episode117 : 望まぬ結果

 ヴァンパイア・。二つ名から読み取れるように、堕神……つまりは、元々神の加護を得ていた使である。


 そんな化け物が、クソ神の陰謀によって解かれたゲートから現れた。もはや偶然では無いだろう。


 何のために復活させたのか。

 おおよその見当は着く。


 しかし、これは明らかに博打すぎやしないか。


「なんだ?そちらから動かないと言うならば――こちらから行くぞ」


――血浄の紅線ブラッディ・レイ


 ゲートから放たれた魔法と同種。

 身震いするほど細く圧縮された魔力。


 打ち出されたと同時に、その軌道上にメタ製の盾を合わせる。勢いだけでも強烈で、気を抜けば腕が飛びそうになる。


 右手に持った盾を両手で抑え、重心を前に飛ばされぬよう姿勢を保つ。


 たった数 1秒の一撃が数分のようにも感じ、あまりの重たさに数メートルも後退させられる。


 防ぐので手一杯。


「素晴らしい。ただの人間が、これを防ぐか!」


 対して今の魔法を放った張本人は、まるで余興であったかのように笑いはしゃぐ。


 せめて手加減はしていなかったと思いたい。


「魔法無効の盾?いや、か。ならば――こいつはどうだ」


――吸血強化ブラッディ・オーラ


 全身に力を込めた吸血鬼王の身体には紅色のオーラが纏う。

 これが……個人から発せられる魔力……なのか?


 ただの身体強化では無いだろう。内側の魔力を無駄なく循環させて身体の動きをスムーズにしている。


 ただ、それだけでは終わらず……


「――なっ?!れ、レベルが……」


【――【堕神】ヴァンパイア・ラファエルLv620――】


 高レベルになると、レベルを10あげるのも一苦労だ。

 それを、ただの1能力で……70も上げやがった。


「耐えて見せろ。――超加速」

「――かはっ」


 消えた……その瞬間、俺は腹に強い衝撃を覚え、身体の中の空気が外へと逆流する。


『――個体名メタの体力が尽きました』


 あの、どんな攻撃にも耐えてきたメタが軽々と破壊され、防御も虚しく俺は壁まで吹き飛ばされた。


 数枚の壁も衝撃を殺すには不十分。

 分厚い壁を貫通し、図書館の本棚にぶち当たり止まる。


「……うっ……ごはっ」


 血反吐を吐き、詰まった気道を何とか確保。

 失った空気を取り戻すように呼吸を再開する。


「はぁ……はぁ…………ちっ」


 口から垂れる血を拭い、俺は壊れた本棚の端を掴んでよろよろと立ち上がる。


 大きく連続して空いた穴の先では、俺を吹き飛ばした吸血鬼王がニコニコと喜んでいる。


「いいぞ!私の攻撃をここまで耐えるとは、貴様本当に人間か?」


 あれはそう、遊んでいるのだ。


 物珍しい人間と出会い、子どもと大差ないただの好奇心で、俺は


――ナメやがって


 徐々に、俺の内側から黒い何かが溢れ出す。

 これは怒りだ。


 勝てない、どうしようもない強者。それらから味わう理不尽な痛み。


 いいや。天罰とも言えよう。

 立場が違えば、日頃のダンジョンの魔物相手なら、あの余裕は俺が持っているモノ。


 この怒りは――自己中な俺の傲慢だ。


 けれど、いや。だからこそ。

 この単純な怒りを、俺は抑えられない。


「――殺す」

――影渡り&飛翔加速


 身体の痛みを忘れる。

「……お?」


 影を移動し、俺は吸血鬼王の背後から問答無用で一撃を見舞う。


「へぇ、まだ動けるのか!いいぞ、もっと私を楽しませてくれ!!」


 振り向きざまの裏拳を、俺は少しばかり距離をとる。そこで初めて、部屋の中の状況を目の当たりにした。


「……お前ら」

「あ、るじ……、すま……ぬ」


 従魔たち全員が、謎の拘束を受けて地面に倒れていた。縫い付けられている……の方が正しい。


「悪いが、これは私と貴様のだ。邪魔者は要らない」

『解答。高圧力の魔力によって動きを制限されています。魔力吸収効果も確認。警告――至急喚び戻しを提案』

「くそ、お前ら戻れ!!」


 賢能の警告にすかさず別空間への転送を行う。

 魔力を奪われ続けていた従魔たちが、いっせいに姿を消す。ただし……


「奇妙な技を使うな。しかし、残っているぞ」

「あ、……るじ…………」

「ハクっ?!ちっ、待ってろ!!」


 唯一、他の従魔と異なる性質を持つハクが、魔力吸収に囚われたまま、地面に倒れていた。既に顔が真っ青で、相当な量の魔力を失っている。


 魔力枯渇……このままでは命に関わる。


「――風切」

――影渡り


 俺は押さえつけている魔力に向かって斬撃を飛ばし、迷いなく影に潜る。斬撃が魔力を切断した直後、完璧な影からハクをつかみ救出する。


「……一人で立てるか?」

「すまぬ……妾は大丈夫じゃ」

「大丈夫じゃないだろ。けど、もう少し無理して俺の頭に乗ってろ」

「う、うむ……助かるのじゃ」


 地面に放置しては、またやつの魔力吸収の餌食だ。


 今だけは、俺の上が最も安全な場所である。


「仲間を助けるその心意気は買おう。しかし、よもやそのようなお荷物を持って、この私に勝てるとでも?」

「――風切」


 俺は再び斬撃と共に床を蹴る。


「そうか……いいぞ!!その殺気、まだまだ楽しめそうだ」


 強化の乗ったステータスによる暴力。


――疾走


 スキルを駆使しても、辛うじて着いていけるのはAGIだけ。向かってくる拳と魔力を、姿勢を低くして避けて太ももに一撃を見舞う。


 しかし、斬った感覚は肉と言うよりもゴムに近い。

 神ですら斬れた短剣が、一ミリも傷つけることなく弾かれる。


「なんだ、もう終わりか?」


 憎たらしい余裕な笑み。

 あれほど抑えられなかった怒りも、時間が経つと少しずつ落ち着き、冷静さを取り戻すごとに現実を突きつけられる。


「……前にもあったな。こんなこと」


 圧倒的実力差に踏み潰される、絶望の音。


 せめて、こいつだけでも。


「……悪いな、ハク」


 俺はぽつりと呟いた。


 最終手段を、使わなければならない。その決意を一緒に吐き出した。

 聞こえていたであろうハクの返答を待たず、動く。


――飛翔加速


 奴から少し距離を取りつつ、部屋のできる限り上を旋回。攻撃の隙を待つ。


「今度はハエの真似事か?ふむ、……もう終わりか」

 ため息をついた吸血鬼王は、つまらなそうな目で俺を捉えると……


――ブラッド・リヴェッジ


 初めに放った大技を、随分と簡単に放つ。

 凄まじい魔力が天井を穿ち、青々とした空が部屋に明るい日差しを招く。


「おっと……やりすきたか」


 無論、このレベルの吸血鬼が太陽如きで怯むはずもなく、形だけの反省とため息を吐いた。


「今ので死んでいた方が正しい選択だったぞ」


 ゴミを見る目でこちらに声を飛ばす吸血鬼。


 俺はそれを無視し、へ、頭の上の仲間を掴み――


「お前は、生きてくれ」

「主……な、にを…………」


 全力をもって、――放り投げた。


 文句を言う暇も、も与えない。


 きっと、あいつならばやってくれる。そう信じて。


 何かを察したように黙って飛ばされていくハク。最後に重なった視線は、どこか悲しそうな……そんな表情だった。


「……なんだ?仲間割れか。それとも、やはり邪魔だったか」

「いいや。後のことを託しただけだ」

「託す?あの程度の魔物に、この私が負けるとでも」

「お前こそ何言ってやがる。てめぇは――ここで死ぬ」


――影咲花


 俺は降り立った床を踏み締めて、瓦礫の影から花を放つ。


「つまらない足掻きを」


 片足に見事命中した影花を、土を蹴るかのように払う。1秒の時間稼ぎにもなりやしない。


 でも、コンマ数秒のにはなった。


――影渡り


 たった一瞬。

 それでも、奴に近づく最後のチャンス。


 俺は影を伝ってやつの隣まで移動して、決意と共に飛び出した。


「これで最後だ。人間にしては楽しめた」

「――ごはっ」


 奴の腕が、俺の心臓に突き刺さり、身体が宙に浮く、

 身体が焼けるように熱くなり、やがて目の前が薄れていく。これは……死ぬ前兆。


「…………貴様、なぜ笑って」


 体力がみるみる減って、残り1――


――不屈の精神


 死ぬ寸前、消えかけた身体に光が灯る。

 今にも消滅するはずだったHPが全快する。


『新しいスキルを獲得

――能力吸収

攻撃を急所に当て、対象が倒れなかった場合、能力を1つ奪い、己のスキルに変換する。


さらに、既存スキルが進化します。

急所突Lv15→急所突【壊毒】Lv5

急所へのダメージが2倍。追加効果 : 傷口から体内の魔力を侵食、対象の内側から破壊する毒を発生させる。

あらゆる耐性を貫通し、魔力量の多い者ほど影響を大きく受ける』


 目の前に大量の情報が流れるが、それを気にしている余裕も体力も、今の俺には残ってはいない。


「……ごはっ」


 無論、貫かれた腕が無くなる訳ではなく、ただ生存する時間が数秒伸びただけ。


「大層なスキルも、無駄に終わったな」

「……いいや、充分な……仕事量だ」


 俺は二度も全てHPを失う。

 で、二度も。


「スキル……――エンドカウンター」

 俺は死ぬ覚悟を持った。


 しかし、諦めるなんて、一言も言っていない。


2を返す。てめぇはその腕で、俺のHPを消したな」


 起死回生の一手。

 最後にして、最強の一撃。右手の短剣に全魔力と、文字通り命を懸けて、俺はこの世界を後に託す。


「――貴様っ!!!」

「何逃げようとしてんだ?――一緒に死ねや」


 最後の力で自分の心臓を貫く腕を握りしめ、俺は盛大に笑ってやった。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」


『【堕神】ヴァンパイア・ラファエルを倒しました。

――能力吸収の効果が発動します。

――吸血強化ブラッディ・オーラを獲得

 新たな称号を獲得

――朽ちた神 闇魔法Lv+10

――吸血鬼王 吸血Lv+5 血液を魔力に変換可能 副職業【吸血鬼王】解放』

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