episode116 : 単純な差

【――【常世】ソウル・ヴァンパイアLv268――】

【――【眷属】シャドウフェンリルLv240――】


 ゲートから出現したのは、吸血鬼とそれに従う狼の魔物。レベルも相当だが、それ以上に纏う殺気が肌をヒリつかせる。


 このレベルの魔物が現実に出てきてしまったのならば、封印されていたのにも頷ける。


 というか、封印以外の道があったとは思えない。


「この空気……実に久しぶりだ」

「我々が住まうにふさわしい場所だ」

「おや?誰かと思えば、忌々しい人間では無いか。それも……無様にも我々に敗北し、封印などと言う小賢しい真似をしてくれた――」


――風切&急所突


 奴らが油断していた隙に、俺は先方の三体をまとめて狩る。首を跳ね飛ばし、心臓を一突き。


 先制の甲斐あってか、完璧に急所を捉えた一撃で、吸血鬼共は再生する間もなく灰となって消えた。


「八島!立てるか?!」

「あ、あぁ。大丈夫だが、しかし……これはいったい」

「騙されてたんだよ、お前。あの石は封印を強化するもんじゃない。あの吸血鬼共を世に放つために、利用されたんだ」

「…………そんな」


 暗い顔でショックを受けている八島。

 そりゃそうだ。


 騙されていたとはいえ、封印を解いてしまったのは他でもない八島なのだ。冷静を取り繕ってはいるが、内心のダメージは相当なものだろう。


 だが!!


「悪いが反省会もショックを受けるのも後だ!!今は早急にここから離れろ!!」


 俺は彼女の腕を引き、その部屋を転がり出た。


 あれだけの吸血鬼を相手に、こいつを守りながら闘うのは無理だ。まして、コイツは奴らとあまりに相性が悪い。


「こうなった以上は、ここで殺しきるしかない。悪いがお前は、ここから一人で脱出してくれ」


 図書館に繋がる扉まで走り抜け、俺は彼女に逃げろと告げる。


「ついでに、七瀬リーダー達にこの状況を伝えて欲しい。俺は……連絡する暇は与えてくれないらしい」


 後方を振り返れば、既に従魔達が応戦してくれている。


 しかし、闇雲な全体攻撃では、すぐ様再生されるため狙いの指示が必要。


「わ、私は……」

「謝罪も諦めも要らないし、聞く気もない。分かったらさっさと行け!」

「あ、後で埋め合わせは必ずする。……死なないでくれよ」

「俺は死なないことで有名なんでね」


 扉の先の光へと走って行く八島を背に、俺は化け物共と対峙する。


 賢能、念の為、セーブを頼む。

『既に設置済みです』


 ホント、有能な相棒だこと。


「状況は……良いとは言えないな。けど、チートレベルでなら負けてない」


 数では負けているのに、吸血鬼共が押し切れていないのが証拠。しかし、無限に再生する相手に数を減らし切れていない。


「賢能、なんかいい策はないか?」

『解答。昨日の検索結果より、称号と引き換えにスキルの獲得が可能。消費称号"魔物ハンター"、対応スキルは"情報共有"。マスターの見えている情報を、従魔、パーティメンバーに視覚情報として共有が可能です』

「それって……鑑定結果の急所位置とかも?」

『共有可能です』

「なんつーご都合展開や。今すぐ頼む!」


 その結果、能力が……下がらなかった。

 対峙する相手が魔物だった場合ステータス二倍。つまり、吸血鬼は魔物に分類されていない?


 いや、だったらあのフェンリルは?

 どう見ても魔物だ。称号対象外なわけが……


『解答。二つ名【眷属】は、魔物判定を打ち消します』

「それは先に言えって!!……ってことはなんだ?今までの試練も称号の効果は無かったってのか」

『はい』


 通りでなんか強いと思ったよ!!

 無限迷宮の魔物共、弱くね?って思ったよ?!


 はぁ、もう過ぎたことだしいいや。


――情報共有


「な、なんじゃ?!急に奴らの体に何か……」

「お前ら視えてるか?その赤い印が弱点だ!集中して狙え」

「なるほど。貴様が先程の吸血鬼相手に善戦していたのはこの能力のおかげか。……であれば、我も遅れは取らん」


 驚くハクに対し、妙にやる気を漲らせるマキナ。

 俺に劣るのがそんなに嫌か……。


「1匹も取り逃がすなよ。……これも忘れてたな――従魔強化」


 部屋を隙間なく埋め尽くす強化領域を展開。

 やれることは全てやった。


「お前が指揮官か――っ」


――急所突

「うるせぇな。奇襲するなら黙って動けよ」


 従魔たちの合間を縫って、俺の首筋を狙う吸血鬼が飛びかかる。背後から霧化を解いての攻撃だと言うのに、寸前で叫ばれては奇襲の意味を成さない。


 無論、我らが賢能様の鑑定表示で丸わかりだけど。


「相手に気づかれず背後から……ってのは、――こうやるんだ」


 心臓を一突きされて灰になる吸血鬼を払い、誰に見せるでもなく独り言を呟き攻撃に転じる。


――影渡り


 戦いの真下を通り抜け、たった今扉から入ってきた一体の吸血鬼に忍び寄る。


――飛翔加速


 攻撃されたと理解されるより早く、体を縦断する。これでも再生しようとする身体に驚きつつ、断面から顕になった心臓を裂く。


 これが人間ならグロい塊が残るが、幸い吸血鬼は灰になって消える。


「――狐火・地獄炎」


 タイミング良く扉の元に駆けつけてきたハクが、群がる吸血鬼を焼き払う。


「お主、こやつらの相手をするのは構わぬが、勝算はあるのか?一体一体は対処出来ても、これ以上数が増えると妾とて辛いのじゃ」

「正直困ってはいる。あのゲートがダンジョンと同一だと言うのなら、ボスを倒せば消えると思うが……、ゲートの先の吸血鬼はこの比じゃない数がいるはず。そこに乗り込むのは自殺行為だ」


 このゲートは普通より小さい。ダンジョンの等級はともかくとして、ゲートの大きさが小規模なのに救われている。


 何せ、同時に最大3〜4体しか出てこられない。

 増え方に一定の間隔が決められているのは、防衛側としてはやりやすいのだ。


――影咲貫

――狐火・檻炎


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 数体の吸血鬼を影の花で動きを封じ、ハクが燃やす。


「ワオォォ――」

――マジックリーフ


 フェンリルの数が少ないと思ったら、シンシアが5体をまとめて相手していた。あいて……つーか、あれは蹂躙だな。


「シンシアって、見た目より戦闘派だよな」

「シンシアを怒らせると怖いのじゃぞ……」


 考えるのがめんどくさくなってきて、思考が徐々に逸れていく。片手間に吸血鬼を倒しつつ戦況を眺めていた、


「――っ?!!」

 その時。


 ゲートから、これまでとは段違いに強力な魔力を放つ、何者かが現れた。それも、俺の恐怖耐性を貫通する威圧感。


 ……手が震えている。


「な、なんじゃ……今のは」

「ハクさん!!主様っ!!下がって!!」


 ハクが辛うじて首を後ろに向け、足が上手く動かない俺に、シンシアが呼びかける。


――ブラッド・リヴェッジ


「――影渡りっっ」


 動くこともままならないハクを連れて、すんでのところで影に逃げ込む。


 その瞬間、俺たちの立っていた空間を真っ赤な光線が削り取る。


――空間断絶


 そのまま館を貫く勢いだったが、ルナが空間を裂いて対応した。……しかし、あの鉄壁と思われた防御を得ても、ルナの腕を片方もって行かれてしまった。


 あ、あれは…………


「どうやら、邪魔者が居るようですね」


 静かで威圧的な声がした。

 ただの声だと言うのに、息が詰まる。心臓が跳ねる。


 身体が警告している、――あれは、桁違いだと。


『警告。レベル差200を確認。一時退却を推奨します』


 レベル差……200、だと?


 今の俺のレベルは298。つまり、レベル500……。

 今までに感じたことの無いこの悪寒は、単純なレベル差によるものだと?……そりゃそうだ。


 これまで何度も危機感を感じたことはあったけれど、単純なで勝てないと感じたことは無かった。


 当たり前だ。

 レベル200越えなんて、普通は有り得ない。

 あの1級ダンジョンですら、150前後だった。試練の敵でも250が限度だった。もちろん、多少のレベル差ならば作戦と能力で何とかなっただろう。


「――人間か?この我を前に正気を保っていられるとは、面白い」

「ば、化け物め……」


 しかし、これは違う。

 ――これはダメだ。


「我らが主様。ここは私めに、ご指示を」


 あとから出てきた吸血鬼が、そいつを王と呼び、頭を垂れる。


【――【常世】ソウル・ヴァンパイアロードLv320――】


 そいつらですら、レベル300越え。

 さっきまでとは格が違う。だと言うのに、そいつらが気にもならないほど、強者が頭を垂れてひれ伏す化け物。


「久しぶりの別世界だ。――私がやる」

「ははっ、では私共は、他を探って参ります」


 いっそ、鑑定のレベルが足りなくて、表示されない方が良かった。こうして目に見える形で表示されると、嫌でも現実を突きつけられる。


 ――勝てないという、絶望的な現実を。


【――【堕神】ヴァンパイア・ラファエルLv560――】

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