episode110 : 奪ったモノは
「逃亡者?」
「はい。それも、奪ったのは――」
「それについては、私から直接話すべきだろう」
千紗さんの話を遮る形で、どこか不安そうに八島が口を挟む。
「あれは3日前のこと。私の自宅と呼べる場所は、木々の生い茂る山道の途中にある。そこに、珍しく
彼女の話しぶりでは、まるでそれが
あれが訪ねてきた、他人なのに
「それが間違いだった。
「招き入れる、なんて、
鋭く棘のある言葉を投げる千紗さん。
今度は仲裁するよりも、気になる発言に続きを促した。
「脅された……か。それも間違いでは無い。そう、あれは私にだけ通用する脅迫だった」
「まさか、自分が作り出した相手に裏切られるとは思わなかったのでしょう。領民どころか、身内の動向すら気が付かないなんて、ナンバーズだと言う自覚が足らないんじゃないですか」
「…………そう、だな」
なんというか、今日の千紗さんは随分怖い。普段の元気で楽観的な彼女は欠片も見当たらない。
「結局、当主の座を奪ったのは誰で、あれってのはなんだ?」
当主の座を奪われた状況は理解したが、肝心な部分をなかなか話してくれない。
数秒の沈黙が流れた後、ようやく口を開いた彼女の口からは、耳を疑う真実が返ってきた。
「奪ったのは、私の母親だ。過去に私が殺し、
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは遠いようで近い、過去の話。
少女は魔女だった。
得意な魔法は闇魔法と氷魔法。
巷では氷闇の魔女と呼ばれ、畏怖と尊敬の念を抱かれていた。
そんな魔女には、優しい両親がいた。
父は村で1番の剣術使い。あらゆる魔物を一瞬で両断し、何度も村の危機を救った英雄。
母は非覚醒者。しかし、誰よりも優しく強い心を持つ、村人から慕われる存在。
そのような両親から誕生した少女は、魔法の才に溢れ、大きくなると父のダンジョン攻略に付き合うようになった。
魔物の素材を集め、魔法の研究に使うため。
ある日、少女は不死の研究に興味を持つ。
禁書と呼ばれた
――少女の好奇心は、とあるダンジョンの封印を解いてしまう。
伝説の吸血鬼と呼ばれた、
村は大慌て。かの英雄も即刻立ち上がり、吸血鬼を討たんと攻略隊を組んでダンジョンに入っていった。
……しかし、誰一人、帰っては来なかった。
何時間、何日、何週間待っても、ゲートが消えることも、攻略隊の姿が戻る事もない。
ある日少女は、不死の魔法を会得した少女は、封印を解いてしまった罪悪感を背負いダンジョンに潜ろうと決意する。
封印を解いたのが少女であることは、彼女の母親しか知らない。だから、か。少女の申し出に、なんの能力も持たない母親が着いていくと言い出す。
当然、少女は止めた。しかし、母の意思は強く、少女は母を連れてこっそりとゲートに侵入したのだ。
……ゲートの中がどうなっていたのかは分からない。
しかし、少女が帰還した時、その手には血にまみれぐったりとした少女の母の亡き姿があった。
そして少女は、その母に不死の魔法をかけた。
生者が使えば不死の命を、――死者が使えば吸血鬼化するという、禁忌の魔法を。
結果、母親は吸血鬼として蘇り、しかし母の意志とは関係なく生じる吸血衝動に怯え……、少女は母をとある山に封印したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………その話って」
「私の故郷に伝わる、古い
平然とそう口にする八島だが、俺は平然とはいかない。
唇をかみ締め、その真実をできるだけ都合よく飲み込もうと咀嚼する。
けれど、噛めば噛むほど、理解するのは嫌な真実だった。
「………………」
「君が考えている通りだ。その少女、物語の哀れな魔女こそ――私なのだ」
「――っ!!だ、だったらっ、さっきの当主の座を奪った母親ってのは」
「無論、私の母親
実の母親をだった、と言う彼女を、人々は悪魔だと罵っただろう。
彼女がした仕打ちを考えれば、周囲の人間の気持ちも理解出来る。けれど、大切な家族に生き返って欲しいと望むのは、そんなに悪いことだろうか。
俺は、そんな八島の話を黙って聞いた。
「あれは、私の母であり、母では無い。私が生き返らせたのは肉体だけで、魂までは戻ってこなかった」
「それが、禁忌だと言われる所以だな?」
「察しがいいな。あの禁忌の術は肉体こそ蘇らせるが、そこに宿る魂は鬼のモノ。母の記憶を持っただけの、母とは異なる吸血鬼なのだ」
強力な力や生命の蘇生には、それなりの代償がある。
今回の代償は、死んだ者の魂だった。ただそれだけの、哀れで悲しい話。
「そんな吸血鬼が、なんでお前の当主の座を?封印してたんだろ」
「恐らく、何者かがその封印を解いた。あの結界は時間劣化しないよう対策してあるからな」
誰だよそんなザ・悪人みたいなやつ。
封印については伝承で遺ってるんだろ。普通近民は山に近づこうとしないはず。
「何者か、なんてぼかさないで下さい。あなたの不始末なんですから」
「ん?どういうことだ。千紗さん」
「簡単です。この人は見捨てられたんです。あろうことか、守るべきその民たちに」
「――まさか」
「皮肉にもならんな。そうだ。彼女の言う通り、その封印を解いたのは――私が治める土地の民たちだよ」
これで、全ての辻褄があった。
彼女が助けを求めた理由も、逃げてきた理由も、……彼女のしでかした罪も。
「お前、反乱を起こされるほど酷い内政してたのかよ」
「そんなことはない。と言っても、実際に民との交流を行っていたのは私の部下で、私は彼らの要求に応えていた程度」
「それが原因だったのでしょう?部下に面倒事を押し付けて、領民に顔も見せない統治者がいますか」
千紗さんは八島を責めるが、……少し妙だ。
「顔を見せないって言ってたが、領民に不利益になるような事はしてないよな?」
「当たり前だ。私は麓に降りるのが面倒だったのであって、ナンバーズとしての責務を放棄していたわけではない」
そう答える彼女の瞳に嘘は無い。
少なくとも、彼らを危機に陥れるようなことはしない。たった数時間の付き合いだが、そのくらいは分かる。
……これは、あれかもしれない。
「何者かの介入、意識の偏向があった。そうだよな――九十九」
「赤崎さん!!それに……七瀬リーダーも!どうしてここに?」
執務室の開かれた扉から現れたのは、赤崎さんと七瀬さん。 俺の心の内を読むように、その旨を代弁する。
「そりゃ、八島が九十九を探し回ってるって聞けば、出向きたくもなるさ。初めに追い返したのは俺らだしよ。これじゃ、面倒事を九十九に押し付けたみたいだろ」
「……それで、立ち聞きしてたんですか」
「いやな。急いでここに駆けつけて受付に話を聞いたら、八島と一緒だって言うからよ。念の為に会っておこうと思えば、何やら怪しい話をしてたもんだから……つい」
「ついって……、二人ならいいですけど」
別に、すぐに声をかけてくれても良かったのに。
「でも、彼女が俺を探してること、よく分かりましたね」
「あれだけたくさんの人に聞き回ってれば、情報なんて簡単にこっちに入ってくる。ここは七瀬さんの領域だぞ?怪しいヤツがお前のこと嗅ぎ回ってるなんて、無視はできない」
「しかし、結果だけ見れば、全て思惑通りのようですね。八島胡桃さん」
赤崎さんが説明してくれたのに対し、七瀬リーダーは腕を組み視線を落とす八島へ尋ねた。
「やはり、君にはバレてしまうか。しかし、これで引けなくなったと思えば、私の勝利ではある」
「まだ手伝うとは決まっていません。ですが、話は聞きましょう」
……前からずっと感じてはいたけど、ナンバーズって、なんか、……仲悪いのか?
七瀬リーダーと八島は、表情こそ笑顔だけれど、その視線でバチバチに火花を散らしている。
俺のギルドで喧嘩は辞めてね?
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