episode119 : 慢心

――吸血強化

――吸血強化


 血液を介して魔力でレベルを底上げする。

 手足に力が漲り、溢れんばかりの魔力が体を巡る。


 シンシアのバフとはまた違った高揚感があるな。


「なぜ人間がそれを……」

「疑問を持ってる暇は無いぞ」


――飛翔加速


「せっかちは嫌われると言われなかったのか?」


――血浄の紅線ブラッディ・レイ


 空を蹴り、急速に降下する俺を撃ち落とさんと、吸血鬼王の指から立て続けに紅線が放たれる。


 宙で身をひねり、高度を上下して最小の動きで躱す。指先で方向を読み取れば、案外避けるのは容易い。


 しかし動きを止めれば一溜りもないため、一定の距離を常に移動して往復せざるを得ない。ただ防戦的になるのはつまらないので、


――風切


 躱す際に多少攻撃を放ってみたり。


「その程度では私には届かんぞ!!」


 はい失敗。


 ちょっと紅線をズラすだけで、こちらの攻撃は簡単に相殺されてしまう。あの能力と拮抗できるのは、俺との距離が近い時だけらしい。


 しかも、

――真空刃


 その一瞬の隙に、空いた左手でさらなる追撃を飛ばす。

 これがまた、紅線の影響で見えずらいわ、かなりの距離追尾してくるわで、超鬱陶しい。


 避けるためにさらなる速度を求められ、こちらの攻撃の機会が減っていく。強いて助かる点を挙げるとすれば……


「お主!右斜め40度の方向じゃ!!て、丁寧に避けるのじゃぞ?!妾が落ちぃぃぃぃぃぃっっ」


 頭にしがみつくハクが、死角からの攻撃を報告してくれる点だろう。おかげで体を捻って避ける時に消える奴の姿を、逃さずにいられる。


 と言っても、避けるのに手一杯で、頭の動きまで気にしている余裕は無い。精々落ちないよう頑張ってくれ。


「…………いや、待てよ?」


 せっかくハクが引っ付いているんだから、コレを利用しない手はない。

 少し後方に戻り、情報共有で奴の動きを分析して貰っていたマキナに近づく。


「なんだ?まだ合図は送って……」

「その前に1つ、仕掛けてみようと思ってな。あいつに向かって、全力のミサイル攻撃してくれ」

「何か策があるようだな」

「そりゃあ、ちょっとは面白いものが見れるぞ」

「……ならば乗ってやろう。言っておくが、貴様のタイミングには合わせんぞ」

「好きな時にどうぞ。俺が合わせてやるから」


 数秒で会話を済ませ、俺は再び吸血鬼王に接近する。

――飛翔加速


 攻撃発動が早すぎて防衛に回されているが、近接戦なら速度はこちらに分がある。なにせ、前も速度だけは追いつけていたから。


――真空刃× 4


「それはもうっ、問題ない!!」


――風切 × 4


 飛んでくる風の刃を一度躱し、こちらに向きを変える隙に同じような風の斬撃で打ち消す。


 追尾ってのは逃げようとすると厄介だが、相殺しようとすれば、動きが読みやすく返って楽なのだ。


――血浄の紅線ブラッディ・レイ


 ただ、奴の攻撃の一つを攻略したところで、攻撃の手が緩むわけじゃない。


「これは……どうだ?」


――ブラッド・リヴェッジ


「はぁっ?!?!」


 細い紅線を押しのけて、紫の光線が襲いかかる。


 あの空間断絶ですら防ぎきれなかった一撃。まさか同時に使えたのかよっ!!


「相殺は無理だっっ!!」


――飛翔加速


 俺は一気に上昇し、光線から距離をとるため逃げる。

 幸い、紅線と比べて規模は倍なものの速度がやや遅い。指の動きを見ずとも、発動してからの視認で対処出来る。


 掠りでもしたら終わり……だけど。


 だが、こっちはどう見ても相殺できる威力ではない。防げるなんて甘い考えは、さっさと捨てた方がいい。


 ほぼ奴の真上まで移動した俺は、暗き大地を見下ろしてその異質な光景を改めて感じる。


「……うおっと」


 光線が俺を捉え、執拗に追ってくる。


 おちおち見渡すこともできやしない。


「行くぞ」

「……やっぱりお前、最高だわ」


 俺は微かに聞こえた声を合図に、紅線に向かって急降下を開始。


――風切


 紅線の軌道を割いて接近する。


「――ここだろ?」


「ターゲット、ロック。――全弾発射フルバースト


 俺の動きと同時、離れた場所から大量のミサイルが降り注ぐ。


「な、なんだこれはっ?!」


 驚くのも無理は無い。

 何せ、直前まで一切の魔力の気配を感じなかった。感じさせないよう、完全に気配を消していた。


 人形の身体を持つマキナだからできる芸当だ。


 無論、ミサイルに直撃した程度では倒せないし、俺らの狙いもまた別にある。


「くっ、煙で前が……」


 紅線に当たり爆発したミサイルが、俺の姿を奴の視界から消す。


「こんなもの、吹き飛ばすまでっ――烈風斬」


 斬撃の竜巻が、煙を巻き込み舞い上がる。

 せっかくの一撃が、たった数秒しか役に立たなかった。


「…………どこに行った?」


 何度も言うが、高レベルの戦闘において、数秒とはとてつもない隙である。もはや何でもできると言い替えて差し支えない。


――化けの術・透過


 俺がその数秒で行ったことは単純で、爆発に合わせてハクに透明化の魔法を使用してもらったのだ。


 これが、言うは易し行うは難し。

 そもそも透明化したと察せられては意味が無い。


 どこかへ消えたと認識してもらう必要があった。


「くそ、逃げられたか?」


 そう、まさにこのように。

 相手が人間だから、その慢心が透明化するよりも逃げたと錯覚させる。そして、次に奴の意識が向ける先は……


「逃がすか」


 ゲートだ。


「お前、予想通りすぎて笑えるよ」

――急所突【壊毒】


「ぐっ…………き、貴様……どこ、から」


 心臓に突き立てた刃は、吸血鬼王の心臓の位置を見事に貫き、どす黒い血が剣を滴り落ちる。


――霧化【反撃】


 その剣を引き抜くより早く、王の身体がモヤとなって空気に混じり、流れ落ちた血を残して姿を消す。


「……そこか」

――風切


 消えたように見えるが、実際はただ霧になって移動しただけ。よく目を凝らすと空気中にモヤのような何かが動いているのを捉えられる。


 しかし判定そのものは霧の粒子と同等まで細かくなっているようで、直撃したはずの斬撃には手応えがなかった。


「私の体に傷を付けるとは……やるではないか」

「確かに急所を狙ったはずなんだがな」


 いや、正確には直前までは狙っていた。


 心臓を貫く直撃の際、俺は


 急所の表示がほんの数センチ、その場所を移動したことを。


「ん?…………あぁ、


――視覚幻術ファントム・ビジョン


 まるで今まで忘れてたかのように、口に出して発動した瞬間、――奴の身体が歪んだ。


「これは光を操る術のひとつ。貴様が見ているのは果たして私なのか、それとも幻惑か?そもそも、貴様が戦っていたのは何者なのかな」

「随分とおしゃべりな奴だ」

「話したところで、どうすることも出来ない。当然だが、それを知った貴様がここから生きて帰る道も……ない」


――反撃効果・麻痺


「――っ?!」


 俺を睨みつけた吸血鬼の瞳が紅く染まり、身体が少し痺れた。


「私の霧化に触れた貴様は、もはや動けまい」


 なるほど。これは麻痺効果か。


「直ぐに殺してもいいが、私を楽しませてくれた褒美だ。貴様を眷属に迎えてやろう」


――吸血


 動かない俺の背後に回った吸血鬼王が、その鋭く尖った八重歯を俺の首に突き立て……


「――捕まえた」

「何っ?!」


 俺はそのスキをついて、奴の腕を掴み、そのまま左腕を首に回して固定する。


「今だ!!」

「……ふん、世話の焼ける」


――近接モード・青の剣


 俺の拘束のタイミングに合わせ、完璧な位置取りでマキナが剣で一突き。


 先程同様、剣が吸血鬼王の体を貫く。


「そんな真似をしたところで、私には霧化が――」

「やってみろよ。


 俺の言葉を聞いた王から、余裕そうな表情が徐々に消えていく。貫いた剣先から落ちる血は、先程の比にならない量である。


「…………な、ぜだ」


 口から血を吐き出し、疑問を口に出す。


「悪いが、貴様如きに答える義理はない」


 無慈悲な返答をして、無造作に剣を引き抜くマキナ。

 同時にとてつもない量の血が宙を舞う。


「この……、わ、たし……が、にんげんごとき、に……負ける……のか」

「お前の敗因は、その人間って慢心だ。これで引き分けた屈辱は晴らしたぞ」

「…………そう、か。あな……様は……あのま……う」


 薄れていく血と身体。

 目の前の灰は既に意識がなく、けれど、最後に見せたその表情はどこか楽しそうであった。


 灰となって崩れていくその様子が、紅き月明かりに照らされて、どこか幻想的で……。強者が散ったにしては、あまりに静かだ。


『【堕神】ヴァンパイア・ラファエルを倒しました』


 その表示を確認して、俺は一息つく。


「にしても、お前のその剣。具体的な効果はなんだよ」

「貴様にも教えたくは無いが……既に種は割れてしまっているだろう。この剣は赤の剣と似て非なるもの。効果は"魔法の無力化"だ」

「防御不可の赤に、魔法不可の青……ね。アホか。なんだその万能剣は。俺にくれ」

「やらん。いずれ貴様に届く剣だ。覚えておけ」


 くだらないやり取りにも、どうやら邪魔が入らない。


 ……終わった、らしい。


 いやマジで、今回はほんとにギリギリだった。

 あいつが人間を――俺をナメていなかったら、正々堂々全力で正面からぶつかり合ったら、俺は負けて……


「無いな。俺は勝つ。葵との約束だ」


 俺は空に手をかざし、勝利を握りしめる。


『警告。ダンジョンが――』

「あー崩壊するってんだろ。分かってる。マキナ、戻るぞ。ハクは…………どうした?」

「よ、酔ったのじゃ……、うぷ、き、気持ち悪い……」

「てめぇ、そこで吐いたらぶん投げるからな!!」

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