episode101 : 無限周回

「クルー、ブラン、後ろから3体だ」


――ウィンドインパルス

――マジックシャイン


「マキナ、だ」


――誘導射撃


「そこからはお初だな――風切」


 毎回少しづつ変わる奇襲も、15周目ともなれば驚きはしない。未来予知のごとく置かれた斬撃に、天使たちがわざわざ倒されにやって来る。


「やれやれ。こうも単調だと飽きてくるの」

「座ってるだけのお前が何を言ってるんだ。飽きたなら降りろ」

「嫌じゃ!!」

「いてててて、髪を引っ張るな!!」


 頭を振り回そうものなら、髪が抜けそうなほど全力でしがみつく。こいつ、さっきまでのやる気はどこやったんだ。


「主様、これで今回の階層は全部のようです」

「少し休憩すっか。階段前の廊下で休もう」

「やっと休憩じゃな!妾はお腹が空いたのじゃ」

「てめぇはなんもしてねーだろ!!!」


 緊張もなく、気の抜ける雰囲気でダンジョンを破壊しているのには理由があった。――レベル上げだ。


 ついでに、敵の心を折ろうというサブクエストも用意されている。勝手に作っただけだが。


 けれど、殲滅の効果は着実に出ていた。


「逃げ出すやつが増えてきた。ようやく死ぬ痛みに気がついたようだな」


 これぞ、"リスキル"の恐怖だ。抵抗する手段はなく、待っていても未来は死、ただ一つ。


 無限に終わらないそのループに、あとどれだけ耐えられるのか見ものだ。


「耐えられなくなればループが終わる。かなりゴリ押しの作戦だったが、成功する可能性が見えてきた」


 全員の心を折るのも時間の問題。

 俺たちのレベルもかなり上がって調子も良い。


「なんなら、もう解除されててもおかしくない。これ以上仲間の苦しむ姿を見たくないだろうし」


 俺は階段上を睨みつけ、不敵な笑みを浮かべた。ループギミックを操作しているかに向けて。


「もはや一種の脅迫じゃの」

「とても悪い顔をしていますよ、主様」


 何を今更。俺は神と敵対すると決めてから、こいつら相手に慈悲も容赦もしないことにしている。

 全ては葵を守るため。余計な良心は大切を殺すのだ。


「だがま、休憩は必須だろ。一橋妹は大丈夫か?結構歩いてるが」

「…………まい」

「ん?」

「真衣、って……呼んで」

「おぉう、いきなりだな。一橋妹じゃ分かりにくかったか。真衣は大丈夫か?」

「……ん」


 ここでの良心があるとすれば、彼女を巻き込んでしまったことだろう。ダンジョン自体は彼らの問題でもあるだろうが、こうなってしまったのは完璧に俺らのせいだ。


 ここを突破するためだけに、こんなゴリ押しな手段に付き合わせているのは少し申し訳ない。

 俺にしてやれることは、彼女の兄との約束を守ることだけ。


「こんな場所、さっさと抜け出そう。そろそろ砂岩の壁にも飽きてきた」

「そうじゃな。とはいえ、妾達がやることは同じじゃが」


 ハクの呆れた口調も致し方ない。

 高々に攻略すると宣言にしたところで、俺たちができることはただひたすら天使を殺し続けること。さっきまでと何一つ変わらない。


「そう言われると気分が下がる。……休憩終わったらもう一周だよ」



――数分の休憩を得て、再び階段を上る。

 精神的な疲労が溜まっているのか、やけに長く感じる。


 ……この階段って、三周も螺旋が続いてたっけ?


「はぁ、同じ景色で脳みそがバグったかも。とりあえず、今まで通り前の通路を左に曲がって、そこの魔物を……」


 深呼吸で息を整え、前方に目を向ける。

 目の前に広がる巨大な空間と、大きな扉に思考が硬直した。


「……へ?」

「ようやく次のステージか。奴らも随分軟弱な精神だ」

「お前はなんでそんな平然としてるの?!」

「貴様こそ、何をそんなに驚いている。これは貴様の作戦だっただろう」

「いや元はお前の……この場合俺になるのか」


 マキナの他人事なセリフに、俺は落ち着きを取り戻す。


「都合がよすぎる展開で驚いただけだ。もう後10周は覚悟してたんだけど」


 望んだ展開だし、早いに越したことはない。


「この奥はさしずめ中ボス戦ってとこか。マキナの時もかなり強い相手が待ってたし、気を引き締め直さないと」


 青藍の試練で死にかけたのを忘れてはいない。


(賢能、ここにセーブを頼む)

『領域保存を開始。セーブポイントを更新しました』


 これでよし。


「中ボスはクソ天使出ないことを祈るぞ」


 そんな願いを切実に込めて、俺は大きな扉に手をかけた。


 ギギギギギ――


 予想より軽い扉を潜ると、そこはピラミッド4分の1に相当する広い闘技場だった。四方に広がる壁と、誰もいない観客席。

 その中央で待ち構える一人、……一体の魔物。


「お前は!!」

「キキキ、ソロソロ来ルト思ッテオリマシタヨ」


 そこにいたのは、俺たちをこのダンジョンに連れ込んだ魔術師。体は単純に俺の5倍はありそうな巨体で、その手にはゲートで見た白い水晶の埋め込まれた杖が握られている。

 ピラミッド内にいた魔物の完全な上位互換。そんな様相。


「……へんな、笑い……かた」

「真衣さん?わざわざ口に出さなくていいって」

「オヤ?オ連レシロト申シツカッタノハ、魔王オヒトリノハズ。余計ナネズミガ紛レテイルヨウデ」


 気分を害した、というよりこちらの話はまったく聞いていない。俺の腕を掴む一橋妹を睨みつけて呟く。


「それは――我も含まれているか?」

 ターゲットロック――速射ラピットファイア


「誰ダ?鬱陶シイ」


 いち早く動き出していたマキナの近距離射撃を、やつは動くことなく――止めた。


「なんだあれ?」

『――解答。時間、空間に作用する防御結界の類と推測します。防御性能は個体名ルナの空間固定に匹敵』


 それって……実質突破不可能では?


「ワタシノ邪魔ヲスルナ」

「マキナ!!させねぇ、――影咲貫シャドウレート


 強い魔法発動の気配を感じ、俺はマキナを呼び戻す。その時間稼ぎに放った魔法も、同じように圧倒的防御によって防がれてしまう。


「ちっ、面倒な」

「同感だ。けど、危ないから突然突っ込むなよ」

「……悪かったな」


 素直に失態を認めるマキナに、「あのマキナが?!」と冗談で返す余裕はなかった。一時でも視線を外そうものなら、どんな攻撃が降ってくるか検討もつかない。

 あれだけの魔術師が、防御魔法だけで終わるはずがないのだから。


「面倒ダナ。シカシ、生カシテ連レテコイトノ命ダ」


 ……生かして?俺をか?


 いまいち神の思惑が分からないな。

 本人に直接聞きたいところだが、こいつを倒す手立ても思いつかない。こちらに手加減しているうちに殺しておきたいんだが。


 賢能、有効打はあるか?


『同系統の魔法で突破できる可能性があります。ただし、確率が低いため推奨は出来ません』


 確率だぁ?何を今更。こちとら奇跡的な場面を何度もくぐり抜けてんだ。ゼロ以外の確率は同じも同然なんだよ。


 どの能力がどのくらいの確率だ?


『個体名ルナより、空間断絶が最も高確率です。その率およそ2.5%』


 2パーセントもあるのかよ!

 そんなん試すしかないだろ。


「っても、まずは攻撃を当てるとこからだよな。相手だって弱点くらい把握してるだろうし」


 もし有効打であれば……の話だが。

 しかも、作戦を全員に伝えている暇は無い。ルナには何とかして伝えるとして、他の奴は――


「お前ら、ちょっと俺に合わせてくれ」

「策があるようじゃな。了解じゃ」「全力でサポートします」「……いいだろう。乗ってやる」


 言葉にして返事をする試練組に、こちらの意図を汲み取って頷く従魔達。今回は全力攻撃よりも隙を作る連携力重視で、一撃をお見舞する。


――作戦開始だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る