第4話出会い
翌る日の放課後。
今日は余り物でやらされた図書委員の仕事がある。
でも、この余り物の仕事が僕は好きだ。
そもそも本を借りに来る生徒なんかほとんどいないし、居たとしても、ピッとバーコードを読み取るだけ。
ただそれだけの仕事なので、いつも暇を持て余すのだ。
だから余った時間に、英単語帳を広げて覚えてない英単語を頭に叩き込む。
十単語覚えたらノートにそれぞれ十語づつ書いて、忘れていたらもう一度書き込む。
物覚えの悪い僕は、手が壊死するんじゃないかと思うほどノートに単語を書き込む。
こうまでしても、帰ったら忘れているなんてこともザラだ。
どうして物覚えが悪いんだ、この脳みそは……。
人より時間を費やしているのに、人より出来ない。
これほど惨めになる瞬間もない。
だから僕は勉強が嫌いなんだ。
嫌いなことをやらされるのは、この上なくストレスが溜まることだ。
僕はイライラしながら英単語をノートに書き殴る。
時間にして二時間ほど。部活動をやっている生徒も帰りの片ずけを始め、図書室も閉まる時間帯。
もうそんな時間かと時計を見て、今日は屋上に行くのをやめようかなと思う。
どうせ行ったところで三十分ぐらいしか入れないし……。
でも、勉強で溜まったストレスを解消できるのは、あの場所で本を読むことだけ。
例え数十分しかいられなくても、行く意味はある。
図書館の司書さんに「もう帰っていいよ」の言葉を貰うと、僕は下駄箱とは反対にある、屋上に通ずる階段を登り始める。
屋上の扉からは赤色の夕日が差し込んできて、階段を真っ赤に染めあげる。
もうすぐ学校が閉まる時間になってしまう。それでも僕は、ガチャリと屋上の扉を開ける。
勢いよく扉を開けると、ビューと風が吹き込んできて僕の髪を揺らす。
風の勢いが強く、とっさに右手で目元を覆う。
覆って、目を開けると、真っ赤に燃える夕焼けと、屋上のフェンスを越えて、今にも飛び降り自殺をしようとする女子生徒が目に映った。
いつもと違う光景に驚き、流石の僕も一瞬だけ硬直する。
風にゆらゆらと揺られる綺麗で長い黒髪が印象的な女子生徒は、屋上の扉がバタンと閉まる音に気がつくと、僕の方をジッと見つめきた。
意外にも、顔は可愛い。
そんな硬直が二秒ほど続くと、気まずい空気が流れる。
どうしよう。止めた方がいいのかな?
でも、僕が止める義理なんてなくないか?
話したことも、見たこともない男子にいきなり「死ぬなんて馬鹿なことやめてください」とか言われても、余計なお世話だと思われるだけだ。
じゃあ帰る?
でも、それも納得がいかない。僕の貴重な一日の楽しみを、他人に気を使って潰すなんて勿体ないことこの上ない。
そもそもなんでこの人に気を遣わなくちゃいけないんだ?
他人が死のうが何しようが、僕には関係ないじゃないか。
冷淡な考えをすると、僕は自殺する女子生徒なんて目に見えてないと言わんばかりに、いつも通り本を読んでやる。
壁に背中をくっつけ、好きな作者の新作をパラパラとめくる。この時間が何よりの至福だ。こうして少し時間が経つと、文字の羅列が脳に刻まれ、僕は小説の世界に没頭する。
する……はずなのに、一向に集中できない。
そりゃそうだ。目の前に自殺しようとする女子生徒がいるんだ。
そんな状況下で本を読むなんて、よっぽど神経が図太くないと出来ない。
あの人はどうなったんだろう。気にならないといえば嘘になる。
飛び降りてしまったのか、それとも勇気が出なくてあの状態のままなのか。
多分だけど、飛び降りてない。
この高さの屋上から人が降ってきたら、今頃下は大騒ぎだ。
だけど聞こえてくるのは、陸上部が吹くホイッスルの音や、サッカー部の掛け声などばかり。
騒ぎ声は、一つも聞こえてこない。だけどやっぱり、気になるものは気になる。
だから僕は、悟られないようチラッと本から顔を上げて、彼女の様子を確認してみる。
すると目の前には先ほどの女子生徒がいて、僕の本を興味深そうに覗き込みながら。
「ねぇ、それってそんなに面白いの?」
ニコッと明るい笑みで訪ねてきた。
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