episode120 : 奪還

「主様!!ハクさん!マキナさん!ご無事で何よりです」

「おう。シンシアもこっちの指揮、ありがとうな」


 ダンジョンから帰還した俺は、消滅していくゲートを背に、出迎えてくれた従魔達に労いの言葉をかけた。


 ぴょんぴょんと跳ねるライムたちを見るに、全員無事である。……しかし、みな傷だらけだ。


 俺が戦っていた間も、吸血鬼たちの侵攻は続いていた。


 それを全て食い止めてくれていたのだ。

 ただの感謝だけでは足りないだろう。


「お前らにも、今度何か作ってやらないとな」

「お主、そこには無論、妾も含まれているのじゃろうな」

「お前、食べ物に関しては欲深いのな。全員だよ全員」


 まぁ、葵のいないタイミングを見計らう必要があるから、少し先の話になるが。


「しっかしまぁ、この館も随分ボロボロだ。致し方ない損害とはいえ、この部屋はもう使い物にならないだろうよ。…………俺の家じゃないし、どうでもいいか」

「お主は偶に、非情な時があるのじゃ」

「んだよ。実際問題、俺は巻き込まれた側で、解決したのも俺だぞ?」


 あいにくだが、巻き込んだ側に同情する優しさは持ち合わせていない。せいぜい掃除に苦労するがいいさ。


「さて、そろそろ青い空が恋しいわ。館とはおさらばして……あ、お前らは一旦戻ってくれ」


 大活躍だった従魔たちに感謝してから、彼らを別空間に戻し俺もその部屋を後にする。


 暗い部屋から出れば、そこは明るい光の差し込む大図書室だ。


「………………」


 そして、扉を出たすぐ横には、倒れたまま動かない、一体のの姿があった。


 大切なご主人様のために、ここで倒れることを選んだ人形。少しだけ、……その心に称賛の笑みを向けて、俺はその場を立ち去る。


 ふと、最後に彼の横に落ちている、明らかに不自然な1冊の魔導書を見つめた。


 きっと、彼女なりの感謝の印なのだろう。

 時間が無い中、それでもここから立ち去る前にこれを置いていったに違いない。


 長らく一人だった、彼女らしい贈り物である。


 館の外に出ると、これまでの戦闘が嘘のように、――太陽は青空を広げ、静かな森を照らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 さて、これからどうしたものか。


 どうしたものか……というのも変な話だが。


 館のある森から出た俺は、初めに赤崎さんに連絡をとった。当初の予定とは違う形での解決になったが、ひとまず吸血鬼の脅威は去ったことの報告のため。


 洗脳か、眷属化か。

 吸血鬼の魔力に犯されていた村人たちの状態も気になる。


 そうして連絡した赤崎さんの第一声は、普通に「お疲れ様」だった。いつも通りの声、その普通が嬉しかったりする。


『無事に解決したみたいだな。八島が俺たちを探しに来た時は焦ったが、意識の無かった村人たちが目を覚ました。流石だな』


 意識が無い、とは、やはり村人の多くは洗脳されていたのだろうか。


「そっちの様子はどうでした?」

『村人の状態な大きくわけて二種類だった。何らかの魔法で洗脳され意識なく彷徨いていた者と、完全に吸血鬼化して、意識の無い村人を操っていた者。前者は話したとおり、全員目を覚ました。後者は…………消滅した』


 1度吸血鬼化した人間は元に戻らない……か。

 消滅したと言うならば、恐らく灰になって消えたのだろう。助けられなかったのは残念だが、全員を守るなどと、そんな重い責任は負えない。


「赤崎さん、ありがとうございます。とりあえず俺もそっちに合流します」

『了解だ』


 電話を切り、青空を見上げ、ため息を吐く。


 今回の件は無事に片付いたけれど、同時に新たな疑問が生まれた。あの吸血鬼とゲート、どちらにもクソ神が関わっていた。


 しかし、その時期が明らかにおかしい。

 神共の狙いは、魔王復活の阻止――つまり俺を殺すことだ。そのために、わざわざ試練となるダンジョンを侵略している。


 それはつまり、俺という存在が――魔王プレイヤーが誕生したのがきっかけのはず。


 だが今回はどうだ。

 ゲートの誕生も、封印を解かせる手段を与えたのも、俺が能力を手に入れる。山に封印したという吸血鬼を復活させたのは最近だとしても、これではまるで――


「まるで、お主の復活を遥昔から知っていたような動きじゃな」

「お前、……俺の心でも読んだか?」

「む?なんじゃ。同じことを考えておったのか。今回の吸血鬼王復活、偶然と片付けるには不自然極まりないのじゃ」

「お前が知らないとなると……まだクソ神あっちには隠してる事実が多くありそうだな」


 調査……つっても、何すりゃいいのかさっぱりわからん。


 はぁ、――どうしたものかね。


 再びため息を吐いて、森に囲まれた一本道を歩き出す。


 ぐぅぅぅぅ…………


 なんとまぁ、恐ろしい音。

 ここまでのシリアス展開の合間を縫って、満を持したように腹の音がなった。


 ……俺のではない。

 音の発生源は頭の上からである。


「こ、これは……その、…………もうお昼過ぎなのじゃ!!仕方がないのじゃよ!!!」

「その必死さがさ、哀れというか……まぁ、合流したら先に昼飯だな」


 俺はハクらしい弁明に笑う。

 思えば、俺も少しお腹が減った。


「少し走るぞ」

「ゆ、ゆっくり頼むのじゃ」


 そう言われると本気で走りたくなる。

 俺は腰を低くし、前傾姿勢をとって、地面を強く蹴った。


「村まで何分で行けっかな」


 久しぶりのは、通り抜ける風が気持ちよかった。


ーーーーーーーーーーーーー


――???視点――


「堕神が死にました」

「知っている。私の能力ちからが少し戻ってきた。あの騒々しい息子も、また随分呆気ない死であった」

「……何やら、第三神が動いているようです」

「これも、あやつが一枚噛んでいるか。懲りない娘だ」

「どうなさいましょう?」

「放っておけ。我々の目的は決まっている。今はただ、その時を待つのみ」

「承知しました。様」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「やっぱり、これでも彼には届かない。けれど、――魔力の歪みを捉えた。これは……あっちの彼かしら。それとも、……


 遥か空の彼方から地を見下ろす、長い髪の美しき女性。

 ニヤリと笑歪む唇には、2種のリングが煌めいていた。


「…………ねぇね、たのしい?」

「うふふ、そうねぇ。これはあの方と、の物語。私が賭けたのは。そう、――これは勝負なの。私と……ね」


 雲を抜けて、小さな一人の少女――天使が上目遣いで問うた。彼女は銀髪の天使の頭を撫でて、遠くを見つめる。


「みぃも、たのしいことしたい」

「ふふ、ミーちゃんにはまだ早いわよ。今日だって、探検してきたばかりなのでしょう?」

「むー、みてるだけ。つまらない」

「尚更、あなたには向いていないわね。ほら、今回は私も疲れちゃったし、あっちでお茶でもしましょう」

「おかし!!」


 一見微笑ましいその光景だが、彼女たち二人は明らかなる異端。そのおぞましいほど濃密な魔力は、正しく規格外。


 強者故の余裕。

 傍観者故の娯楽。


 彼女らがひとたびその力を振るえば、滅亡するのは世界か……はたまた歴史か。


「私はいつまでも待っている。早く目覚めなさい――

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