episode115 : 小さな綻び

「――全個体、管理システムを起動!――ネットワーク強制切断、機能一時停止」


 少年人形が指示を出す。


 すると、膨大な魔力の渦が出現し、それが各魔道具に再分配されていく。


 辛うじて感じる気配を追っていくと、再分配された魔力が魔道具に侵入したのを確認。

 次の瞬間には、脅威的だった魔道具は動きを停めた。


 叫んでいた指示通りに、機能が一時停止したのだ。


「これは……」

「管理システムを経由して、彼らを汚染していたネットワーク魔力から切断しました」


 ここを突破するための問題が、たった今全て解決する。


 己を不器用だと嘆く、1体の魔道具によって。


「君は私たちと共に来い。戦力になるかは未知数だが、君をここに放置しては置けない」


 至極真面目な表情で、八島は魔道具にグッと近づく。やや赤い顔は、道のシステムに興奮しているだけだろう。


 それでも、魔道具あいてからすれば、お仕えするご主人様なわけで。突如接近されてアワアワしていた。


 異性を前にした少年とは、ここまで分かりやすいものなのか。


「監視の目が無くなった今、隠れる必要も魔法を出し惜しみする必要も無い。九十九くん、飛ぼうか!!」

「話が単純で助かる。ハク、ちょっと掴まってろよ」


――浮遊

――飛翔加速


 各々がスキル(魔法)を用いて3階の扉前まで飛ぶ。

 本が住まう空間を、こんな風に横切る機会などほとんどない。その特殊な風景を、俺はしばらく忘れられないだろう。


「よし。ここからが本番だ。封印は任せるからな」

「無論だ。そちらも無理はするな」

「多少の無理は許容範囲だ」


 扉にそっと手をかける。

 ……彼女の情報は正しいようで、間違いなく化け物の気配がする。人間よりも魔物に近く、けれど実に人間らしい魔力を持った気配が。


「……ご主人様、すみません」

「どうした」

「僕は……、この先には行けません。僕の仲間が汚染されていた……ので、僕も、その何者かに汚染される……可能性が、あります。なので、ここで待っていますね」


 連れてきた少年人形が、戦いの邪魔になるからと1歩引いた。その動きには、どこかぎこちなさが混じる。


「確かに、君が汚染されては困る。素早く戻ってくるから、そこで待っているといい」

「……はい、ありがとうございます、ご主人様」


 人形の口から発せられる少年ボイスからは、取り繕った感情は見えない。


「それじゃ、行こうか」

「……分かった。吸血鬼には先制して攻撃するから、お前は隙を見て封印の元に走れ」

「了解」


 彼女は特に気にした様子もなく、目的のために先へ進む選択をした。


 俺は彼女の意思に従い、扉を強く押した。


 ただ一人、を残して。



「――管理システムに異常を検知。ネットワーク汚染の可能性あり。システムを強制切断します」



ーーーーーーーーーーーーーーーー


 扉の先は、謎の霧に満ちていた。

 窓からの光を遮断するためか、その部屋には太陽の温かさが一切見当たらない。


 部屋全体に薄いモヤが漂う、不気味な部屋。


「……なぁ、良かったのか」

「なにがだ?」

「あの魔道具、おそらく」

「分かっている。あの時、一瞬全体のネットワークに接続したのが原因だ。だからこそ、あの吸血鬼を倒さねばならない」


 俺は背後の扉を一瞥する。


 そして正面の化け物に向き直った。


「…………勝てぬと判断し逃げた負け犬が、再び戻ってくるとは」

「私は負けてなどいない。そして、今度こそ完全な勝利を得る」

「貴様はあの時、私を蘇らせたあの時から、既に敗北が決定している」

「それはどうかな。君は……相手を頼む」


 俺は彼女の目配せに頷き、数歩前へ進む。


「なんだ貴様は。ただの人間にこの私が」

「――全召喚。悪いが、話をしている時間は無い」


 前触れも、演出も、そんなものは存在しない。


「貴様、その能力はっ、まさか……」

「慈悲があると思うなよ。――葵の脅威は塵一つ残さないと決めている」


 先に動いたのは、驚くことに吸血鬼の方だった。


 己を霧化して、狙いはもちろん人間の俺。


――影渡り

「言い忘れていたけど、俺とお前、相性最悪なんだわ。お前の方だけな?」


 光を嫌う吸血鬼と、影を利用できる俺の能力。


 従魔の差を抜きにしても、この戦いは初めからこちらに有利である。卑怯……なんて言わないよな?

 なんたって、と同じなんだから。


 ゲームのボス相手に、不利な戦いは挑まないだろ。


「…………お前らって、誰だ?」


 心の中での発言に、自問自答してしまった。

 特に、意味のあるものじゃないってのに。


「集中出来てないな。深呼吸深呼吸」


 ゆっくりと大きく呼吸をして、俺は目の前の吸血鬼を睨みつける。インベントリから黒耀紅剣を取り出す。


――疾走&急所突


 急接近した俺に、吸血鬼は間一髪で反応する。

 速さはほぼ互角。若干こちらが上か。


 ……であれば。


「――世界樹の加護イグドラシル

「っ!!速――」


 急所突のクールタイムが終わるより早く、俺は敵の肩を切り裂いた。久々にクールタイムが仕事してるのを実感したな。


 急所突が発動できていれば、今頃は腕の一本でも持っていけた……


「速いが精度は低い……か。こちらの回復速度の方が上のようだ」

「吸血鬼の再生能力ってのは面倒だな」


 まぁ、細かい攻撃が効かないなら、それはそれで。


「ライム、マキナ。動きを止めるぞ」

「命令せずとも理解している――速射」

――グランドヴァーナ


 ライムの硬い触手が吸血鬼を待ち構え、マキナが素早い攻撃で追い込む。


「この私がその程度……」

「霧化はやらせねーよ?」


――影咲貫シャドウレート


 闇から咲き誇る影の花が、霧化しかけていた身体を捉え削り取る。


「……クッ、だが、身体の半分など安い」


 影に囚われた身体の一部を放棄し、吸血鬼は離れた場所に姿を現す。削られた身体も元通り……なんて、あの再生能力が無制限だと面倒極まりない。


「そうやって逃げてばかりじゃ終わらないぞ」

「貴様、誰に向かって……、いいだろう。その余裕を後悔するといい――命令実行、"こいつらを殺せ"」


 何もいない空間に向かって、魔力の籠った声を放つ。


「………………」

「……………………」

「…………なんも起こらないぞ」

「な、何故だ!あの共は、確かに命令を受け付けた――」

「魔道具って……あぁ、今の命令は


 俺は先の命令に納得し、そして笑みを浮かべた。


「残念だけど、お前の策は無意味だぞ。――そいつらは、既に助けたからな」

「……なん、だと?」


 あんなずさんな管理をしていた魔道具を、この期に及んでまだ利用できると勘違いしていたのか。


 高貴な吸血鬼とやらも、落ちたもんだ。


「お前が知る必要は無いか。――風切」

「くっ、くそぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


――ブラッディ・ネイル紅夜の血壊


 強烈に膨れ上がる魔力。

 羽が一回り大きくなり、瞳もさらに紅く光る。爪が短剣ほどにまで伸び、黒い魔力によって覆われている。


 単純な強化系のスキル……にしては姿が変わりすぎだ。

 息も荒くなっているし、代償がありそうなスキル。


「シネ――黒爪」

「メタ!!――武具変形"盾"」


 しかし、その速さと一撃の重さは、確かに代償を払うだけの効果を実感する。重たい一撃と、反応できた速さ。


 メタが近くにいなければ、まともに入っていただろう。下手をすれば死んでいた。……しかし、初撃で決められなかったのならば、――お前に勝ち目は消えた。


「ハク、悪いけどサポートに回ってくれ」

「……ぬぅ、仕方ないの。妾の分まで活躍するのじゃぞ!!――天舞・神楽」


 バフは重ねがけしてこそ真価を発揮する。

 RPGの基本だ。


 シンシアの強化魔法に加え、ハクの舞が奴の代償を遥に超える。


――疾走&急所突


「――?!」


 もはや声にもならない。

 奴の視界から消えた時には、俺の一撃が心臓を穿いていた。魔物ならばいざ知らず、肉体は人間の、それも吸血鬼。


「……カハッ。…………ぐぅっ、ごふ」


 血反吐を散らし、俺の腕から抜け落ちる。


 驚異的な再生能力も、それを上回れば無いも同然。

 腕には感覚が残るが、その時の俺には何も感じなかった。


 視線の先で倒れている血まみれの吸血鬼物体が、その場から消えるのを待つ。


「九十九くん、例の鍵を……おや、既に終わっていたか」

「あぁ、吸血鬼は殺した」

「…………さすがだ。それで、鍵は?」

「ここにあるぞ。封印は問題無さそうか?」

「無論だ。あとはこれをこの場所にはめ込めば――」


 八島の後を追ってゲートの部屋に入る。

 そこには、禍々しい紫色のゲートと、それを囲むように淡い光を放つ二箇所の封印が配置されていた。


 それぞれに輝く立方体がはめ込まれ、互いに光線で繋がっている。そして、部屋の中央、ゲートの正面に置かれた台座には、ちょうど立方体が埋め込める穴が空いていた。


「これをこうして……あれ?傾いてて入らない。少し角度を調整して……」


 余程ピッタリの穴なのだろう。

 返した鍵をはめ込むのに苦戦している。


 俺はただ何となく部屋を見渡しながら、ぼけーと残り二つの立方体を眺めていた。


 ……やっぱり、どっかで見たことあるような。


 そんな時だった。


『警告!!今すぐあのを回収してください!!』

「おっ、これならハマりそうだ」


 どんな偶然だろうか。いや、だったとでも言うのか。


 これが必然だったと言うならば、運命とやらはさも残酷でクソ野郎だ。


――カチッ。


 頭の中で響いた焦る音声と、八島が鍵をはめ込むのがほぼ同時。そして――


「ひひひっ、やった……やったぞ。あぁ、同胞たち、何年ぶりだろうか……私は、やり遂げた――ぞ」

「お前っ、生きてたのか?!」


 部屋の入口で、心臓を穿かれながらもここまで這ってきた吸血鬼が、ニヤリと笑って力を失った。


『…………たった今、解析が完了しました』


 鍵?それって……


『そちらの鍵……いえ、魔石の正式名称は""。神の力を宿す秘宝にして、全ての魔力を増幅させる、――神々の守りの護符。ただし、守りの力はあくまで


 ……それをゲートに使ったら、どうなる?


 俺は賢能の言わんとすることを察しながら、それでも聞かざるを得ないと、聞くことしか出来ないと質問を返す。


『本来の用途はです。ゲートとは、ダンジョン――世界の入口。それを増幅させるということは、――世界そのものを強化することと同義。警告――来ます』


 その警告に息を呑んだ。


 ……先の戦いは、前座ですらなかった。


「ちっ、…………やるしかないぞ」


 そこから現れた、無数の吸血鬼たち。

 ゲート世界に囚われていた魔物たちが、長い年月を経て再びこの世界に足を踏み入れてしまった。

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