episode104 : 従魔だけの攻略

――従魔視点――


――それを、彼らは止める間もなかった。

 止められたとして、彼らの未来がどう変わるかなど予想はできない。それは、神のみぞ……神すらも知らない。


 最強の盾を持つ魔術師が消滅し、置き土産的に彼らの主は転移の光によって消えてしまう。主の消息が不明という初めての経験に、戸惑う者がいた。


「なっ、主!!!」

「強制転移……、主様の気配も途絶えました」

「そ、んな…………。まさか死んだというのか?!」

「それは無い。我が主と我らには魔力的な繋がりがある。その繋がりが切れていないならば、やつはまだ生きているだろう」

「ならば急ぎ助けに行――」

「落ち着けキュウビ。どこにいるかも分からん主を闇雲に探しても無駄だ。貴様も理解しているはずだ」

「じゃ、じゃが…………」


 彼らの主――九十九が消え、従魔であるハクは大いに動揺していた。シンシアや他の従魔も少なからず焦ってはいるだろう。


 その中で唯一、マキナのみが冷静な判断を口にした。従魔の誓いは、九十九の魔力と彼らの魔力を繋げる役割を果たす。

 繋がりが切れていなければ、契約は続いていることになり……それは九十九が生きているという証明になる。


「それに、だ。貴様は気が付かないようだが、我らには主の元へ帰る手段がある」

「なんじゃと?!だったら妾も」

「その手段とは、奴の召喚魔法だ。主が我々を喚び出せば居場所など分からずとも移動できるだろう。そして、我が主とあろうものがその手段に辿り着かないはずがない」

「……で、では、なぜ……喚び出されないのじゃ」

「それは貴様が理由だ、キュウビ」


 マキナは、態度に反して九十九のことを理解している。彼が自分たちを喚ばない理由も、簡単に想像できた。


「わ、妾……が?」

「そうだ。理由は不明だが貴様、奴の別空間に入ることができないようだな。召喚に応じるには1度その空間へ戻る必要がある。我が主は、それが出来ぬ貴様を案じて我らをここに残しているのだろう。あのお人好しの考えそうな事だ」

「…………妾の、せい?」


 ハクには、マキナの言葉が鋭かった。鋭利な刃物で胸を抉られたような気分だった。

 ハクには、マキナの言葉が――お前は足でまといだと告げられたような、そんな感覚だった。


「勘違いするなキュウビ。貴様にはそのような絶望する顔をする暇はない。奴は貴様をし、我らをここに残した。つまり、我らにはまだやるべき事がある」

「――っ。ほ、本当に……そうなのじゃろうか」

「何を言っている。この中で我が主と最も長く共にいたのは貴様だろう?我らが別空間で待機している間も奴と行動を共にしていた貴様が、そのことを一番よく理解しているはずだ」


 そう。ハクには、他の従魔にはない信頼があった。

 異空間に入ることが出来ない謎仕様。よって仕方がなく、常に九十九の傍で行動していた。


 そんな、――彼女にとっては厄介な条件後ろめたさだった仕様も、いつしか当たり前な日常になっていた。


「さて、それを聞いて――貴様は何をする?逃げるか?それとも……探すか?」

「無論……妾たちは先へ行く!!罠に嵌った主へと、敵の首を投げてやるのじゃ!」


 ほんの数刻前まで落ち込んでいたとは思えない、意気揚々と高らかに宣言するハク。これでは褒めてもらうよりも、「ちょろいなお前」と呆れられてしまうことだろう。

 内心では、褒めていたとしても。


「……ふん。貴様はそうでなくてはな」

「ふふ。マキナは相変わらずツンデレさんなのですね」

「シンシア、お前は少し黙っているがいい」


 しかし、だ。自信を取り戻し先頭を行くハクに、他の従魔たちがしっかりついて行くのは、彼女本人の人柄……獣柄の成し得る結果である。

 主の九十九が信頼するように、言葉無き従魔たちも皆、ハクのことを信頼しているのだ。自信を失うには……、己を卑下するには、ハクという存在はあまりに大きすぎた。


「上への階段はあそこじゃな。……む、この姿じゃと移動しにくいの」

――変化の術


 九尾の姿から、人の姿に変わる。

 服は何処からという無粋な質問は受け付けない。


 そうして彼らは九十九のために、上層に向けて、主なきまま攻略を再開したのだ。



 1階は迷路、2階は中ボス部屋と来て、3階を一言で表すなら"宝物庫"。宝箱のような箱がいくつも置いてある部屋が通路の左右にズラリと並び、そこを武装した兵士が巡回している。


 部屋の中は宝箱だけ……というRPG定番の謎部屋ではなく、小さな倉庫のようになっている。厳重な扉と鍵で守られていて、場所によっては金銀財宝が並べられている部屋もある。


「兵士だけ倒して、さっさと通り抜けるのじゃ。……マキナ?どうしたのじゃ?」

「我が主ならば、目を輝かせて食いつきそうな階層だと考えていただけだ。それと、貴様の反応が案外普通だったことに驚いた」

「お主は妾をなんじゃと思っておる!!」


 マキナは意外そうな表情をするが、ハクの出自を考えればこの反応は当然である。ハクが育った環境でも金銀は貴重で高価なものであったが、好まれたのは美しいツボや刀、掛け軸などである。


 危険を犯してまでわざわざ部屋に侵入するほど、興味をそそられるものではなかった。


「――狐火・地獄炎。しかしそうじゃな。1部屋くらいは様子を見てみるかの」


 マキナと会話をしつつ、片手間に巡回兵を倒すハク。


 部屋の構造を確認しておくため、ちょうど鍵のかかっていない1部屋を見つけ中に入ってみた。


「おい、その部屋はわな――

「にゅわあぁぁぁぁぁ?!!!」


 マキナの忠告は一歩遅く、ハクが入った瞬間に悲鳴が上がった。ヘンテコな叫びだと溜息を吐いて、ハクが踏み入れた部屋に続くと……


「な、なんじゃ!なんなのじゃこやつは?!わ、妾のしっぽから離れるのじゃ!!」


 部屋の隅でしっぽを振り回し、涙目になっているハクを見ることが出来た。


欲望の擬態ミミックか。いやしかし、数ある部屋の中でハズレの宝を引き当てるとは。さすがはキュウビと言うべきか」

「それは褒めていないだろう?!!早く取ってくれぇ、妾の大切なしっぽが……っ、ひゃぅっ、か、噛まれておるのじゃあ!!」

「まったく世話の焼ける。――速射ラピッドファイア


 なんとも情けない姿にマキナは大満足の様子。動揺しすぎて自分で倒すことを考えつかない。

 もう少しそのまま眺めてやろうかと考えたものの、シンシアからの強烈な睨みに観念して助け出した。


「大丈夫か?」

「うぅ……、妾のしっぽが……、このような姿に。許さん、許さんぞ!!」

「今回は全面的にお前が悪いがな」

「こんな階層、燃やし尽くしてくれるわ!!――狐火・大炎蛇」


 彼女にとって、しっぽとはそれほどまでに大切な部位であった。危うく部位破壊されるところだったのだ。


 その対価はピラミッドのいち階層丸ごと。


 通路も宝も警備兵も、丸ごと巨大な蛇に焼き尽くされた。蛇が炎を吐いたのではない。が炎だった。


 彼女の怒りが収まり炎が消えたフロアには、焦げた匂いだけが残されていた。


「こんな場所には居られぬ。皆、上へ参るぞ」



 全員揃ってやって来た4階。

 そこは玉座の間で。ハクたちのよく知る姿で、知りたくない中身の魔力を有した者が、そこにいた。


 黄金に囲まれ、足を組み玉座に座る敵。


「待ちくたびれた。とはいえ、肝心の魔王は不在か」

「貴様の相手なぞ、妾たちで充分と言うことだ」

「ふっ、全ては余興。ならばこちらも相応の相手を用意しようではないか」


 吹き抜けに広々とした最上階。

 壁際に造られた通路から、およそ何百もの天使が現れる。左右の出入口、それにたった今上がってきた階段からも。


「ノーヴェの名のもとに、これより余興を行う。我が下僕たち、――存分に踊り狂うが良い」


 神の一言で、天使たちが動き出す。


「皆の者、構えるのじゃ!」


 これより始まるのは、魔王の従魔VS神の下僕による――余興である。

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