episode99 : 統べる者

――九十九視点――


「…………うっ、ここは……どこだ?」


 意識を失っていたのか?

 少し目眩がする。


 俺は確か、ゲートから出てきた魔物に襲われて……


「そうだ!一橋の妹は?!」


 勢いよく上体を起こす。周囲は薄暗い砂漠だ。


「……ん」

「無事だったか」


 そして、どうやら別の場所に転移させられてはいなかったらしい。俺の膝の上で、同じく意識を閉ざし眠っている一橋妹の存在を確かめる。


「ここがダンジョンの中……、なんかマキナと会ったダンジョンと似てるな」


 違うとすれば、遠くの方に集落らしき砂岩の住居が見えること。


「ハク、いるか?」

「な、なんじゃ……。妾はあまりここから動きたくない」

「お前どこに……って、降りろ!!」


 なにか頭に違和感があるかと思えば、ずっと俺の頭にしがみついていたのか。怪我人(かもしれない)の頭に避難するなよ!


「す、すまぬ……。何故か砂漠を見ると足が竦むのじゃ」

「うわ。お前、さてはマキナの時の試練で散々罠に引っかかったの、トラウマになってるな?」

「そ、そんなことは。いや、なんと言われようとも妾は当分ここを動かぬぞ!!」


 ったく、相変わらず絶妙なところで毎度ポンコツなんだ。……仕方ない。


「――召喚。マキナ、ここは知ってるか?」

「知らん。しかし、あちらの方角から複数の強力な気配がする。――いくつか知っている気配もあるな」

「汝は知っておるじゃろう?ゴルドーを」

「あいつか。我は嫌いだったな。知略の欠片もない、バカ正直に突撃するしか脳のないバカは」

「……あの時代に汝が好んだ相手などおらぬだろうに」


 頭の上のハクが呆れる声がする。

 確かに、こいつが他者を好んで話しかける姿は想像がつかない。


「しかし、やつの魔力にしては微妙な…………」

「……残念じゃが、もう


 二人の声が小さくなる。

 きっと、ここの主はもう助からないのだろう。


「悪いが、俺は遠慮も躊躇もしないからな。敵対すると言うならば、誰であろうと殺す」

「……うむ。問題ないのじゃ」


 中身は神なのだから、そういった私情は死に繋がる。

 特に、今回は護るべき存在がいるんだ。


 賢能、あの集落を調べてくれ。


『――広域鑑定。複数の魔力を感知。情報を提示します。また、罠の設置は確認できません』


【――アンティークサージャントLv175――】


 今までの試練よりレベルが高い。

 しかも集団行動で統率も取れているように見える。


「油断はできないな」


 俺は両腕で一橋妹を抱えている。

 ※一応、頭の上にハク。


「見張りの兵もいるようだし、奇襲が手っ取り早い」


 集落の南北に伸びる壁の上に目をやる。

 砂煙で全貌までは確認できないが、辛うじて壁の上を行き来する兵の姿が分かる。


 なぜ南北のみの壁なのかは不明だ。元は集落を囲むように建てられていたが、破壊されてしまったか。


「もう少しだけ近づこう。見つからないよう、慎重にな」

「貴様に言われずとも理解している」


 砂漠特有の砂煙はこちらの視界を奪うが、同時にこちらの接近を隠してくれる。


 徐々に近づき、奇襲の射程範囲内まで移動する。


「…………ちっ。そういう事か」


 近づいたことで、集落、壁、兵士の全容が見えた。

 そして、思わず舌打ちが出る事実を目の当たりにする。


「ここは囮。本命はその奥、あそこがってわけだっ」


 あの壁は、集落を守るためじゃない。

 集落と拠点を遮るための壁だ。


「元の魔物は操るだけ操って囮とは。クソ神らしいカスっぷりだな!!」


――壁の向こう、天まで届きそうな巨大なが、高々と俺たちを見下ろしていた。



「ここまで来れば妾でも分かるのじゃ。壁の向こうに、たくさんのが動いておる」

「あぁ。おそらく天使共だ。ご丁寧に王を護っていやがる」

「くだらん。全員殺せば済む話だろう」

「はっ、珍しく意見が合うな。俺も少しイライラしてきたところだ。――全召喚」


 もはや発見されても問題は無い。

 何より、ここからならあの羽虫天使にも攻撃が届く。


「攻略の合図だ。派手にぶちかませ」


――世界樹の加護イグドラシル

 初めにシンシアの強化魔法がこちらの能力を底上げする。


――狐火・獄門

 青い炎が壁諸共兵士たちを飲み込む。


――一斉爆撃

 マキナの放つ無数の爆撃が、地形ごと全てを破壊し尽くす。


――烈風魔陣ウィンドクラッシャー

 クルーがひとたび立派な羽を振るえば、たちまち巨大な竜巻が、残った者を吹き飛ばす。


――メテオフォール

 爆撃と同じく、ライムの魔法によって天から小さな隕石が降り注ぐ。


――絶対零度アブソリュート・ゼロ

 空へ回避した天使を、無慈悲にも地へ落とす絶対零度。


 圧倒的範囲を誇る攻撃手段を持つ従魔達が、その実力を遺憾なく発揮する。さらに、残った天使や砂漠の兵も、


――傀儡怨霊

 ベクターが展開する黒い霧。そこに触れる生者は、ベクターの傀儡の元にある怨霊に操られ、他者を襲い始める。その怨霊は操る対象の生気を吸い取って力を得る。


「結構グロいぞこれ。この子には見せられないな」


 俺は、抱えている一橋妹に視線を落とす。

 どうやらまだ起きてはいないらしい。……危なかった。


――スペースディソルバー

 そんな俺の心配を他所に、最も無慈悲な一撃が、壁も地形も関係なく、全てを虚空へと消し去る。


 跡には何も残らない圧倒的不条理。


「……お前らはそのままでいいからな。むしろそのままでいてくれ」


 俺は自らが引き起こした惨状から目を背け、範囲殲滅魔法を使えないメタとブランに擦り寄った。単体の性能では負けていないものの、前の二体はこの状況で数少ない癒しポイントである。


 背後で派手な爆発が巻き起こる中、俺は久しぶりに従魔(メタとブラン)と戯れながら、時が過ぎるのを待った。



「ん、あらかた倒し終わったな」

「じゃが直ぐに増援が来るじゃろう。急ぎあの建物へ向かおうぞ」

「なんか力を解放してハッスルしてんね?まぁ元からそのつもりだ」


 罠にビビっていた者とは思えない、前のめりな提案。

 もちろん、先制して外の連中の殲滅に成功したのだから、余計な手間をかけずさっさと入口へ向かう。


 目的の巨大なピラミッドは、余りにも大きすぎる故に遠近感がおかしくなってくる。近づいても対して距離が縮まらず、そもそもこの距離が近いのか遠いのか……。


『目的地まで、残り500メートル直進です』


 賢能のナビが無ければ、不安に駆られていたかもしれん。


 やっとの思いで入口の目の前まで辿り着き、その大きさにため息をついた。本体同様巨大な入口と、もはや頂点が全く見えないピラミッド本体。


 ……ピラミッドって本来は墓……なんだよな?


 俺らの世界のピラミッドもかなりの大きさだったけど、わざわざこんなでかい墓を作る意味よ。

 威厳もクソも、作ってる間に寿命が来そうだ。


「念の為、罠の確認はしておこう」


『――広域鑑定。範囲内に罠の存在は確認できません。ただし、多数の生命反応を検知しました。正体不明の存在が複数、建物外部にいたアンティークサージャントも多数』


 視界に表示された奴らの位置は、待ち伏せていると言うより、巡回しているような動きだ。


 建物内部もかなり複雑な構造になっていると考えるべきだろう。曲がり角で出会い頭の攻撃には注意しなければ。


 つーか、どいつもこいつも試練の中身を複雑にするの好きね。ただ面倒なだけやん。お前らも外に出る時その迷路を通るんだから、もっと便利にしとけよな。


「…………んん。うっ」

「目が覚めたか。体は大丈夫か?」

「……ここ、は?」

「ダンジョンの中だ。転移先からはだいぶ移動しちまったけど、ここまでは特になんの問題も…………なかったと言えばなかった」

「……あり、がとう」

「何がだ?」

「まもって……くれて」

「お前の兄との約束だからな」


 俺は抱えていた彼女を地に下ろして、背中を軽く支える。こちらへ振り返らずにお礼を言うが、気にせずに頭に手を乗せた。


「……ほんとう、に、……それ、だけ?」

「何か言ったか?」

「…………なんでも、ない」


 まだ意識を失っていた時の反動が残っているようだ。

 声は小さく、俺の服の裾を懸命に掴んでいる。


「この先も危険な状況は変わらない。かと言って、ここに置いても行けない。――俺の傍から離れるなよ」

「わ、かった」


 死なないなんて保証はできない。

 だが、交わした約束は守る誓おう。


――絶対に葵の元へ無事に帰る。

――一橋妹は守りきる。

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