にすると、館内に向かう。

 私たちが見る映画は五番シアターで上映されるらしく、急ぎ気味でシア

ター内にある、指定の座席に座る。


 まだ館内は明るくて、スクリーンには映画の広告が流れていた。アクション、恋愛、アニメ、実写。数多くの映画広告が流れており、私はそれを見ながら、この後の映画に期待を寄せていた。


 映画は上映時間が過ぎても始まらず、私たちの気持ちを焦らしてくる。

 でも、この時間は嫌いじゃない。

 広告が終わって、館内の灯りが消え、映画泥棒の映像が流れるこの一連の流れが、私は案外好きなのだ。

 なんと言うか、映画館で映画を観るのは、家で観るのとは違った趣がある。


 オーケストラの演奏が始まる直前のような、妙な静けさと緊張感が走ると、館内は闇に包まれ、私たちを映画の世界へと誘う準備を始めてくれる。 

 ザバァと海の荒波から映し出される東宝の文字を見て、今から始まるという実感を強く与えられ、ワクワクした気持ちが抑えられなくなる。荒波の映像が消え、画面が一瞬暗くなると、次は明るい空模様が映し出され、声優さんのナレーションが館内に響き渡る。


 この映画は男女の青春を映画化したものだ。青春といっても、ただの青春モノの映画ではなく、一癖も二癖もある世界観の中、苦難を乗り越え二人の間に恋愛感情が生まれる、恋愛とSF要素を孕んだ作品らしい。


 もうこの時点でハズレはない。この監督が織り成す世界観の中で、恋愛描写がある。当たりしか入ってないガチャを引くようなものだ。結果的に、二時間という時間は体感的に一瞬で終わりを迎え、私としては大満足のいく内容だった。

 やっぱり有名な監督だけあって、普通に面白い。こういうとき、同じ作品 の感想を二人で共有することができるのが、多人数で映画に行くメリットだと思う。


「ねぇ、この映画どうだった? 私的には結構面白いって思ったんだけど……」


 奏くんがつまらないと思っていたら嫌だなと思い、私は探り探りで聞いてみる。だけど私の考えは杞憂だったらしく、彼も同じように満足げな表情で面白いと言ってくれた。


「はい、すごく面白かったです。普段は全く映画とか見ないんですけど、もし機会があれば別のも見てみようかなって思いました」


「おお、それはよかったよ! 特に最後の展開は、感動の涙を流さずにはいられなかったよね」


「ですね」


 私たちはお互い、今見た映画の感想を言い合う。


 最初はデートなんてどうなんだろうと思ってたけど、来てよかったなって思う。服を選んで、ご飯を食べて、ゲームをして、映画を見て、すごく充実した一日だった。

 他人と遊ぶことが久しぶりだったせいか、余計に面白く感じた。今日はすごく楽しくて、大満足。この後はこの楽しい気持ちのまま、滞りなく一日が終わって、気持ちよく眠れる。


 そう、思っていたのに……。


 映画館から出て行った私たちは、人通りの多い交差点で信号待ちをしていた。その間も私と奏くんは、先ほどの映画の感想や、今度行くならどこが良いかとか、なんてことない世間話をしていた。


 特に盛り上がることもなく雑談をしていると、信号が青色に変わって人波が動き出したので、私たちも交差点を渡ろうとする。その瞬間、斜め後ろから耳にこびりついて取れない、不快な声が聞こえてきた。


「あれ、九十九じゃね?」


 その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。忘れたくても忘れられない、嫌ってほど聴き慣れた声。 

 耳障りな声で私の名前を呼んだのは、中学時代に彼氏を取ったと意味のわからない因縁をつけて、私のことを散々いじめてきた雅さんだった。彼女の声に体は固まり、血の気が全身から引いていくのを感じ、その場で足を止めてしまう。


「真由先輩?」


 奏くんが心配そうに声をかけてくれるけど、「大丈夫」の声が喉を通らない。

 私が一歩も動けずに立ち尽くしていると、雅さんが近寄ってきて、嫌味ったらしく声を掛けてきた。


「何あんた、男なんて連れてんの? まだビッチやってたんだウケるわ」


「いや、かなも人のこと言えなくね?」


「あは、確かに! でもうちは、こいつと違ってビッチじゃないもーん」


 二人の甲高い笑い声が脳にこだまして、頭がグラグラする。やばい、本気で気分が悪い。

 嫌な声、嫌な記憶、嫌な姿、全部が頭に蘇る。冷や汗は全身から噴き出しているのに、目の奥が熱い。


「あの、人のことを貶すのはよくないと思います。何ですかあなたたちは?」


「は? 何こいつ。ビッチの彼氏? しゃしゃんないでよ?」


「僕は真由先輩の後輩です。とりあえず、さっきの暴言の謝罪を真由先輩にしてください」


「無理だけど。こいつがビッチなのは本当のことだし」


 隣で奏くんと雅さんの声が聞こえるけど、内容までは頭に入ってこない。

 あぁ、嫌だ嫌だ嫌だ。記憶から消えろ。頭の中に蔓延る忌まわしい記憶が、私の楽しかった思い出を次々と蝕んでいく。

 

 もう嫌だ。こんな辛い思いをするぐらいなら、やっぱりあの時死んじゃえばよかった……。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒くなり、涙が溢れてくる。長らく忘れていたけど思い出した。

 この忌まわしいほど私を苦しめた、辛酸の味を……。

 もう、死んじゃいたい……。


「ま、真由先輩!」


 ガクッと地面に膝をついて、四つん這いの状態で倒れる。それから地面に倒れこむと、奏くんが急いで肩を揺さぶってくれる。

 だけど私は、ぐちゃぐちゃになった辛い記憶から逃げるように、その場で意識を失った。

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