episode113 : 重複する思惑
「……行ってきます」
俺は誰もいない廊下の奥へ、静かにそう残して一人、扉を開けた。
朝7時前。
もう少しで葵が起きるだろうが、集合時間に間に合わなそうなので、朝食だけ作ってある。
三佳にも迷惑をかけているし、今度何か奢ってやろう。
葵も連れて行けば、跳んで喜ぶに違いない。
「んーーー、なんだかんだ、晴れの日の朝って気持ちがいいよな」
「妾はまだ眠いのじゃ……。夜の方が好きなのじゃ」
「その割には夜寝るの早いのな」
「好きと睡魔は関係ないのじゃぞ!」
別部屋の住民に迷惑をかけぬよう声を落として会話をしつつ、自宅のマンションを出た。
建物の隙間から、誇らしげに輝く太陽の光が眩しい。
「バックれるかとも思ったが、どうやら杞憂だったようだ」
「お前のためにわざわざ人の少ない場所を集合場所にしたってのに、なんでここにいるんだよ。八島」
「なに、早く目が覚めてしまっただけ。ただの気まぐれだ」
「あっそ。どうせ、七瀬リーダーと二人きりになりたくないだけだろ」
「そうとも言うな」
今回の件、題して"奪われた椅子を取り戻せ"作戦は、俺と当事者の八島、七瀬リーダーと赤崎さんが参加する。
人間が吸血鬼相手では危険だと言うことだったが、今回の作戦は二手に分かれて行動する。
1つは吸血鬼をボコすチーム。
俺と八島で対応する。
その間に、もう1つの領民の状況把握チームが領地で民の調査を行う。
こちらは七瀬リーダーと赤崎さんに対応してもらう。
二人はテレビにも出ていたし、顔が割れているという心配もあったが、そこは――
「――化けの術・変幻人在」
ハクの術で別の姿に変化してもらった。
「君の配下たちは皆優秀なのだな」
「変なこと考えるなよ?もし何かすれば、そこから叩き落とすからな」
「助けてもらう相手にそのような失礼はしない。立場は弁えているつもりだ」
「弁えてるなら、他人の家の前で
「あれは非常事態だった。許して欲しい」
俺と八島は現在、一足先に、クルーに乗って現地に向かっている。向かって……なんて優しくは無い。要は頭上から奇襲をしようって魂胆なのだ。
集合場所を決めていたのは、作戦の最終確認とタイミングを一致させるため。
万が一吸血鬼が麓の街に降りていたら危険だ。
俺たちが先に戦いを始め、それを陽動として街で情報を集めてもらう。
「しかし、前に見た時はこのような配下はいなかったはずだ。……もしや、あの時は手加減をしていたのか」
「あの時……?あぁ、セブンレータワーでの試合ね。まぁそんなとこ」
あの後に進化したことは黙っていよう。
……しかし、こいつ、動きにくそうなゴスロリ服でよく落ちないよな。風の抵抗がそれなりにあるはずなのに、ヒラヒラの服も握る小傘も、ほとんど風を感じていない。
さてはこいつ、一人でも飛べるな?
考えてみればそうだ。
人目がある交通機関を使って移動できない八島が俺を訪ねてこられたのは、1人でも遠距離を行き来できる手段を持っているから。
なんか、既に騙されている気がする。
それを問い詰めたところで、「ただ話していなかっただけ」だとか、適当にはぐらかされるだけだろう。
七瀬リーダー達が警戒するのも納得が行く。
せめて最後に後ろから刺されぬよう、多少の警戒はしておくべきかもしれない。
「なぁ、今のうちに対吸血鬼作戦を説明して欲しいんだが。俺はただ吸血鬼と戦うだけでいいのか?」
「そのスタンスで構わない。が、目的と言うなればゲートの再封印だ。ゲートを塞ぐ扉の鍵は私が持っているが、恐らく奴は無理にでもこじ開けようと奮闘している。もう一度封印を施さねば、いずれ封印が解ける」
「んじゃ、その間の時間稼ぎと邪魔をさせないよう立ち回ればいいな」
「それと、この鍵を託しておこう。奪われないよう、守ってくれ」
手渡された金色の……物体。
とても鍵と呼べる形状ではなく、近しいものと言えばルービックキューブ辺りだろうか。
金色に輝く大きめの
……立方体か。
「なぁ、その鍵……ってか、ゲートの封印を施したのってお前なんだよな?」
「そうだ」
「その術?的なやつって、調べて覚えたのか」
「最近読んだ書物にも同じことが書いてあったが、覚えたのは人伝だ。遥昔に、その村出身だと私の地を訪れた者に教えてもらった。この鍵はその時に御守りとして譲り受けた」
譲り受けた……ねぇ。
俺にはその何者かってのが怪しさ満点。既にその昔から、誰かの企みが動いていたのかもしれない。
例えば……そうだな。
鬼畜なほど傲慢で、とても世界を総べる者とは思えないクズ共……とかね。
ただの勘だけど、俺の勘は割と当たる。
「その封印は直接確かめるとして、鍵は確かに預かった。使う時になったら言ってくれよ」
俺はそれを胸ポケットに入れる……フリをして、インベントリに収納した。
――???の鍵
名前は謎か。
賢能、解析ってできる?
『解答。可能です。しかし強力な保護魔法により、しばらく時間がかかります。想定解析時間――1時間です』
封印元に着く方が早いな。……でもまぁ、頼む。
ちょっとした違和感や気づきも、どこで役立つか分からない。念には念を、だ。
俺は近くて遠い、何者かの思惑を引き連れて、吸血鬼の元へ急ぐのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝方に出発し、八島の奪われた自宅に到着したのは10時頃。徐々に暑さを感じ始める、そんな時間帯だ。
場所は話にあったとおり、山の中にひっそりと建つ家。
「家……なんだよな、これ」
「そうだ。この時期は涼しくて過ごしやすい」
「……一人で住んでたの?」
「そうなるな。一応、部下や侍女が度々顔を見せるが、ほとんどは一人で過ごしてきた」
平然とそう話しているが、俺は驚きを通り越して呆れていた。
俺たちの前には、どう見ても一人で暮らすには広すぎる、とてつもなくデカい館がそびえ立っているのだ。
俺が住んでいる6階建てのマンションが2つ、3つは入りそうな大きさである。
「お前、やはり化け物だったか」
「どこを見て言っている?私はこの通り、人間だ」
「人間としてイカれてるって言ってんだよ」
俺はため息を吐いて、その館に踏み込む。
手入れをしている様子は無いのに何故か整っている庭を通り過ぎ、人が横並びに4人は同時に通れる扉を押した。
「……案外、普通だ」
「何を期待していたのか知らないが、人の自宅をなんだと思っている」
もっと埃まみれ、散らかり放題、なんならお化け屋敷同然の瓦礫まみれまで想像していたのだ。
まさか、掃除がきちんと行き届いた、映画なんかでよく見る普通の館だと誰が想像できただろう。
……まさか、こいつが一人で掃除をしていたのか?!
「聞いて驚け。掃除や庭の手入れは全て魔道具が行っている。数ヶ月に1度、魔力の補填をすれば自動で作業をしてくれる便利な物だ。大金をはたいて買っただけはあるだろう」
「……あ、そう」
「何故そんな冷めた顔をする?」
「いや、そりゃそうだよなって」
驚きなんて、ハナから存在しなかった。
どうして、己の手で掃除しているなどと一瞬でも考えてしまったのか。
「で?肝心の吸血鬼様とやらはどこに?」
「そこまでは案内しよう。さっきの鍵が壊されてないのなら、封印はまだ破られていないことになる。であれば、仲間は居ないだろう。注意するべきは罠だけだが……」
そう言って立ち止まったのは、謎の扉の手前。
「――
瞬間、扉だと思っていたものが凍りつき、時間が止まる。そこには扉の代わりに、鋭い刃が侵入者を切断するための罠があった。
「私に罠は通用しない。少しでも構造が違えば、すぐに分かるからな」
「やっぱりお前、ナンバーズだわ」
「その通りだが」
俺が賢能と広域鑑定を駆使してようやく存在を把握出来るモノを、
その魔力的な感知能力の高さは、流石と言わざるを得なかった。
そうしてたどり着いた先は、その館の6割を占める、――巨大な図書館であった。
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