第7話冷徹で、同じ瞳をした少年

 担任が来て朝のホームルームを始めようと教卓に着くと、私は顔を上げてイヤホンを外す。

 流石に担任がホームルームをしている最中でも、イヤホンをつけながら寝たふりをする度胸なんてない。


 私は意外と小心者なのだ。



 イヤホンを外すと、外の雑音が一気に流れ込んでくる。

 同級生が楽しく喋る声。

 笑い声。教室の中特有の、ザワザワとしたよくわからない雑音。


 この音を聞くと、私は昔のことを思い出し、軽い冷や汗が出たり、鼓動が速くなったり、嫌な記憶を思い出したりして、苦虫を噛み潰したような顰めっ面をする。

 こんな生活を毎日続けて、おかしくならないほうがおかしい。

 とっくに精神は壊れて、ボロボロの状態だ。


 でも、こんな生活も今日で終わりだ。死ぬ覚悟をより強く決意すると、私は放課後の時間まで待ち続けた。

 六限の授業が終わり、帰りのホームルームも終わると、私は学校の屋上に向かう。

 私はかねてより、どこでどうやって死のうか考えてた。ネットでも楽な自殺方法なんかを調べてみたりして、私なりに色々考えた。 


 その結果、学校の屋上から飛び降りてやることに決めた。そうすれば学校にいる人たちが困ると思ったから。

 別にこの学校の人たちに恨みはないけど、大っ嫌いな学校で死んでやることが、私の精一杯の仕返しだとなんとなく思ったから。

 決意を胸に込めて、私は屋上に向かう。


 屋上の扉を開けると、ビュービューと強い風が吹き荒れて、私は目を細める。コンクリートの地面と、黒い鉄製のフェンスに囲われた屋上に足を踏み入れると、早速フェンスの方へ赴く。


 初めて屋上に来たけど、結構高いな。何メートルぐらいあるんだろう? 

 わからないけど、落ちたら確実に死ねることだけは分かる。


 よし、それじゃあ死のう。

 そう思ってフェンスをまたがろうとした瞬間、一気に手汗がにじみ出て来て、その場で腰を抜かす。


 なんで? 


 決意したじゃん。

 こんな世界で生きてても意味ないって。

 だから死ぬって、そう決めたのに……。


 いざ死というものが目の前に来ると、人は恐怖せずにはいられないんだと私はこの時初めて知った。

 今まで死を意識したことなんてほとんどなかった私の体が、初めて死を意識し、拒絶した。

 

 ただ何も考えずに生き続けて来た。でも今日、初めて死を実感した。私の気持ち一つで、死とはこんなにも簡単に訪れるんだなと、死という概念を身近に感じ取った。


 無意識に呼吸は荒くなって、ブルブルと手足が震える。でも決めたんだ。

 もう死んでやるって。私がほんのすこし勇気を出せば、この苦痛から解放される。だから飛んでやるって!


 さあ飛べ! ほんのちょっとの勇気で、もうあんな思いをしなくて済むようになるんだ。飛べ、飛べ!

 自らに喝を入れるが、体は正直で、私の手足は一向に動かない。

 そんな状態が二時間ほど続くと、五時を鳴らすチャイムが校舎全体に鳴り響いた。

 夕日は真っ赤に燃え上がり、肌寒い風が吹き荒れるこの時間。


 私は覚悟を決めて、フェンスを飛び越える。よし、あとはこの手を離すだけ。離すだけで、やっと……。

 長かった決意も固まり、ようやく死ねると思った次の瞬間。


 ガチャリと屋上の扉が開く音がして、そこから一人の男の子が現れた。なんでこんな時間に屋上に来るの?

 間の悪い男子をジッと見つめると、彼は気まずそうに目線を逸らし、私のことなんか気にもしない素振りで本を読み始めた。


 ええ! そんなことある!?

 目の前で今にも飛び降り自殺をしようとしてる女子高生がいるのに、あんな反応できる?  

 普通できなくない?

 

 私は驚き、しばらくその男の子を見つめる。

 私を無視してまで読む本はどれだけ面白いんだろうと疑問に思った次の瞬間、彼の瞳に惹かれた。

 何にも期待してない、この世界に絶望しているような、淀んだその眼に……。


 世の中に、人に絶望して、どうして生きているのだろうと疑問を持っている希望のない瞳が、私と重なった。

 私と同じような瞳をした彼に惹かれた私は、フェンスを跨いで屋上に戻ると、なるべく足音を立てずに近づき、彼の読んでいる本を覗き込む。

 そして彼が私に気がつくと、作り慣れた笑顔でこう言ってみた。


「ねぇ、それってそんなに面白いの?」

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