嵐の夜

二日後、また嵐が近付いてきた。

今度のは、前回よりかなり大きいらしい。



夜になるとそれは一層顕著となってきた。

マアナ達の家の壁は時折大きな音を立てて軋み、雨漏りの滴が幾つも床を濡らした。


「大丈夫かな~、ドウド達も見廻りに出ちゃったけど、、、」

いつも陽気なマアナも、さすがに今回の嵐は気が気でないようだ。


「大丈夫、とは言い切れんの~」


「ああ、確かに、、、」

ソラも心配そうに声を重ねる。




(ッカ!!!)

とても大きな稲光が立ち上ると同時に、


「!クーーーーーーー」

ビクンッと何かを感じ取ったクゥが体をのけ反らせた、、、そして走り出す!!


「わぁ!クーちゃん、どこ行くっ!!?」

マアナの脚の間をすり抜け、外に飛び出すクゥ。

戸惑いながらも、マアナ達はそれを追いかける。





林を抜けて5分ほど走っただろうか、マアナ達は海岸に出た。

いつもの海は荒れ狂う波の音響く漆黒のスクリーンみたいで、

つい先日、青空の下漂ったあの穏やかな海と同じ海とは到底思えなかった。


「マアナ!おまえ、、、どうしてここに?」海岸にはドウド達数名の大人も居るようだ。

「ドウド、どうなって!、、、」


マアナがドウドに近づいたその時、


「ぅうぅぷ!?、た、たすけ、てーー!!」


海側から子供のものらしい声が、微かではあるが確かに聞こえた。

でも真っ黒な大きな布のような今の海にそれは見えない。




「あ!そうだクゥちゃんなら?」

マアナがクゥを抱え上げ海に意識を集中する。

もちろんドウド達大人にはクゥは見えないため、マアナが何を始めたのかは解らない。


しかし、マアナは小さい頃から暗い夜を家路に就くとき、そうしてきた。

クゥに触れているとマアナは暗闇でもハッキリとものが、、


「見えたー!!、あそこ!?」マアナが指さす。

かなり小さな木の葉ぐらいの大きさの、板戸のような物に乗って浮かぶ小さな黒い影!

子供だ。


「あんな沖に!?」ドウドが呻く。


荒れ狂う黒い波に翻弄されるその小さな命は、今にも海の藻屑と消えそうに見えた。



「あの子を助けなきゃ!」


「だが、どうやって、、、」

マアナの叫びに、ドウドが応える。




「一つだけ方法がある、、、マアナなら、それが出来る。」

二人の後ろから、ソラが呟いた。


「、、、でもどうすれば?私ソラみたいに飛べないよ?」


「いや、こうすれば、、、出来る!!」

ソラはマアナの抱えるクゥをガシッとその手に掴みとった。

「えっ!?」自分しか見えないはずのクウに対してソラが取った行為に、マアナは驚く。

そしてソラは、マアナの背中めがけ、“それ”を投げつけた!!


(ブゥン!)「ええっ!?」



「、、、イッタ~~~イ!!」

クゥのくちばしが青白く光り、それが触れたマアナのお尻から全身に伝搬していく。

そして、眩い光に包まれたマアナの頭とお尻から、「ポンッ!」とクイナの翼と尾羽が生えた。


「え~~~っ!?私、クーちゃんと一緒になっちゃた?????」




「これでお前もウィッチだ。飛べ、マアナ!!」得意顔のソラがマアナにステッキを投げて寄こす。


「よ~し、、、」マアナがそれに応じる。

全身の力を発光し始めたステッキに集中し、今にも浮かびあがろうとしていた。

「い~~けぇ~~~~~~!!」


翔んだ!、、、




「え~~~~~っ!?」

しかし、マアナは真上に急上昇し、回転しながら明後日の方向に飛んでいく。


「くっっ!」宙に右足を踏ん張り態勢を立て直すが、その飛行はおぼつかない。

今度は高度が取れず、海面すれすれを飛んでいる。

荒れ狂う波が、マアナを呑み込もうとする。


『危ない!!、!?????、、、、、』

ドウドは激しい鼓動とはうらはらに、自分が深い意識の底に沈んでゆくのを感じた。






兄が死んだ日の記憶が甦る。

眼の前で嵐の海に呑み込まれていく彼らを見ていながら、何も出来なかった自分。

今でも時々夢に見る忘れたい記憶、、、



最後の波にさらわれるその前に、兄が叫んだ。

「ドウド、、、今まで本当に、ありがとうな」

「でも、お前はお前の世界を進め!どんな海も空も越えて、おまえだけの空に!!」

「自分を信じて進み続けろ!!、約束だ!」



『、、、!!兄さん?』


「ああ、、、思い出した。あのとき兄さんが言ったこと。」





あの頃の俺は本当に外の世界に出たがっていた。

自分も兄のような特別な存在になりたい。そう思ってた。


マアナが不憫だと思ったから諦めたのか?

いや、マアナが居たからこそ、俺はこの島に残ったんだ。

二人が遺したこの子が成長していく姿が見たかった。

そしていつの日か、この子が外の世界に飛び立っていくことを願ったんだ。



私が自分で選んだんだ!!

これが私の選んだ空なんだ!!!!



「、、、、、飛べ」

「飛べ!!マアナ! お前にこの海はもう狭い!!」



(、グゥンッ!)

態勢を立て直したマアナが応える。

「うん、わかったぁ!!」

「行~っけ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」





『今日が、その日だ、、、』ドウドは、沖に向かって小さくなってゆくマアナを見つめる。


あの日、兄がドウドを見つめたであろう同じ笑顔で。

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