第3話虚しさ

 翌朝。

 ジリリリと不快な目覚ましの音で目が覚めると、面白くもない学校に向かう支度をする。

 ベッドから体を起こすと制服に着替えて、歯を磨いてから学校に向かう。


 たったこれだけの準備を終えると、僕は学校に向かう。

 学校は嫌いだ。嫌いな勉強をしなくてはならないから。どうしてテストなんて悪逆非道なことをやらせるのか、ずっと疑問に思ってた。

 でもまあ、学校は勉強を教えるための場所だからテストをやらせるのは分かる。

 でも、文化祭とか体育祭とか修学旅行とか、学業に一切関係ないことをやらせるのは意味がわからない。


 僕は父親から否定され続けたせいで、どこかねじ曲がった性格をしている。だから友達もいないし、欲しいと思ったこともない。

 でも別に寂しいなんて思わないし、むしろ一人の方が気楽で良いとさえ思ってる。

 そもそもの話、僕は他人と関わるのがあまり好きではない。

 どうせ僕なんかと一緒に居ても面白くないだろうし、多分嫌われて疎遠になるのがオチだ。

 こんなネガティブで面白くないやつと友達になりたいと思うか? 


 僕なら思わない。

 

 だから一人でいい。

 他人を嫌いだと言うくせに、人からは認められたいなどと、矛盾した願望を持っている自分にまたしても嫌気がさす。

 

 学校に到着すると、上履きに履き替えて自分のクラスを目指す。

 三階にある自分のクラスに着すると、誰とも挨拶を交わすことなく席に座り、この前やったテストの復習をする。


 テストが終わった直後の一番気を抜いていい時期に、僕だけが朝の教室で誰とも話さず勉強に取り組む。


 本当に、つまらない。


 だけどやらないと父親に怒られる。

 将来になりたい職業もなければ、漠然となんとなく勉強をやっとこうという気持ちがあるわけでもない。

 僕が勉強をする理由は、父親に怒られないため。

 ただそれだけの理由で、勉強をしている。


 そんなんだからモチベーションなんてあるはずもなく、勉強量の割に定着しないんだ。

 この世で一番嫌いなことは何かと聞かれれば、真っ先に勉強と出てくる。

 それぐらい嫌いなことだ。

 人生で一番時間をかけて取り組んでることなのに成果が出ないのもムカつくし、仮に成果が出たところで誰からも褒められることはない。


 虚しい。 


 父親のために勉強を強制させられる毎日。

 それが僕の人生だ。近くで楽しそうに喋ったりゲームをしたりしているクラスメイトを見て、ちょっとばかし羨ましくなる。


 この人たちは何の悩みもなさそうでいいなって思う。でも別に友達になりとかはない。

 一人が辛いなんて感じたことはないし、大勢でいることが偉いとも思わない。

 僕はスマートフォンなんかの、若者が必ず持っているであろう必需品を持ってないし、テレビも見ない。

 

 唯一の趣味は、文学小説を読むこと。

 だから同級生と共通の話題なんかひとつもない。


 普通の人間なら、こんなつまらない奴と一緒に居たいと思うか? 

 いや、思わない。無理して話を合わせたり、気を使って輪に入り込むぐらいなら、僕は一人ぼっちでいいんだ。


 そうやって自分に言い聞かせると、僕はまた目の前の勉強に集中する。

 毎日毎日、惰性的な日常が流れる。朝起きて、学校に行って勉強して、家でもまた勉強をして寝る。

 こんなことをずっと繰り返している。


 面白くない毎日だ。

 人生が面白いと思えるような人間は、それだけで勝ち組だと思う。

 お金持ち羨望の眼差しを送ったこともないし、人気者に嫉妬したこともないけど、楽しそうな人間を見ると、思わず心がモヤと霧ががる。

 でも、そんな人生がつまらないと思っている僕にも、唯一の楽しみがある。

 

 それは、誰も居ない放課後の屋上で、一人風に当たりながら本を読むこと。

 この開放的な空間で、日が沈むまで誰にも邪魔をされず、無心で文庫本のページをめくる行為が、僕はたまらなく好きなのだ。この時だけは、嫌なことを忘れて心を休めることができる。


 この時間だけが、僕の人生でたった一つの楽しみだ。

 早く放課後にならないかなと、手に持ったシャーペンを机に置き、頬杖をつきながら思う。

 

 授業は恙無くいつも通り終わりを迎えると、僕は急いで屋上に向かう。

 今はちょうど六月の始まり頃で、肌寒さも消え、太陽が蒸し暑い風を送ってくる時期。

 まだ蝉の鳴き声は聞こえず、春から夏に移り変わろうとするこの季節。


 そんなちょうどいい気温の時期に読む本。これ以上の嗜好があるだろうか?


 多分ない。

 少なくとも今の学校生活を送り続けていたら、これ以上の娯楽に出会うことはないと思う。

 たんたんたんと軽快な足取りで階段を駆け上がると、鉄製のドアを開けて屋上に足を踏み入れる。

 屋上に出て若干の暑さを纏ったそよ風に当てられると、ドアの少し横にある壁に背中を預け、本を読み始める。


 ペラ、ペラと丁寧に文庫本を読み耽り、現実から小説の世界へと引き込まれる。

 本を読むことに没頭していると、いつの間にかカーカーとカラスの鳴き声が耳に入ってきて、顔を上げてみると夕日が真っ赤に染まっていた。


 もうこんな時間か。そろそろ帰らないと……。パタンと本を閉じると、カバンの中に本をしまい帰路に着く。こんな一人ぼっちの生活が、卒業まで続くんだろうな。夕焼け空が黒に侵食されていく帰り道、虚しさを覚えながら、そう思い込んでいた……。

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