episode114 : 警備人形のこころ

 図書館とは。

 そう問われれば、誰だって壁一面に埋め尽くされた大量の書物を想像するだろう。


 いや、この図書館――書物管理室がその想像に当てはまらない訳では無い。むしろ、これほどまでに書物を感じられる場所もそう多くは無い。


 しかし、想像通りでありながらここまで驚くのには理由がある。――圧倒的規模感。


 2階に収まらない遥か上まで、実に4階以上はあるその空間に、びっしりと埋め尽くされた書物の数々。


 そこは図書館と言うよりも、書物自身のために存在するような、まさに書物の集落であった。


「すっげぇ。前に入った館の図書室とは比べ物にならないぞ……これ」

「そうだろう。私の自慢の書室だ。状態管理の魔道具も置いてあるからな。書物が朽ちることもない」


 出会ってから1番のドヤ顔を見せられる。


 これだけ圧巻なら自慢もしたくなる。


「んで、ここに吸血鬼がいるのかよ」

「ここの奥だ。奴の元に向かうなら、この部屋から直接行ける。封印もその奥にある」

「書室と自室が繋がってるって……いよいよ化け物だぞ」


 魔法使いの鏡……ってか、ただの書物オタクだな。


『――警告。巨大なトラップの反応を感知』


「罠?!」


 その景色に気を取られて、罠の気配を感じなかった。


「ここには書物を管理する魔道具があると言っただろう。普段は書物の管理と警備を行っているが、今は奴の管理下。……発見されると面倒だ」

「おいおい、やっぱり迂回して進んだ方が――」

「――しっ!隠れろ」

「うわっ」


 突如手を引かれ、俺たちは本棚の後ろに身を潜めた。


「な、なんだ」

「あそこだ」


 本棚の影からこっそり指さす。

 その先には、数体の人形が巡回しているのを確認出来た。


「あれが書物を管理する魔道具。――通称"リブロイド"。だが、あの赤い瞳……、警戒モードになっている。見つかると攻撃してくる上、この館の全人形魔道具が襲ってくるぞ」

「なんつー厄介な魔道具使ってんだよ。見事に利用されてんじゃねーか」


 動く魔道具は、ここから見えるだけで5体。

 こいつらを避けながら進むのは相当苦労する。


「お前の自室と繋がってる扉は?」

「3階のあの扉だ。あの階段を登れば早い」

「早いって……お前な」


 指し示す階段は、バッチリと魔道具が守っている。


「それに、上の階に隠れる場所が無い」


 上まで吹き抜けの空間では、図書室の端から端まで全てが見渡せてしまう。


 ゲームなら一定の範囲で良いだろうけど、ここは現実。

 障害物がなければ部屋の端まで筒抜けである。


「……はぁ、面倒だが仕方ない。ハク、頼めるか」


 俺は溜息をつきながら、透明化していたハクを呼ぶ。


「……む?妾の出番か」

「お前、さては寝てたな。俺の頭の上で」

「暇だったのじゃ。許して」


 謎の謝罪を述べて、術を発動させる。

「――化けの術・透化」


 この作戦最大の欠点は、透明化が適用されているか、自身の目では確認できないことである。


 お互いが透明化していると姿が見えてしまうため、確かめようがない。


 ……鏡でも持っておけばよかったか。


「ま、ここで待ってるよりマシだ。行こう」


 物音をたてぬようゆっくり進む。


 会話はヒソヒソ声で。


「念の為、魔道具に近づくのはやめておけ。索敵範囲は狭いが、魔力を感知できる機能も付いている」

「誰が興味本位で近づくかよ。透明化だって万能じゃないんだから、わざわざ見つかる真似はしない」


 八島お前じゃないんだから。


 最後の言葉だけは何とか飲み込む。


「けど、階段の奴はそうもいかないぞ」

「無論、そこは策がある」


 慎重に進み、階段下の窪みまで移動してきた。

 数体の人形と目が合ったがバレなかったので、透明化の効果はきちんとあるようだ。


「だったら早く行くぞ」

「まぁ待て。あと10秒……」


 八島は俺を制止して、謎の秒数をカウントする。

 彼女の言う通り10秒待っていると……


――ピピッ、ピピッ、ピピッ


 一定の感覚で不思議な音が鳴り響く。

 その音を聞きつけた階段の魔道具が、その音に釣られて移動し始めた。


「この音は?」

「ただの目覚まし時計だ。私はこの部屋で寝落ちすることが多く、予定がある時間に目覚められるよう目覚ましが設置してある。そして、その目覚ましを頼りに私を起こしに来てくれるのが、さきの魔道具だ」

「……お前、魔道具に起こして貰ってんのかよ」


 一体、俺はこいつに何度呆れれば良いのだろうか。


 おおよそ、通常一般的な常識は、彼女には当てはまらない。


「しかし、目覚ましなんていつセットしたんだ」

「この部屋に入った時に」


 ……空間に感動してて、気が付かなかっただけか。


 魔道具が離れたのを見届けてから、俺たちは静かに階段を上り2階に移動した。


 次の階段は90度部屋を回転した位置にある。


 更には、狭い通路の中央を守る2体の魔道具。


 もはや飛んで行った方が早いまである。その場合、全魔道具から襲われる未来が待っているわけだが。


「とりあえず、少し近づいて様子を……うわっ」


 目の前の魔道具に気を取られていた俺は、本棚と本棚の隙間に佇んでいた一 1体の魔道具に驚いてしまう。


 幸い、他の魔道具には気が付かれなかった。


「こ、こいつ……動いてない?」


 そいつは、どれだけ近づいても反応せず、ただじっとこちらを見つめているだけ。


「なんだ、また故障していたのか」

「故障?」


 八島はそいつを見るなりそう口にした。


「数ある魔道具の中で、この個体だけ毎回命令に背いてサボろうとする。魔道具にそのような機能は付いていないはずなのだが、何度調整しても言うことを聞かない」

「なんか、人間みたいだな」

「不思議だったから研究してみようとそのままにしていたのだが……、どうやら吸血鬼の支配を受けず、ここで止まっていたらしい」


 ポンコツ魔道具も、こいつの手にかかれば全てが研究材料になる。魔法オタクはこれだから怖い。


「どれ……」


 動きの停止したそいつを、八島がまじまじと眺める。


「まさか……起動するのか?襲ってこないだろうな」

「大丈夫なはずだ。こいつは調整のために他の魔道具との共有ネットワークは切ってある。問題はここを少し直してみて……まぁ、もし襲ってきたら、破壊すればいい」

「もし……じゃねーんだわ!!可能性があるなら今すぐやめろ!!おい!聞いてんの――」


――ポチ。


 俺の制止を無視して、彼女は起動ボタンを押した。


 例の調整だとかなんとか、全く理解出来ぬ早さで終わらせていた。


「――再起動を完了しました」


 機械音の無機質な声が、魔道具の起動を告げる。


「――本機体の命令を検索…………該当プログラムを実行します。………………完りょ――ご主人様おかえりなさい!!」

「……はい?」

「ふむ、プログラムにエラーがあったかな」


 音声が終了する前に、随分と可愛らしい少年ボイスが人形の口から発せられた。その魔道具――少年人形は、八島のことをご主人様と呼び、変わらないはずの表情がどこか嬉しそうにしている。


 その状況に、改造した当本人八島が、顎に手を当てて不思議そうに見つめている。


 なんでいじった本人が分からないんだよ。


「おい……、何したんだ?」

「一度本体をリセットして、隔離していたプログラムを改めてセットしただけ……だったはずだが」

「ご主人様?僕は元気ですよ。ほら!この通り」


 彼女の微妙な表情を少年人形はくるりとその場で一回転する。


「君は……何者だ?」

「僕はリブロイド管理個体、ご主人様の専属人形、リブロイドNo.1、ケイと申します!……あ、さ、サボっていたのは……その……えっと、怒らないですか?」


 元気なのか、ポンコツなのか。

 魔道具なのに、人間よりも人間らしい。


「話してくれ」

「えっと……そ、その……、僕、不器用なんです。何をしても上手くいかなくて……。仕事を増やさないよう、こっそり逃げていたんです」


 目を逸らし、小さな声でそう話す。


「……なるほど。魔道具にも、向き不向きがあるようだ」

「あの、さ。研究だか報告だかは後にして、今は先に進まないか?透明化は続いてるのに、なんで見えてるのかってことも次いでに聞きたい」


 俺は先に見える人形を指さし、オタクが興奮する前に軌道修正する。


「僕には管理システムが導入されています。その機能の一部に、登録者の魔力称号と探知があります。ご主人様の魔力は登録済みですから、その位置を特定することは簡単です」

「それは、ほかの個体には無いのか?」

「はい!管理個体の僕のみに導入されたプログラムです。えっと、ご主人様は何か困っているのですか?」

「あぁ。君以外の個体が、どうやらネットワークを乗っ取られて敵の支配下なんだ。見つかると面倒くさい」


 管理個体というのが、他の魔道具とどう違うのかは分からないが、姿を見せても反応しないのは同族だという判定なのだろうか?


 しかしそんな疑問を吹き飛ばすような、超ご都合的に展開が大きく動くことになる。


 その少年人形の、たった数秒の言葉によって。


「でしたら、僕に任せてください!――全個体、管理システムを起動!――ネットワーク強制切断、機能一時停止」

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