episode105 : 主の帰還
「――狐火・檻炎」
その戦いは、ハクの先制によって幕が上がった。
「ノーヴェ様をお守りするのだ!!」
――守護の大盾
己の命より、主であるノーヴェの安全を優先させる。自己犠牲も喜んで行う。それが天使というものだった。
何度死んでも戻ってしまう1階層とは違う。真後ろに主が控えているという安心感もあるだろう。
「この世を犯す悪物め」
「ふん。それはどちらじゃろうな!!」
――ウィンドインパルス
――狐火・地獄炎
――
青い炎を纏う烈風が美しく汚い羽を削り取る。黒焦げと言うには生温い、永遠の炎に包まれたままの同胞を前にして、天使共は一切の動揺を見せない。
さも当然のように、ハク達へ突撃してくる。
「今だ、放て!!」
――神託の断罪
そこは教会だった。
彼女たちがそう認識した。大勢の信徒が祈り、中央正面の神像がこちらを見下ろしている。その手に輝くのは裁きの光剣……
「ちっ、――疾走!!」
「皆さんすみませんっ。――
「…………」
――トリックルーム
そんな魔を滅する
ハクを抱えて光の下を駆け抜けたマキナ。
地面から生えた大木のツルでベクターとホムラを掴み、射程範囲外へ飛ばすシンシア。
虚ろな瞳で動かないブランとライムを別空間に移動させるルナ。
――魔法誘導
最後に、彼らを上手く逃がすため、自らに魔法を誘導させ逃がす時間を作ったメタ。
魔法無効は主無きここでも最強だった。
幻覚系統魔法の抵抗力が高いルナとシンシアは無事だとして、マキナが無事だったのはその特殊な身体のおかげか。
中身は魔物でも、彼の体は戦闘人形である。魔物でも、まして人間でもない彼にその技は通用しなかった。
「…………くっ、な、何が……起きたのじゃ」
「警戒しろ。奴ら、我らの精神を攻撃してくるぞ」
「あの光のせいじゃな。うっ、まだ、クラクラするのじゃよ」
ただの幻覚……ではなかった。並の魔物では、幻覚そのものに耐えきれず浄化させられていた。動きが止まるだけに済んだのは、ハクたちが異質であることを示す。
「先程の魔法には発動までに時間がかかるようです。急ぎ数を減らしましょう」
「皆の者!魔法を発動しようとする敵を優先するのじゃ」
助けられた彼女たちは、その隙を付いて反撃に出る。
――疾走×2
――影渡り
素早い移動手段を持つマキナ、ベクター、クルーが後方で魔法の準備をする天使を狙い撃つ。脳天に風穴を開け消滅する者、肉体を鋭い風刃に切り裂かれ絶命する者。
対処しようにもその速度に視線が追いつかない。
「アイツらは後だ!!まずはそこの――
「そこ?それは妾達のことか?」
――煉獄閻魔
――狐火・地獄炎
空を飛ぶことくらいはできると、ハクとホムラが世界を焼き焦がす。
「ノーヴェ様をお守りしろ!!」
――守護の大盾
辛うじて身を守る天使だが、ほんの数秒反応が遅れた者は焼け死んだ。触れても熱さは感じさせない。感じるより早く、肉体が消滅する。
たった数分で、天使の数は半分程度にまで数を減らした。彼女たちの全力には、天使百以上の実力程度では抑えきれないのだ。
それでも、――全力を持ってしてまだ
幻覚魔法を阻止するには、少し数が足りなかった。
「放て!!」
――神託の断罪
天使もまた、馬鹿では無い。
回避されることを理解し、バッチリと対策を練っていた。
「我らをあまりナメるな!!」
――
連携と呼ぶにはあまりに乱雑で。それ故に予測しての回避は不可能で。
「くっ、これでは……」
「ハクさんっ!!」
幻覚魔法を逃れた者も己の防御で手一杯。耐性のない従魔たちは、彼ら天使共の重たい一撃を正面から受けてしまう。
「……うぅっ、な、何が…………」
「無事……ですか…………」
「シンシア?!」
唯一、シンシアがその身を削って庇ったハクは、かすり傷だけで無事であった。
「ご、め……なさい……ハク、さ……ん、無事、ですか?」
「お主何をしておる!!そんな、妾を庇って……その傷では」
この期に及んでハクを突き飛ばしてしまったことへの謝罪の言葉を口にする。
ハクはシンシアの元へ駆け寄り、無残な左腕に涙する。
シンシアの左腕は根元から消し飛んでいた。
「わ、私は……大丈夫、ですよ。マキナさんから、聞いています。私、たち……従魔は、主様によって、生き返る……らしいです」
「そ、そんなもの、妾じゃって同じ……」
「いいえ。ハク、さん。主様の、異空間へ……入れない、あなたは……その条件に、当てはまらない、かも、しれないのです」
「しかし!!その体……では」
横たわる彼女の身体に俯き、言葉にならない苦痛に満ちた呟きを漏らす。
――また、己の
「半分は滅したぞ!!叩き込めっ」
「後ろががら空きだ。近接モード――赤の光剣」
天使共の指揮官らしき敵を切り倒す。マキナらしく、冷静な判断にハクたちは助けられた。
「何をしているキュウビ。まだ奴らは残っている」
「だがっ」
「ハク……さん、行ってください。主様無き今、頼れるのは……あなたしか、居ないのです……。ハクさんの、その体質……には、何か意味があるはずです。今は……っ、あの者たちを……どうか」
「……っ、分かった。待っているのじゃよ」
シンシアの真剣な瞳に覚悟を決める。再び揺らいだ気持ちを落ち着かせるには時間が足らない。それでも、仲間が守ってくれた命を無駄にはできない。
その想いが、ハクの決意に生まれ変わる。
「残っているのはマキナと……ルナとメタ。そして妾のみ。手痛い一撃じゃった」
敵の数に対し大きく削られてしまった戦力。
「魔力の消費量が大きい故、あまり使いたくは無かったのじゃが。出し惜しみは無しじゃ」
「……何をするつもりだ?」
隣へ降り立ったマキナが、怪訝な顔で尋ねる。
彼女は懐から二枚の
「これを使うのは試練以来じゃな。……顕現せよ――眷属召喚」
二枚の札の文字が赤く輝き、魔法陣から二体の眷属が召喚された。
【――【眷属】白狼Lv220――】
【――【眷属】白狐Lv220――】
「キュウビ、貴様……なぜそれを」
「何を言っておるのじゃ?お主たちも使える技であろう?」
「貴様こそ何を言っている。それは――」
――
長々と会話もさせてくれない。
「話は後じゃ!!まずは奴らを倒す」
「仕方ない。――疾走」
――狐火・地獄炎
「お主らはマキナを援護してやるのじゃ!」
眷属に指示を出して、ハクは生き残りの天使共を狙い撃つ。二人が話している間にルナがメタを引き連れて天使を殺し回ってくれていたらしく、既に天使は初めの四分の一にまで数を減らしていた。
「指揮官がいなければこんなモノか。貴様らの
――速射
いつの間にか消えていた仲間に動揺した天使の首を、本人が理解するより早く切断してみせるマキナ。
剣を振り抜いた少しの隙に、他の天使が襲いかかる。
「ワオオォォォォォォォォォーーーーーーンッッッ!!」
そこに合わせる形で、白狼の咆哮が逆に天使たちを襲った。空気が強く震え、身体が弾け飛ぶほどの打撃。直撃した天使がどうなったかなど、おおよそ察しがつくだろう。
「メタ、盾になれるか?出来れば小さく頼む」
武具変形――盾
騒動のさなか、ルナからメタを託されたマキナが、防御用の盾を所望する。意図は上手く伝わったようで、九十九ほどではないが要望通りの盾に変形する。
それを左手に構え、メタを託したルナの動向に意識を向ける。無口だが、全てを見通すような瞳を持つ悪魔。
マキナはこれでも彼を高く評価している。
だからこそ、彼が動きやすい位置取りを探すのだ。
「まだ終わらせない!!――天雷光」
「メタ、誘導しろ」
――魔力誘導
――多重障壁
天使の攻撃を察知し、適度に防御しつつヘイトを集める。
――影結び
マキナの意図を、その行動の意味を、完璧に理解し動く影。否、影をまとめて切り裂いた鎌が空間を割いて舞い戻る。
「残りは任せたぞ――キュウビ」
数は減らした。あとは任せる。
そう言って引き下がった。後ろに控える、彼らのリーダーに。
「白狐、行くぞ!!――狐火・奇炎万城」
息ぴったりの、最強にして煉獄の炎。美しく極限にまで燃え上がった炎の揺らめきが、いつしか主の城を創りあげる。
青に黄色に紅く燃え、主の願いを叶えるべく、部屋を塗り替えるが如く燃え広がった。最強に相応しくない
「…………や、やったのじゃ?」
「あぁ。さすが……と言うべきか。雑魚共は一掃できた」
「残りは奴独り――」
「――
「カハ……ッ、ぐぅ……、な、にが。マキナ!シンシア!皆の者!大丈夫………………」
それは、たった今まで動きを見せず、ほんの少し、ただ玉座に鎮座したままで腕を振るい創り出した
身体が重く、地面に押し付けられる。頭を垂れ、抗うことは許されない。神の如き圧力。
「貴様らのようなゴミにしては、素晴らしい戦いぶりであった。人間であれば我が元に仕えさせることも考えたほどだ。しかし――
全能力が半減し、重力操作で重さが二倍以上。天使との戦いでボロボロの従魔たちに、抗う術はない。
「シン……シ、ア…………」
既に、致命傷を負い、魔力によって辛うじて生き長らえていた者は消滅し――
「キュウビの貴様。貴様はその強さに免じて最後にしてやる。――神聖なる裁決」
「マキナっ!!ルナ!!」
指を少し動かしただけで、仲間が眩しき天の光に呑まれて消え失せる。
「……魔法の無効化か。鬱陶しい。――
「な、メタ!!…………そんな」
「魂への耐性は低いようだ。所詮、魔物など世界の歪が生み出したゴミに過ぎないということか」
天使を圧倒したハクたちをさらに圧倒する、これが神。その瞳は侮辱と軽蔑に塗れ、一筋の許しも得ることはできない。無慈悲な瞳。
即死できただけ、まだ優しいと感じてしまうほど。
「……ぐぅ、…………お前たち、も、どれ」
最後の力を持って、ハクは己の眷属を異空間に戻す。これが己に従い着いてきてくれた眷属への、彼女にできた最後の役目。
もはや、そこに勝利という意思は少しも得られない。
「あの魔王の配下とあろう者がこの程度。……となれば、魔王も我が罠によって死んでいるか。余興のつもりだったが……失望した」
その瞳を、しかし最後まで逸らすことなく睨みつけたまま、ハクは笑った。
「貴様のような、くだらぬ存在に……主の手を、煩わせるのも恥ずかしい、の」
「……最後の言葉として、聞き流してやろう。――死ね」
――神聖なる裁……
「――影渡り」
天から注ぐ光。
光があれば、そこには影もまた存在する。
影から飛び出した、
「おいてめぇ、誰の許可があって俺の従魔に死ねとか言ってんだ?お前のような
「……あ、あ……主…………。生きて、おったのか」
「おいおい、勝手に殺すなって。つーかお前らこそ……いや、よく一人でも生き残ってくれたな」
ボロボロのハクに、我が魔王――九十九が笑いかけた。
「待たせて悪かった。ここからは……初めから全力の反撃開始だ」
――再召喚
――従魔強化
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