episode118 : 挫けぬ意志
「あーあ、せっかく倒したってのにまたやり直しか」
俺はどこかも分からない暗闇の中を、浮遊感と共に移動していた。
時間が巻き戻る時に発生する感覚にも、それなりに慣れてしまった。デメリットのお金の半減も気にならないほど稼いではいる。
だが、理解していたとはいえこの結果は不本意そのものである。
八つ当たりでもなんでもいい。
次は絶対殺す。
「なぁ賢能さんや。次は勝てると思うか?」
今の俺の状態だと、特にすることがない。
暇になった俺は、きっと聞こえているであろう賢能に声をかける。
『現在、マスターのレベルは508。先程の吸血鬼はスキル込みで620でした。マスターの魔力とステータスを更新し、能力吸収で得た
「……それはつまり、勝てるってことか?」
『可能性が高い……という話です』
「素直じゃねーなおい。まぁ、どれだけ不利でも次は殺してみせる」
そう意気込むと、次第に体が重みを感じ始める。
意識か、魂なのか。
今の俺がセーブ地点まで戻る時に起こる、最後の浮遊感と重力の影響。
「さて、――やるか」
地面に落ちる感覚を最後に、俺は再び最悪の部屋に降り立つのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ、後で埋め合わせは必ずする。……死なないでくれよ」
走り去る八島の背中を見つめ、俺は最後のセーブ地点に戻ってきたことを理解する。
ここは……、まだ吸血鬼王が出てくる前か。
「肩慣らしにはちょうどいい。新しい能力の確認と行きますか」
振り返れば、従魔達が吸血鬼を必死に押さえている状況が目に入る。
善戦というには押し切れていないが、劣勢とまでは行かない。そんな一進一退の攻防を繰り広げている。
たった今、この時までは。
――情報共有
ひとまずは前回同様、従魔との表示共有を済ませる。
「な、なんじゃ?!急に奴らの体に何か……」
俺の行動が一緒だと、対する会話も同じらしいな。
だが、今回は違う。
「……散れ」
――
影の中から部屋1面に咲き誇り、同種の花が吸血鬼を貫く。弱点へ的確に、たった一撃で部屋中の吸血鬼が灰へと変わる。
「それが奴らの弱点だ。上手く当てれば一撃で倒せる」
「……い、今のは」
俺の攻撃に、圧倒され驚くシンシアの姿。
口元を両手で押さえ、目を丸くしている。
「シンシアの前でも1回使ったことあるスキルだぞ?」
「…………そう、でしたね」
そこまで驚かれると、こっちが困惑してしまう。
これまでに何度も見てきた光景だろうに。他の従魔ももう見慣れて……
「……どうしたお前ら。そんな驚いて」
ハクとマキナに視線を向けると、二人も同じように驚いていた。マキナはどちらかと言うと、有り得ない……的な表情で何かブツブツと呟いているが。
「お主……それは」
「そ、それ?」
ハクの言葉に疑問を返したが、その返事を待つより早く、ゲートから新たな吸血鬼が湧き出てくる。
「悪いが話はあとでな。追加が来るぞ」
休む暇もなく次々と吸血鬼が現れる。
確か、あの王様の登場はもう少し後だったな。
それまでこの吸血鬼の猛攻が続く訳だ。
「…………鬱陶しくね?」
あいつの取り巻きが"我らが主様"とか呼んでたし、あの吸血鬼王がダンジョンボスのはず。となれば、ここで待ってる意味は無い。
「シンシア、ここの指揮を任せる。ハク、マキナ、着いてこい。クソ野郎にカチコミだ」
「了解なのじゃ!!」
「……あぁ」
既に散らばり始めている吸血鬼共は従魔に任せ、俺たちはゲートの部屋へ真っ直ぐ突撃。狭い扉に詰まっている吸血鬼は、
――風切
華麗に切断して殴り込む。
「押し通るぞ!!」
――風切
――狐火・地獄炎
――速射
ゲートから顔を見せた吸血鬼が、為す術なく蹂躙される。残念ながら魔力単品ではゲートを潜らないため、倒しきれてはいないだろう。
しかし、俺たちが侵入する隙さえ稼げれば充分である。
「飛び込め!できるだけ上にだ!」
吸血鬼との鉢合わせも気にせず、躊躇なくゲートへと飛び込んだ。
「ここが……吸血鬼の住処?」
「なんと言う禍々しい空気じゃ。しっぽの毛がピリピリしているのじゃ」
ゲートの向こう側は、それはもうしっかり地獄だった。
しっかり地獄……なんて、妙な表現も、この景色を見れば分かる。――あぁ、これはしっかり地獄だわって。
空は赤黒く、一面に薄いモヤがかかっている。
そこら中から強い魔力の気配が漂い、植物は赤と黒の二色。水は透明だが、赤い地面のせいで血液にしか見えない。
何よりも象徴的なのは、この世界を紅くたらしめている原因……真っ赤な月だ。
「だ、誰だキサマラ!!」
「人間だ!!殺せ!!」
「殺す!!コロス!」
そんで、ゲートに群がる吸血鬼の数々。
空に浮かぶ俺たちへ、口々に殺気を載せた言葉を放つ。
ついに我慢できなくなった吸血鬼の一体が、自慢の羽を震わせて飛び上がった。
「僕が殺せば一躍有名に――」
――急所突
鋭い牙と爪を滾らせて、考え無しに突っ込んできた吸血鬼は……一瞬の内に心臓を貫かれて灰になる。
この露骨な脳筋ぶり。
人間をナメている証拠だ。
相手の力量も分からない雑魚に用はない。
「……まとめて死ね」
――影咲花
俺を中心として、周囲一帯を包み込むように、巨大な一輪の花が咲く。
真っ黒で、禍々しく、この世界にはお似合いの美しい花が。
「お、お主……やはりその魔力。どうしたのじゃ」
「魔力?」
「先程より、一瞬の内に感じる魔力が数倍に膨れあがったのじゃよ」
「あぁ……なんて言ったらいいか。新しいスキル?的な」
死に戻りなんて、なんて説明すりゃいいんだ。
それに、前の時間軸ではハクを投げ飛ばしちまったし……適当に誤魔化しておこう。
「そのような魔法は聞いた事が無いのじゃ!!」
「まぁまぁ、一旦落ち着いて」
「……この我が、視ることすら出来なかった。あの一撃に、反応することすら出来なかった。今の貴様には……もはや勝てな――」
「何言ってんだマキナ。そんなもの元からだろ」
「なっ、貴様!」
珍しく落ち込んでいるから、どんな深刻な悩みかと思えば……。
「俺はお前らの主人だ。元の立場やら世界やらは関係ない。主人が弱ければ、お前らを守れないし、お前らがナメられる。それは……まぁ、俺としても嫌なわけ。だからさ、強く在らせてくれよ」
これまで散々従魔達との差を見せつけられてきた。
新しい仲間が増える度、俺には勿体ないと思ったりした。
「それに、いつか超えたい相手なら、強い方がお得だろ?お前にとってもよ」
「…………相変わらず、よく回る口だ」
「ま、頭脳派のお前には当分負けないがな」
「今ここで、地に叩きつけてやろう」
「お主ら……そこら辺で程々にしておくのじゃ」
あのハクに呆れられた……だと?!
内心の驚きと意外性を他所に、俺は真の目的が現れたのを肌で感じ身震いする。無論これは、畏怖の震えじゃない。
「来たな」
――勝利の震えだ。
「なんだ貴様らは。ここにいた下っ端共を殺ったのは…………お前か?」
「だったらなんだ。殺すのか?」
「当然だ」
――
――風切
凝縮された紅い魔力の光線を、縦に斬った斬撃が半分に割る。俺の両側を濃密な魔力が通り過ぎた。
「…………いいぞ、気に入った」
「俺はおもんなかった」
片手に握った短剣に目を落とす。
月明かりで赤く染った刃に、己の顔が反射する。憎たらしくも、その表情は笑っていた。
「次は勝てそうだ」
奴の速度に反応し、対抗できる。
その事実が、勝利の震えを確かなモノに変えた。
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