episode98 : 護られるモノ

 ピザやらアイスやら、広場で見つけた食べ物を買いながら広場を抜けた。お腹もかなり膨れた。


「次はどこ行こうか」

「……どこ、でも」


 棚田の上まで登ってもいいが、どうせならダンジョンの様子は見ておきたい。


 一橋家があるエリアの方に戻りながら、ダンジョンまで案内してもらおう。


「アウトブレイクが発生したのって林の向こう側なんだよな。様子見だけしておこうと思う」

「……ん。案内する」


 広場から遠ざかり林へ繋がる道に入ると、途端に人の気配が消える。来る時もそうだったが、何となく「道が違うのでは」と不安にさせてくる景色だ。


 ここまで一本道なので、正しい道ではあるんだけど。


 しばらく一本道を歩くと、途中から整備された歩道が現れる。ここまで来れば自然な雰囲気は一変し、一気に都会感が増す。


 そこから歩いて30分の場所に、立ち入り禁止区域としてアウトブレイクで発生したダンジョンがある。


 住宅地に隣接する少し大きな公園の中。


「なんか、デカくね?」

「ん、明らかに、……異質。だから、危険」


 目の前まで来てみたが、その大きさは滅紫の試練で現れたダンジョンゲートのおよそ十倍。

 中から感じる禍々しい気配は、やはり乗っ取られたのだろう。神が乗っ取っているのに禍々しいと思うのは、俺の魔力が魔王に近づいている証拠か。


「……少し、待ってて」

「おう」


 ゲートを守る警備の人に近づき、何かを尋ねている。

 パタパタと戻ってきた一橋妹は、こちらを見上げて報告する。


「昨日、……は、何も異変は無かったって。あの、襲撃……は、どこ、から?」

「俺らにバレない能力を持っているのかもな。だとすればかなり危険だぞ」


 一級でないとはいえ、ここを守るのはそれなりの実力者のはず。そんな警備の人が気が付かないとなると、より厄介だ。


 まぁ、がダンジョンの中から来たと断言はできないが。中にいるであろう神に指示されて動いていたかもしれない。

 いや、そうだとしても、俺たちが奇襲されるまで気が付かなかったのだ。気配やら魔力を消す能力があると考えるべきだろうな。


「……中、入る?」

「準備無しでは厳しい。きちんと話し合ってからみんなで攻略しよう」

「ん。わかっ――

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!魔物だっ!魔物がでたぞぉ!」


 彼女の小さな肯定は、公園の端にまで響く叫び声に掻き消された。


「なに?!ちっ、――風切」


 ゲートから姿を現す魔物共が、周辺の人々へ襲いかかる。遠距離攻撃に乏しい俺は、何とか近くの魔物へ届く斬撃を飛ばす。


「あ、あれって……」

「ダンジョンの魔物だろうな。いいか、離れるなよ」

「……はいっ」


 数は多くないが、ゲートの大きさに合った巨大な図体と武器。エジプトの壁画から飛び出してきたような、ゴーレムと人間の中間の化け物。


 槍とも剣とも言い難い武器を振り回して、こちらへの敵意を隠そうともしない。


『――主ガオ待チダ』

「誰だっ!?」


 頭の中で声がして、俺は咄嗟に振り向いた。

 そこには、巨大なゲートから新たに這い出ようとする巨大な右腕が覗いていた。手に持った杖には白い水晶が埋まっていて、中で何かが渦巻いている。


『――来イ』


「ひっ、お、にぃ……さ」

「やらせるかっ!!」


 杖が淡く光、その光が一橋妹を包む。

 俺は迷わず彼女の手を引く。


 しかし、光の中から救い出すことは出来ず、それどころか放たれる光が生き物のように動きだす。


「強制転移――っ」


 決して手は離さず、向かってくる光を振り払おうとして

――俺は彼女と共に光の中へ吸い込まれてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


――睦美詩佳視点――


「現れたダンジョンは小さく見積もっても一級。内から魔物が現れた上、奇襲をするほどの知能を持ち合わせているとなると、厄災級にすら入る」

「はい。今までのダンジョンとは異なるゲートですから、慎重に動かなければいけません。ゲート周辺の制圧にかかった時間と被害の規模は?」

「二級が18人と一級が3人、それと僕らも加えた計23人。被害は……怪我人多数と死者2人だ」


 会議室の雰囲気は重々しく、書類へ目を落とす一橋家長男の表情も険しいものになっています。


 それだけ、この事態が深刻であることを示しているのです。


「だが、今回の攻略は無事に終わるだろ?なんたってあの男が手伝ってくれるのだからな」

「えぇ。彼は心強い味方です。彼にも事情がありますが、目的が一致していますので」

「あいつは気に食わないが……、信用はしている」


 一橋のご兄妹は1度彼に負けていますから、その実力は身に染みて理解しているのです。

 零さんが妹さんを託す相手はほんのひと握りなんです。


「それを踏まえた上で、今回の攻略のメンバーと作戦を……」

「――た、大変です!!い、妹様がっ!!!」


 これから本腰入れて話し合いをしようと彼が口を開いたその時、会議室の扉を壊さん勢いで一人の男性が入ってきました。


 息は切れ、青ざめた表情から出てきた言葉に、私たちは大きな音を立てて立ち上がることになります。


「妹様が、魔物に連れ去られましたっっ」



「…………どういうことだ」

「その、ゲートを警備していた者の報告では、内側から魔物の襲撃があったようです。その近くにいた妹様と……その、一人の男が、ゲートからでてきた魔物によってどこかへ転移させられた――と」

「……強制転移、ですね。目撃情報は稀ですが、魔物の中には転移魔法を操る種がいます。おそらく、その類の魔物でしょう」


 私も一度だけ、そのような術を操る魔物と相対したことがあります。あの時はダンジョン内を強制的に移動させられました。


「今すぐゲートに向かう!!」


 真衣さんが連れ去られたと聞いては、待っていられるはずもありません。零さんが慌てて外へ出ようとします。


「お待ちください」

「なんだ」

「妹様には彼が着いています」

「……だが!!」

「今すぐ助けに行きたいのは私も同じです。しかし、無理に突入しては被害を大きくするだけ。きちんとした準備をしてから向かいましょう」


 特に、零さんと真衣さんは離れていは魔法が完成しません。

 ここで無策に突入するのは、一橋の代表を失う危険があります。


「……しかし」

「えぇ。会議をしている暇もありません。ですから、充分な装備を集め、彼女を探し出せる者を連れて行きましょう」

「………………分かった。今すぐ条件に合う者を集めろ!!真衣達を救出しに行く!!」


 彼の号令に駆け出していく部下達を見送って、私達も場所を移動します。


「こちらからは私とソウタがお手伝い致します」

「……ありがとう。僕にもっと力があれば、一人でも」

「それは違いますよ。あなた達二人は、二人だからこそ強い。そして、互いを頼っているからこそ、人に頼る意味を知っています。それは恥でも弱さでもありません」


 負けたことの無い者、強すぎる者は頼ることを知りません。人に頼らないことは弱さであり、真の強者は誰かを頼るものなのです。


 私はそう教わり、――信じてきました。


 零さんもまた、同じなのです。

 彼らの強さは、自分一人では戦うことの出来ない脆さを故の強さ。


――人の脆さ強さを知る、真の強者。


「私たちがサポートします。その代わり――後半は頼りにしていますよ」

「――っ、もちろんだ!!僕に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る