episode111 : 怪しい助力

「それで?俺に頼みたいことってなんだよ」

「私の母親を殺すのを手伝ってくれ」

「いや言い方っ!!」


 単刀直入どころか、こう……もう少し別の言い回しがあっただろうが。


 これまでの話を知らない人が聞いたら、俺は人殺しの共犯者だぞ。


 あまりの急展開に、この俺がツッコミを抑えきれなかった。


「しかし何故だ。いくら封印を解かれた吸血鬼とはいえ、お前が負けるほどの相手なのか?確か、母親は元々非覚醒者なんだよな?」


 であれば、いくら吸血鬼化したとて、その能力には限界があるはずだ。


 ナンバーズ、それも第3位が負けるほどの相手だとは思えない。


「九十九くん。吸血鬼の特徴については知っていますか?」


 吸血鬼の強さに首を傾げる俺へ、七瀬リーダーが一つの質問を投げかける。


「えっと、小説とかだと、日光に弱いとか、強い臭いが嫌いだとか、霧やらコウモリに変身できる……とか。後は、血が食糧だったり、吸血された相手を眷属にできる……とかですかね」

「その通りです。吸血鬼は本来、夜に生きる生物だと言われています。故に、闇との親和性が非常に高く、その耐性もまた、人間とは比べ物になりません」

「……あぁ、そゆこと」


 彼の質問の意図を理解し、また何故彼女が逃げたのかもについても合点がいった。


「そうだ。私の得意魔法は闇と氷。闇魔法に耐性のある吸血鬼とは相性が悪い。更に、あれほどの強力な個体であれば、魔法そのものにもそれなりの耐性がある。私一人では勝ち目がない」


 彼女の戦い方は分からないが、己の武器か一つ封じられているのは、確かに分が悪い。


「けど、それだと前の質問と矛盾してる。母親は非覚醒者で、それなら吸血鬼化したとしても……」

「そう、そのはずだった。少なくとも数年前に私が封印した時は、大した階級では無かった」


 階級?あー、なんか聞いた事あるな。吸血鬼には、強さに応じた階級がある……とか。


 んで、封印されたこの数年間に、階級が上がる何かがあったと。


「その原因について心当たりは?」

「ない……が、予想はできる」

「と言うと?」

「封印を解いた民らだ。かの吸血鬼に襲われ、吸血されてしまったのだろう。正しくはその民をそそのかし、当主の座を奪わせた何者かが原因になるが」

「吸血行為は吸血鬼にとって食事であると同時に、己の力を増幅させる行為でもありますからね」


 ……また厄介な事案である。


 領民を操り、封印を解かせた者。

 素性も見当もつかない、謎の相手。現状で推測できるのは、封印について知る者であることと、当主の座を狙う理由のある相手であることだ。


 後者に関しては確定にはできないし。


 そんなやばい相手が領民側についているとなれば、急ぎその吸血鬼を倒さないと被害が大きくなる一方だ。


 しかし、下手に近づいて領民を刺激しては元も子もない。


 ……厄介どころか、既に八方塞がり詰みゲーでは?


「ここまでの内容を振り返る限り、殺すのは不可能そうだけどなんか手があるのか?」

「無論、手は考えてある。しかしその為には、吸血鬼と渡り合える戦力が必要だ。望むなら、それは方が好ましい」


 含みのある発言に、溶けかけていた緊張が再び場を支配する。赤崎姉弟と七瀬リーダーの鋭い視線が、八島の肌に突き刺さる。


 今にも手が出そうな雰囲気に、俺はたまらず話題の転換を図る。


「なぁ、吸血鬼ってのは一体だけなのか?伝承ではゲートの先に吸血鬼がいたんだよな」

「山に封印したのは一体のみだ。それとゲートの封印ならば別に存在しているぞ。私の自宅の奥にな」

「へぇー、自宅で封印してんのか。そりゃ近くて便利――っっじゃないよねっ?!奪われとるやんその自宅っ!!」

「そうとも言う」


 おかしい。緊急事態のはずなのに、なんだろうこの緊迫感のなさは。……俺がおかしいのか?


「ちなみに、そのゲートに入るための鍵は、私が持っている。今、ここにな」

「それを早く言えって」


 ……彼女の手のひらの上で踊らされている気がする。


 こいつ、さては人を弄ぶのが好きなんだな?


「はあ、もういいや。その吸血鬼共を倒すのは協力してやるから、具体的に俺は何をすればいい?」

「そうか!それは良かった。断られていたら、私はしばらくここで身を隠すことになっていた」

「……そういや、そんな話してたな。追ってるのは領民か?」

「そうだろう。狙いはゲートで、恐らくこの鍵を手に入れるため、領民を使っているのだ」

「であれば、むしろ今が好機だ。サッと押しかけて、サクッと倒せばいい」


 八島の土地までは、一橋の半分程度の時間で済む。


「九十九君。私は反対です」

「そうだな。俺も反対だ」


 協力的な俺の発言に対し、七瀬リーダーと赤崎さんは随分と反対的である。


「危険すぎる――と言うよりも、九十九君は彼女とこれ以上関わるべきではありません」

「随分と信用されていないな」

「当たり前です。あなたのような詐欺師を信用しろという方が無理な話です」

「そうか。しかし本人は気にしていないようだぞ」


 八島の視線がこちらに向く。


「彼の能力はとても興味深い。こう言ってはなんだが、現在の一級と比べてもずば抜けての異端だ。それでも、今回の状況に関して言えば、彼ほど適任者もいない。それは君らも分かっているはずだ」

「…………」


 彼女の意見に黙り込む七瀬リーダー。

 適任ってのは間違いない。人間を吸血すれば眷属になる。それはつまり、人間でなければ効果がない……かもしれない。


 彼らの意見はそんなとこか。


 けど、俺には俺にしか分からない、眷属化しないと確信できる情報がある。


 

 その言葉には馴染みがあった。


 試練のボスが従えていた、眷属。あれらは俺の従魔契約には応じなかった。反対に、俺の従魔たちに眷属化は効かないはずだ。


 無論、試したことは無いが……

『従魔の誓いは契約において最上位のスキルです。吸血鬼の眷属化がスキルである以上、上書きは不可能です』


 俺の最も信頼する情報源相棒からのデータがある。


「今は被害も多くないでしょうけど、吸血鬼のゲートが完全に開いてしまえば俺たちも安全とは言えないでしょう?俺は、1パーセントでも葵に危険があるなら、取り除くことに尽力したいです」

「……わかりました。ですが、サポートはさせて下さい。直接戦闘に加わることは出来ませんが、彼女の思惑通りにはさせません」

「その彼女とは私のことかな」

「さて、どうでしょうね」


 やれやれ。

 最後まで険悪なままの話し合いだったけど、何とか無事に、ギルドが破壊されずに済んで良かった。


 面倒事が増えてはしまったけど、これも葵のため。

 ……そういえば、そろそろ帰ってくる時間だな。


「あのさ、尽力って言っておいて悪いんだが、向かうのは明日でもいいか?俺、ついさっき帰ってきたばかりなんだ。葵にも会っておきたい」

「構わない。頼みを聞いてもらう以上、そちらの事情に合わせるのが道理というものだ」


 たった数日。

 俺にとっては数日も。


 明日のやる気を補充するべく、俺は葵の元へ帰宅するのだ。

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