休日だけの勇者業

ツカサ

第1話 神からの呼び出し

「今回の・・・・は、ここまで。次まで・・・ように。」


週に1回くらいしか聞かない声が聞こえる。そういえば、今は大学の講義中だった。しかし俺の視界は暗い。

声が終わると、今度は大勢の人の声とガタガタという音が聞こえ始める。多分、講義を受けている学生が立ち上がっているのだ。俺も立たないとまずいだろうか。


「・・・い・・・、おい、こうぎ・・・おわ・・・」


俺の間近で聞き慣れた声が聞こえた。


「とう・・・とうや!おい塔矢!」


俺の名前が呼ばれ、身体が揺すられる。立たないと。


「講義終わったって、帰るぞ!」


なんだ、それじゃあそんなに急いで立つ必要も無い気がする。確かこの講義室は今日はもう使用しないはずだ。


「ダメだ、起きねぇ。もう俺らだけで帰ろうぜ。」


声が遠のいていく。別に起きていないわけではない。ただ、もう少しだけ瞼の裏を見ていたいだけなのだ。

瞼の暗闇に、青い稲妻に似た光が落ちていく。轟音が聞こえてきそうなほどに、青い稲妻は俺の瞼の暗闇に落ち続けた。

やがて、人の声も、稲妻も消えた。俺はやっと顔を上げる。夕日で橙色に染まった室内には、俺1人だった。俺の付いている席の、机の上には白紙のルーズリーフとスマホ、教科書と、ペンケース。


「そろそろ帰るか。」


リュックにひとつずつ詰め込み、講義室を出た。春のはずなのに外はかなり冷えていた。たまに、たんぽぽなど咲いているのを見かけるが、まだ冬なのではないかと思うほどに寒さは続いている。

門まで来た時、ペンケースを忘れた事を思い出してしまった。掃除の人に回収されて学生課の窓口に預けられても面倒だ。

ついデカいため息が漏れる。引き返し、さっきの講義室まで戻ることにした。




講義室の扉を開けた瞬間、窓から差し込む夕日に思わず目を瞑る。


・・・?

目を開けると、机の並ぶ光景が視界に入るはずだった。それが何故か、俺は今、豪華な場所へ居る。

辺りを見回すと、俺を取り囲むように白を基調とした服に身を包んだ、人、人、人。人だらけだった。

ここは一体どこだ?光を帯びてキラキラと輝く、白い柱や白い壁。城?教会???そんな場所の中心へ、俺は立っていた。


「おぉ、おぉ!聖人様!」


「彼が平和の鍵を握るのか。」


「本当に大丈夫か?」


「神獣様が選ばれたんだ、違いない。」


そんな声があちらこちらから聞こえてくる。なんなんだ、これは夢なのか?ベタに頬を引っ張るが、ちゃんと痛い。引っ張った頬をさする。


「聖人様、ようこそ、我らが神の守護される国、トゥニルスト王国へ。貴方様は、神獣にあらせられるトゥニルスト神に選ばれたのです。」


周りの人よりちょっと豪華な服を着たおっさんが集団の中から一歩前へ歩み寄り、そう言った。

おっさんの両耳は不自然に尖っていた。というか、周りの人達の耳も尖っている。エルフ耳というやつだろう。


「え、あの、とぅ・・・?」


「トゥニルスト様にございます。トゥニルスト様がお選びになり、貴方様をこの世界へお迎えしたのです。」  


何がなんだかさっぱりだった。なんか、神様に呼びかけたら俺がここへ呼び出されたらしい。


「あのぅ、俺ん家、仏壇あるし、仏教なんで、そういう神様的なのはちょっと・・・。」


「ブッキョウ???とは何か存じ上げませんが、聖人様、貴方様はこの世界に光を導いてくださる、尊きお方なのです。どうか、私達の世界を、お救いください。」


ちょっと豪華な服のおっさんが跪くと、周りも一斉に俺に跪く。本当にもう何がなんだか分からない。頭痛がしてきた気がする・・・。俺が世界を救う?尊きお方?俺はただのその辺の学生だ。そんな力を感じたことも、使命を感じた事も無い。


「多分、人違いですよ。俺にそんな力は無いです。」


「何を仰いますか。人違いなどではございません!」


ちょっと豪華な服のおっさんは顔を上げ、そう断言した。

混乱しながら色々と考えていると、集団の中から腰を低くした人が出てきた。おっさんに近づくと何やら耳打ちしている。


「・・・・おお、そうか、なるほど、確かに。」


おっさんが顔を明るくさせると、腰の低い人は集団の中へ戻って行った。


「聖人様はお気づきになっておられないのですね。それもそうですね、証拠をご覧頂くには、鏡を見ないと。」


おっさんがそう言うが早いか、俺の前に2人がかりで巨大な鏡が運ばれてきた。


「えっ、え?は??」


自分の姿に愕然とした。服は変わらない。すっかり変わってしまったのは、首から上だ。

耳はおっさんや周りの人達と同じくエルフ耳との尖った形に。髪は、なんと言えば良いのだろうか、黒髪から水色に緑を足した様な、鮮やかな色に変わっている。

そして、目。俺の両目は、元の目の色から、黄というか、金色へ変わっていた。


「トゥニルスト様と同じ、黄金に輝く瞳が何よりの証拠なのです。」


「あ、あぁ、ソウナンデスカ・・・あの、この髪色は?」


「髪色?あぁ、聖人様のお髪は綺麗な色でございますね。」


髪色は関係無いのかよ!!と、ツッコミを入れようと思ったが、何も進まなさそうなのでやめた。


「聖人様、どうかお力をお貸しください。聖人様は魔を滅ぼすことができる唯一の身であらせられます。この世界に突如、強大な魔の存在が現れました。我々はそれを魔王、と呼んでいます。魔王は悪魔を作り出し、世界を崩壊へ導いているのです。もちろん、各国が持てる力で魔王討伐に臨みました。数百、数万という兵士、魔法の教育機関に所属する教師や、ギルドにも依頼を出し、勇敢な者達からも力を貸してもらいました。皆が平和を願い、立ち向かったのです。」


おっさんは言い終えると、力無く視線を落とした。それが全てを物語っていた。


「聖人様、どうか、どうか・・・!!」


「あー・・・・や、その、すみません、来週も大学あるんで無理です。」

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