第2話 休日だけでいいなら

「その、セイジン??ってやつは引き受けられないです。早く元の場所へ帰してください。」


セイジンとかいうやつになるなんて冗談じゃない。勉強は嫌いだが、大学をサボって点を下げるわけにはいかない。バイトもあるし。

 自分が座っている魔法陣ぽい床をペタペタと触る。これで召喚とやらをされたらしい。


「早く帰してください。俺、講義室に忘れ物を取りに来ただけなんです。」


俺を囲む集団は、困ったような表情をする人もいれば、落ち込む人、怒りの表情をする人も居た。・・・何か悪いことをしたような気持ちにさせられるが、勝手に連れてこられて怒りたいのはこっちだ。


「・・・失礼致します、聖人様。」


集団の奥から、一際豪華なローブを纏い白髭を蓄えた爺さんが現れ、俺の視線に合わせるように座り込んだ。その様子を見て周りの騒めく声が聞こえ始める。よほど高貴な人なのか、信じられん、という声も聞こえる。


「わしは、スクトゥムと申します。聖人様をお迎えする儀式を取り仕切る者です。最初にご挨拶申し上げず誠に申し訳ございません。」


スクトゥム、と名乗った老人は目を瞑り、深々とお辞儀した。


「や、別に、大丈夫です。」


釣られて俺もお辞儀した。反抗する気もおこさせない、穏やかな人だと感じた。


「いきなり知らない場所へ導かれ、さぞ、驚かれたことでしょう。無理もございません。もし、よろしけば

お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「東 塔矢です。えっと、塔矢でいいです。」


「塔矢様。もう少しだけ、この老体こお話を聞いて頂くことはできませんか?塔矢様をお呼びするに至ったお話です。」


そうして、スクトゥムさんは話し出した。


魔王討伐は成功しなかった。人々の想いや力は届きすらしなかったのだ。せめて悪魔の数だけでも減らす事はできないか、と策を巡らせた。定期的に悪魔討伐隊を編成して悪魔討伐のみ集中する、魔法で国に結界を貼る・・・。

しかし、どれも悪魔を大幅に減らす事はできなかった。

だから最後に各国がそれぞれ祈ったのだ。祖国を創りし神獣達に。もう人の手ではどうすることもできない。このままでは、世界が滅びてしまう。神獣様、どうか魔を滅する力をお貸しください、と。

そして、異世界の民が神獣により呼ばれたのだ。

それが俺だという。


「他国の祈りが神獣様に届いたのか、それはまだ分かりません。後ほど連絡を取り合うことになっています。

今、分かることはトゥニルスト様は我々の声に応えてくださったということ。魔を滅する為の力が貴方様にはあるということです。」


スクトゥムさんも、それを囲む周りの人達の目も力強い。この人たちにとっては、神に祈った結果、召喚された俺が頼みなのだろう。


「でも、俺は本当に普通の人間で・・・特別な力なんて本当に無いんです。自分がやらなきゃいけないことすら真面目にできてないんです。そんな俺がたくさんの人の命を預かるなんて無責任なことできません。さっき言った通り、大学もあるし、それに友達とかにも会えなくなるし・・・。」


「塔矢様、分かりました。もう、分かりましたから。」


いつの間にか、スクトゥムさんは俺の手を自分の手で包み込んでいた。皺だらけの温かい手だった。


「そうですね。貴方様にもご家族やご友人がいらっしゃる。どうしてその当然の事に気付かなかったのでしょう。これまでの無礼をお許しください。」


スクトゥムさんが俺から手を離した、その時だった。突然、バチバチバチッ!と、俺の手の中から電気のような強い光が放たれた。

周りの人達は慌てて俺から距離を取った。

手は痛くない。体のどこにも変化は無かった。ひとつ、変化を挙げるとすれば、俺の手の中に宝石が1つ落ちている事だった。俺の今の髪色と同じ色。縦に少し潰したようなひし形で、周りに金の装飾が施されていた。


「スクトゥムさん、あの、これは?」


「申し訳ございません、わしにも何が何だか。しかし、これは・・・」


スクトゥムさんは足元の魔法陣をと宝石を交互に見た。


「塔矢様、お喜びください。その宝石からはこの儀式と同じ力を感じます。恐らく塔矢様が来られた世界と繋がっているのです。つまり、その宝石の力で元の世界へ戻ることができるはずです。」


お喜びください、と言ったスクトゥムさんの表情は泣きそうな笑顔だった。そんな顔をされて、俺はどうしたらいいのか。どうしたら良かったのか。俺に任せてくださいと言えば良かったのだろうか?


「さぁ、お戻りください。塔矢様、どうかお元気で・・・。」



◆◆◆…


気がつくと、俺は自分が座っていた席の前へ立っていた。

目の前には、忘れられた俺のペンケースが置いてある。変な夢を見た。忘れ物を取りに来て、立ち尽くしたまま夢をみるなんて、疲れているのだろうか。講義中あんなに寝たというのに。


「・・・・はやく帰ろ。」


ペンケースを掴もうと、右手を伸ばす。俺の手は、既に何かを握っていた。

ゆっくりと手を開くと、青緑色の宝石がそこにはあった。

中から熱を発しているように温かい。まるで、皺だらけの手で包み込まれた時のような、そんな温かさだった。

目の前には、魔法陣の中で1人祈り続ける人がいた。

周りには、様々な感情を露わにする人達が囲んでいた。


「この世界の人達にもそれぞれの生活があるように、俺にも俺の生活があります。講義に出ないといけないし、レポート出さなきゃ単位落とすし、友達と遊ぶのもあるし、バイトをバッくれて金減らすわけにいかないし、やりたいゲームもあるし、漫画の続きも読まないといけないし。」


魔法陣の中の人、スクトゥムさんは驚いた顔で俺を見上げていた。


「そこはどうか分かってください。」


「塔矢様、何故、またこちらへ?祈りの力は途絶えたはずです。」


手の中の宝石をスクトゥムさんに手渡した。


「まだ俺が来た世界と繋がっている力、ありますか?」


スクトゥムさんは宝石をその手で包み、何度も頷いていた。


「最初は断ってしまいました。さっき伝えたように、毎日は無理です。けど、俺にも手伝わせてください。休日だけでいいなら。」

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