episode112 : 本音

「ただいま」


 俺はなんのことはなく、至って普通に帰宅した。

 奥の部屋からは、楽しげな話し声が聞こえてくる。


「よ、兄ちゃんが帰ったぞ」

「お兄ちゃん!!おかえり!」

「お兄さんお帰りなさい。予定より少し早かったですね」


 そこには、制服姿でお菓子を頬張る葵と三佳がいた。


 机の上には宿題と思われるプリント類が広がっている。……が、手をつけている様子はない。


「連絡くれれば駅まで迎えに行ったのにー!」

「それは宿題をサボるための口実だろ?」

「うっ、だってぇ」


 少し不安はあったが、いつも通りの葵でほっとする。


「三佳もありがとな」

「いいえ。葵と一緒で楽しかったです」


 こちらに気を遣って……ではなく、彼女の場合それが事実である。葵に変なことしてないよな?


「ただ、悪い。明日も仕事が入った。一日で帰ってこられるか分からないから、申し訳ないんだけどあと2日くらいお願いしても大丈夫か」

「もちろんです!!任せてください」


 この喜び様。

 無理をさせているのではなんて心配は杞憂である。


「お兄ちゃん、明日もいないんだ……」

「朝飯は作って行くよ。……そんな顔しなくても、早めに帰ってくる」


 葵には心配かけてるな。

 この案件が終わったら、しばらく一日家を空けるのは辞めよう。うん、そうしよう。はい確定。


「夕飯まではまだ時間があるし、俺は部屋でごろごろしてるから」

「えー!暇ならお兄ちゃん宿題手伝ってよ」

「そんなの優秀な三佳に教えて…………まぁいいか。どれ、どこが分からないんだ」

「全部!!」

「そんなドヤ顔で言うな!!」


 葵が俺を必要としている。

 理由も、その表情にも、何となく察しがつく。あえて言葉には出さず、笑顔で隣に座るのが兄というものだろう。


「あ、お兄さん。私も……ここ、教えて欲しいです」

「三佳にも分からんのか。どれ……うわ、ほんとに難しい」


 久しぶりに、こんな平和な時間を過ごしている。

 ハクも、いつの間にかソファの上で丸くなっている。


 こんな時間が、いつまでも続いたなら、どれだけ……。違うな。そのために俺は戦っている。

――この時間、そして家族を守るために。


 俺は二人の相談に乗りながら、夕飯の支度まで共に過ごすのだった。



 その日の夜。


 夕飯を食べ終え、二人が風呂に入っている間に食器の片付けを行う俺。その横で、ハクが水道の水をつつきながらこう言った。


「お主は、本当に妹君が好きじゃな」

「はぁ?当たり前だろ。俺の宝だぞ」

「ならば、いつまで黙っておくつもりじゃ?」

「……ずっとだよ」


 何がだ、とは問わない。


 ハクの言わんとすることは察せるから。


――俺の能力のこと、覚醒者としての仕事こと。今巻き込まれているあれこれのこと。


「話したって、心配かけるだけ。それに、知らない方が幸せなこともある。俺も、妹も」

「そんなものかの」

「あぁ。そんなものだ。……なんだ、いきなりそんなこと聞いて」


 あまり家族の事情には干渉しないハクが、葵のことを尋ねるのは珍しい。特に、こんな真剣な表情で。


「お主は……似ているのじゃ。妾たちが慕っていた、昔の主にの」

「前の魔王だっけか。似てるっても、俺は俺だ。同じではない」

「分かっておるわ。そも、妾たちの魔王様はお主のように妾を投げたりはしなかったのじゃ!」

「そりゃあ、俺は優しくないからな」


 本人が優しくあろうとしていないのだから、比べられても困る。俺の優しさは葵のためだけにあるんだ。


「……しかし、お主と同じくがあった。故に強く……そして脆かった」

「あぁ、そゆこと」


 確か、こいつらの仕えていた魔王にも家族がいて、……神に人質にされたんだっけ。大切なものがあるってのは、時として弱点になる、と。


「お前は、俺が負けると思うか?」

「無論、有り得ぬのじゃ」

「じゃあ問題ない。負けるつもりもないし、俺は――だから」

「約束?」

「いや、こっちの話」


 もう、この世界で俺しか覚えていないであろう、小さき約束。泣きじゃくる妹と交わした、――大切な兄の決意約束


「お主にも色々あるのじゃな」

「何を今更。俺に面倒事を押し付けたのはそっちのくせに」

「それこそ、魔王様の宿命と言うやつじゃ」


 俺たちは小さく笑った。


 とても大層なモノを背負っていることは感じさせない、静かな笑いだった。


 カラン。


 静かな平和に、食器の音が響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「寝る前に明日の準備を軽くしておくか」

「妾は寝るからの」

「お前に手伝えることは無い」

「それはそれで酷いのじゃ!!」


 自室の椅子に座り、荷物を整理する。

 ベットではハクが睡眠モード。


 きちんとツッコミをした後、直ぐに静かになった。寝るまでが早いんだ、こいつ。


 俺はハクが眠ったのを確認してからステータス画面を開いた。この画面は俺にしか見えないから、従魔たちにも黙っている。


 話したところで信じては貰えないだろうけど。


「しっかし、スキルも称号も増えたよなぁ。黄金の試練で手に入れたのは……、これか。"神裁魔王"。効果は……『神聖魔法への耐性アップ』?じゃあ耐性上がって…………神聖耐性Lv10?!無敵じゃねぇか!!」


 と言っても、Lv10が実際どのくらい軽減できるのか知らないけど。


『耐性はLv10で最大になります。現在、マスターに対する神聖魔法は無効化されます』


 やっぱり無敵じゃねぇか!!


 なんか、本格的に対神兵器になりつつあるぞ。


『また、該当する称号を合成し新たな称号を獲得可能です。合成しますか?』


 称号も合成出来んのか。

 俺の知らないシステムがまだまだあるのな。……まさか賢能、お前、まだ何か隠してるのか。


『否定。スキルのレベルアップの恩恵になります』


 あ、なるほど。


 そういや賢能のレベルもだいぶ上がったもんな。


「合成できる称号ってのは?」

『該当称号名、"初めての回帰"、"低層の覇者"、"聖樹の加護"。合成しますか?』


 もちろんイエスだ!


『合成を開始――成功。"初めての回帰"、"低層の覇者"、"聖樹の加護"は消滅。称号"スキルの加護"を獲得しました』


――称号"スキルの加護" : 全スキルのレベル+2


 おぉ……、なんか、全くの別物になった。元の称号効果の影もない。


『称号とはそういうモノです』


 説明する気がないですねありがとうございます。


 ちなみに、他にはできるか?


『該当称号、及びスキルを判別中…………』


 一体どこにアクセスしているのか。ふとそんな疑問が浮かんだところで、扉の外から声がかかり、作業を一時中断した。


「お兄ちゃん、まだ起きてる?」


 そんな声に部屋の扉を開けると、そこに寝巻き姿の葵があった。


「どうした?こんな時間に」


 そう問うて目線を合わせ……、やけに心配そうな妹の瞳が映る。


「その……、お兄ちゃんは、居なくならない……よね」


 泣き声を必死に堪えた口も、僅かに震えている。


「昨日、夢で……、お兄ちゃんが、……いなくなっちゃうの。私を置いて……いかないで」


 堪えた震えが、一粒の涙となって床へ落ちた。

 その瞬間には、俺は妹を抱き寄せていた。


「兄ちゃんがお前を置いていなくなるわけないだろ。絶対、俺は帰ってくる。何がなんでも、絶対に」

「……ほんと?絶対?」

「あぁ。絶対。


 俺は確信を持ってそう応える。

 葵と俺の約束には、それほどの効力があるのだ。


「……そっか。そうだよね。んんっ、ごめんお兄ちゃん。お仕事前に変なこと言っちゃって」

「いいや。俺こそ、いつもいつも心配かけるな」

「それは……ほら!妹が兄の心配をするのは当然のことなの!だから、……帰ってきてね」


 まるで物語最終回の前日のよう。

 若干の死亡フラグ感が否めないが、その存在は俺らの約束を打ち破るには弱すぎる。


 涙目で、それでも満点の笑顔でそう言った妹に、俺は最大の笑顔で返す。


「お前との約束だ。必ず。さてと、もう遅いから葵は部屋に戻りな」

「うん!おやすみー!」


 最後に頭を撫でて葵が戻るのを見守り、そして自室に戻る。


「ふあぁあ…………、俺も寝よう」


 唯一灯っていた机の明かりを消して、俺はベットに横になる。思ったよりも疲れていたようで、横になるなり直ぐに意識を夢の中へ落とした。


 これではハクに呆れ顔は向けられないな。


 素早い眠りの結果、俺はそこにあるはずの温もりが無いことに気が付かなかった。



「――お主は、一体?」

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