九十九真由の絶望

第5話どうして私ばかり……!

 「生きる」ってなんだろう? 


 ふと、そんな疑問が私の頭の中に思い浮かんだ。

 父親の不倫が原因で、私は幼少期の頃から、母親の手ひとつで育てられてきた。


 もちろん感謝したい気持ちは山々なんだけど、お母さんはお父さんに浮気されて以来、情緒が不安定な節がある。

 ものすごく優しい日もあれば、次の日は別人なんじゃないかと思うように人が変わる時がある。


 それでも私を高校二年生まで育ててもらったことに変わりはないから、感謝しようとして来た。

 でも、それにも限界がきた。

 幼い頃からお父さんと顔が似ているという理由だけで、罵詈雑言の数々を浴びせられて、時には暴力に近いこともされ、私の精神は参ってしまった。


 私は何も悪くない。

 悪いのは全部お父さんだ。

 なのに、八つ当たりのようにお母さんは、私に対してひどいことをいっぱいしてきた。


 辛い……。


 このままじゃ、私の精神は壊れてしまう。

 お母さんの、言葉という暴力に苛まれて、おかしくなりそうだった。


 でもある時に、私が笑っているとお母さんの機嫌が良くなることに気がついた。

 壊れそうな精神をなんとか維持するため、悲しみの上に笑顔のお面を被せてみると、お母さんだけじゃなく、他の人間も私に優しくしてくれた。

だからそれ以来、私には人前で明るく振る舞う癖というものが身についてしまった。


 別にいいことじゃんと思うかもしれないけど、心の中の感情と、表の感情がバラバラになるのは結構しんどいことだ。

 泣きそうになっても、辛くて逃げ出したくても、ずっと笑顔で明るく振る舞い続ける。それが私の、人生の処世術だ。

 いつだって笑顔を絶やさないをモットーに生きてきたおかげか、小学生まではそこそこクラスでも人気者だった。

 自慢じゃないけど、私の顔はかなり整っている。


 面食いなお母さんの結婚相手であるお父さんと瓜二つな私の容姿は、周りと比べても優れていた。

 小さい頃から「可愛い」という賛辞を飽きるほどもらったし、そんな可愛い私が愛想をよくしていたら、当然のことながらモテた。

 けど、私の人生は、この容姿のせいでさらにおかしくなった。


 あれは忘れもしない、中学二年生の夏休みに入る直前のこと。ある一人の男子が、私に告白してきたのだ。

 あまり面識のない男子に告白された私は、いつものように「ごめんなさい」の言葉を掛けようかと思っていた。


 けれど、当時は周りの友達もちょいちょい彼氏なんかを作り始めていて、割とうちの学校ではカップルが多かった。

 それに、告白してきた男子はサッカー部のエースとかなんとかで、そこそこスペックも高く、人気者でモテていた。

 当時の私の心境としては、別に付き合うぐらい普通だし、この人と付き合ったら友達に自慢できるかも。なんていう、とてつもなく浅はかで浅慮な考えをして、告白を受諾した。


 けど、この告白をきっかけに、私の人生の歯車は狂い出した。


 後々わかったことなんだけど、実はこの男子、二股をかけてました。

 どうやら私よりも先に付き合っていた女子がいたにも関わらず、この男子は私に告白してきたらしい。


 そのことを知った途端、その男子とお父さんのことが重なって一気に冷めたし、気持ち悪く思えてすぐに振った。

 けど、この話はそう単純に終わりはしなかった。

 この男子と先に付き合っていた女子生徒の雅さんという人が、何故だか私が恋人を奪ったと勘違いをして、一気に根も葉もない噂をばら撒き始めたのだ。


 当然私は否定するけど、雅さんの怒りは収まらず、最初は仲間内で私の悪口を言い合うだけだったのに、次第にいじめへと発展していった。 


 おかしくない? 

 どうして被害者である私に怒りの矛先が向けられるの?  

 怒るなら私に告白してきた、あの軽薄男の方でしょ! 


 でも、そんなことをいくら言っても聞く耳を持たれず、私に対する嫌がらせは日々エスカレートしていった。

 最初は陰口だったものが、次第に誰でも聞こえる声量の悪口となり、その次は上履きを隠したり、廊下でわざとぶつかってきたりと、悪質なものに移り変わった。


 でも、そんな辛い現状でも、笑って耐えてればいつかは治ると思ってた。

 けど、世の中そんなに甘くはなかった。私に対する嫌がらせ行為は、私が中学校を卒業する日まで続いた。

 ノイローゼになる程聞かされた私への誹謗中傷も、心がズタズタになる程見させられた教科書やノートの落書きも、体にあざができることもあった暴力も、卒業まで終わることはなかった。


 私が中学校を卒業するころには、すっかり心身ともに疲弊しきっており、他人と関わるのが心底嫌になっていた。

 私が悪いわけじゃないのにいじめてくる雅さんも、遠くから見て見ぬ振りをする元友達も、手を差し伸べてくれない教師たちも、みんな死んじゃえって、ずっと思ってた。

 

 結局高校生になっても対人恐怖症が治ることはなくて、高校二年生になった今でも、私の周りには友達と呼べる人間がいない。ずっと孤独で、なんのために生きてるのかわからなくなる。


 高校ではいじめや嫌がらせを受けることはないけど、同級生の笑い声や喋り声を聞くと、私に対する悪口を言われてるんじゃないかと思い込んでしまう。周りにいる人間全員が敵なんじゃないかと錯覚して、耳から入ってくる雑音があの頃の記憶をフラッシュバックさせる。

 家に帰ると母親から酷い言葉を浴びせられ、学校に行くと嫌な記憶を思い出す。私の人生って一体なんなんだろう。ずっとこのまま、あの頃の記憶に苛まれ続けて、一生苦しむ人生なのかな。


 なんで私、こんな人生を続けてるんだろう?


 私がそんな疑問を抱いたのは、ちょうど高校二年生の、最初の中間テストが終わったぐらいの頃。

 楽しいこともなく、ただただ辛いだけの毎日を送る日々。こんな人生だったら、もう終わらせてしまった方がいいんじゃないかな。

 中学生までは折れなかった柱が、何故かこの時いきなり折れてしまった。別に生きててもいいことないし、死んだ方がマシ。この考えに至ってから私が行動に移すまで、そう時間はかからなかった……。

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