episode100 : 罠の穴

 確かに、俺は「離れるな」と言った。

 離れていては守れないし、いざと言う時対処しやすい。


「……しかしですね妹さん。これはちょっと大袈裟ではないですかね」

「……んん。約束は、まもる」

「いいけどさ、歩きにくいだろ」

「大丈夫」


 現在、俺の右腕は、一橋妹の胸の中に囚われている。

 抱きつかれている、という表現の方が適切なのだろうが、如何せん俺自身が状況をよく理解出来ていないため許して欲しい。


 何せ、口には絶対に出せないが、……その、のだ。な、何がって?察してくれ頼む。


『心拍数の増加を確認』

 うるせぇ!!お前は黙って索敵してろ!


 前方も後方も従魔たちが固めているし、頭の上には相変わらずハクが座っている。


 もう少し先に行けば戦闘になるだろうが、1ミリの不安もありはしない。……いや、1ミリ程度は不安があるかも。


 もし、万が一、億が一にも一橋兄に見つかった日には、俺の首が飛ぶだけでは済まないだろうという旨の危惧が。


「マキナ、そこの角に5体。天使共だ」

「くだらん。そんなもの既に気がついている」


 銃撃モード――誘導射撃


 ダンっ。

 銃声一発の射撃音から5つの弾が的確に通路を駆け抜ける。まだ姿は見えていないが、直角に曲がった銃弾は的確に天使共の脳天をぶち抜く。


(へー、天使って、結構経験値になるんだな)


 目の前のステータスウィンドウを開きっぱなしにしていた事で、初めて気がついた。魔物以外でも経験値は手に入るのか。

 しかも、普通に経験値量がえぐい。そりゃゴミとはいえ天使だもんな。レベルもさぞお高いことでしょうよ。


 ゴミ掃除にダンジョン攻略にレベル上げ。

 一石二鳥どころか三鳥までいける、良き発見だ。


 俺にしか見えていない画面を見つめ、ついにやけてしまう。傍からは正面を見つめて笑ってる変人だろう。

「ってか、それバレてるからな?」


 その様子を油断していると勘違いした天使が、壁をすり抜けて襲いかかってくる。


――影咲貫シャドウレート


 パァンッッ――

 広い廊下に響く破裂音。

 影が天使を貫いて咲き誇る。


「大丈夫か?」

「……ん、つよい、ね」

「でなきゃ守れないだろ?」


 俺が強くなりたい理由。――大切な人を守りたい。


 その延長に約束がある。ただそれだけのこと。


「そこストップ!!罠があるから気をつけろ」


 前方を行くライムの横に、怪しげな魔力反応。このピラミッド、罠まであるんだから。全く面倒極まりない。


「くそっ!!見破られた……、お前らかかれ!!」


 俺の忠告に悪態をついて飛び出してきた、三体の天使。待ち伏せのオマケ付きってか。アホくさ。


――グランドヴァーナ


 もはや、壁から天使がすり抜けてくることに驚かなくなりつつある。横からの奇襲に、ライムは壁と地面を溶かして触手のように振り回して応戦。

 ドロドロの地面に天使が引きずり込まれていく。


「ふざ、ける……なっ」

「よくあれを突破したな」


 ライムの触手をぬけて、満身創痍の天使が一体迫る。


「ちょいと失礼」


 俺は傍らの一橋妹を再び両腕で抱え、

――疾走


 軽く地面を踏み込み、壁を上手く利用して縦横無尽に駆け巡る。


「はいそこ」

「ぐわっ」


 そして、スピードを活かして天使の顔面へと一蹴り。


 ブサイクな顔を凹ませて、そこそこの飛距離を吹き飛ぶ。そして……


――カチッ


 吹き飛んだ位置に設置された罠に見事命中。


「い、嫌だァァァァァァァァァァ…………」


 壁から出てきたホースに吸い込まれ、遥か地下まで落ちて行った。あのホースの先も少し気になったが、経験値の獲得を得てろくな場所に繋がっていないことを理解する。


 そんな感じに魔物と天使を倒し、罠をスルーして進むこと……何時間だろう?

 左右ではなく、初めて上下の分かれ道に出会った。


「上か、地下か。ボスの気配は……」

『気配を探知できません』

「ピラミッドの外にいた時は感じ取れたよな?わざとなのか、それともこの建物に細工でもされてるか」

「妾も気配が分からぬ。しかし、あやつの事じゃ。最上階で待っておろう」

「その心は?」

「ふん、言っただろう。奴はだ」


 あぁー、バカと煙はなんとやらってやつな。

 大変失礼な推理だけど、昔の仲間がそういうなら上に行ってみよう。


 最悪、戻ってくればいい話。


「……待てよ?お前も確か最上階にいたよな。ってことはマキナ、お前も――」

「――速射。殺されたいのか?」

「撃ってるから!先に手が出ちゃってるから!!」


 とてもじゃないが敵陣のど真ん中だとは思えないやり取りをしつつ、俺たちは2階への階段を登った。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 2階に到着したが俺たちは、しかし1階と変わらぬ景色に拍子抜けしていた。


 天使やら魔物の巡回、罠の配置もほぼ変わらない。

 通路もどことなく1階の使い回しにすら感じる。


 不都合も苦戦も、文字通り何事もなく道に反って探索を続けられる。……しかし、そんな楽勝の道のりも、3階、4階と、階層を重ねる毎に大きな不安の波が増していく。


 天使が侵略した試練にしては、あまりに生ぬるい。順調と言えば聞こえはいいが、相手はダンジョン外で奇襲をしてくるような敵だ。順調というのは返って不安を煽るものだ。


「そこの角、5体いる。魔物3と天使2だ」


――誘導射撃

――グランドヴァーナ


 外よりは狭い限られた部屋では、マキナとライムの的確かつ詳細な制御が可能な能力が大活躍していた。

 MPなんざ気にする方があほらしい数値のステータスから放たれる遠慮ない攻撃には、理解していても回避などできるはずもない。


 死にたくないのなら、初めから挑む相手を間違えている。


――まぁ、今更気がついても遅い。


『この先、左に――』

「左に3体天使、右に魔物5体、だろ?」


――影咲貫シャドウレート


 賢能の報告より、さらには目視するよりも早く、俺はまるでかのように先制攻撃を仕掛けた。


「な、なに?!」「いや……いやぁああー!!」


 通路に木霊する、悲痛な叫び声たち。無慈悲な攻撃に為す術なく消えていく。もはや経験値獲得の音も聞き慣れてしまった。


「これはあれだ。ってやつ」

「無限……、ループ?」

「そう。俺たちは上へ登っている様に見えて、実際にはだけ」

「…………どして?」

「確かに、魔物も天使も罠も通路も、移動する度に配置が違う。けど、じゃおかしいんだよ」


 ここで思い返して頂きたい。

 俺たちが今攻略しているは?

 答えはそう――砂漠に聳え立つ巨大な四角錐だ。


「四角錐ってのは、はずだろ?」

「……確かに、大きさ、変わってない……かも」


 ループしていなければ、全ての配置がしか変わらないわけない。

 何せ、配置できる面積自体が小さくなるんだから。


「……どんな仕組みかは分からんが、階段を登る度、その全てがリセットされている」

(ただ一つ、俺らのを除いて)


 配置が僅かに変わっているのは、前層で俺たちの動きを学習し、その対策を講じた結果なのだろう。

 ただ大きく動かすには時間が足りない。だからにしか動いていない。


 このループを抜け出さないとこっちの魔力が尽きちまう。


「時間だって無駄に……、そういや今何時だ?」


 ダンジョンに入ってからかなりの時間が経った。俺たちのことを探しに一橋兄がやってきているかもしれん。


「電波……きてない。それに、壊れて、る?」

「壊れて?見せてみろ」


 彼女が持っていたスマホを手渡す。

 その光る画面には、午後13時半と表示されていた。


 それは、俺たちがゲートに到着して30分程度しか経過していないことを示す。


「んなバカな」


 俺は慌てて自分のスマホを確認する。が、映し出されたのは、彼女のスマホと同じ13時半。


「まさか――時間までループしてるのか?!」


 有り得ない。ピラミッドの内部だけでも相当な規模だ。時間の巻き戻し、それも範囲内のほぼ全てを対象にした魔法。……ただの無敵チートじゃないか。


「じゃが、妾達は戻っていない。魔力による抵抗が可能なのか……、あるいはループするには何かしら条件が必要かもしれぬ」

「条件……ね。天使やら罠の配置が変わっているってことは、まではループしないのかもな。だからどうしたって話だけど」


 このループを抜け出す突破口にはならない。


 何せ、このままでは魔力が尽きる方が早いのだから。


「貴様の足りない脳みそでよく考えろ。所詮は天使も生物の一部だ」

「はい?それがなんだって……」


 生物……?

 そうだ。奴らも記憶や生死の存在する生物だ。あの神ですら死ぬことがある。つまり、死ぬ"恐怖"という感情が備わっている。


「そうか、マキナお前……。とんでもないこと考えるな」


 よく考えれば、この状況は俺らに有利なのだ。


 階段を上るとループするなら、この階に留まっていれば休憩すら可能。そして、リセットされないもう一つの経験値獲得レベルアップ


「これぞホントのってな。アイツらが戦意を失うまで、――永遠に殺してやる」


 減った魔力なら回復するまで待てばいい。

 経験値も美味しい。そして奴らの攻撃は通用しない。ループするから逃げることも出来ない。


「はっ、クソ神よぉ。お前が出てくるまで、俺たちは一生強くなり続けるからな」

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