episode97 : 好感度

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――九十九視点――


「僕は会議に出席する。真衣はこいつに街を案内してあげてくれ」

「会議、……きらい。わかった」

「くれぐれも迷子になるなよ。それから、できるだけこいつの傍から離れるな。襲われるかもしれないからな」

「……ん」


 兄の言いつけに頷く妹。

 歳は同じなんだよな。過保護すぎる気もするが……


「おい、お前は絶対妹に着いていけよ。いざとなったら戻ってこい」

「分かってるよ。そんなに心配なら防犯ブザーでも持たせとけって」

「何を言っている。そんなもの既に持たせてある」

「あ、そっすか」


 こうも当然のように言われては返す言葉もない。

 玄関から出ていく兄を見つめながら、俺は傍らの妹へ話しかける。


「俺達も準備出来たら行こうか」

「…………ん」


 とても素っ気ない返事をして移動する一橋妹。

 準備……ってことでいいのかな。


 俺の方は支度が済んでいるので、このまま玄関で待ってみる。


――そして10分後。


「こ、来ない……」


 服も髪も問題無かったのに、どうしたのか。

 やはりあれか。兄以外と二人きりで……それも負けた相手だ。――嫌われていても仕方ない。


 彼女を一人で残す訳にも行かないし、外出するのは諦めて――


「……ん、いこ」

「うわっ、いつの間に……」


 外出を諦め戻ろうとして、真後ろで服の裾を掴む一橋妹の存在に気がついた。小さくか細い声で外に行くことを主張する。


「準備……出来たのか」

「ん」

「それじゃ、行こう」

「……ん」


 まったり靴を履く彼女は、肩から小さいバックを下げている。変わっていたのはこれくらいだけど……、女子には色々あるんだっけか。

 思えば葵も出かける準備は長かったな。


「えっと、どこ行く?」

「……」

「え、俺が決めていいのか?」

「…………ん」


 会話と呼べるか怪しいやり取りを交わし、ひとまず適当に歩いてみようとなって家を後にした。


――ちなみに、ここまで1度も目を合わせてはくれなかった。



「高速道路から眺めてて思ったけど、ここは七瀬家より空気が綺麗だよな。景色もいいし、賑わいもある」


 一橋家から徒歩20分。

 大通りから逆の方向へ歩いて行くと、そこには不思議な光景が広がっていた。


 奥に見えるのは自然溢れる山々と美しい棚田。

 緑に溢れ、静かで心地よい風が吹く。


 そして、そんな段々の麓では、整備された石畳と広場。そこではお祭りでもないのに様々な店が屋台を出して盛り上がっている。

 人の量はセブンレータワー横の商店街と変わらない賑わいで、御年寄だけでなく近所の子供たちや覚醒者であろう武器を携えたマッチョまで。


 自然溢れる田舎感からは想像もできない光景。


 恐らく、景色の良い観光地でもこのような異様な光景は見られないだろう。この広場に隣接する林を抜ければ、どこにでもある見慣れた住宅街と大通り。

 これが文字通り大自然と隣り合わせの生活。


「……あっち、畑がたくさんある。トマト、が、美味しい」

「トマト?この地域だと旬はもう少し後だろうな。しかし、そこまで言われると食べてみたかった」

「夏は、もっと賑やか。お祭り、も」

「お祭りか。楽しそうだな」

「……ん」


 彼女の情報では、麓から見て左の奥には畑のエリアがあるらしい。魔石を利用した設備が充実しているらしく、育てているものは多岐にわたる。


 一橋妹のお気に入りはトマトのようで、少ない言葉からでも美味しさが伝わってくる。


 もうひと月ほど後だったら、ちょうど食べ頃だった。


「今度はもう少し平和な旅行とかで来てみるわ。出来ればお祭りも見てみたい」

「……また、来る?」

「お邪魔じゃなければな」


 相変わらず目は合わせてくれないし、会話もどちらかと言えば俺が話してばかりだ。

 しかし、一つ分かったのは――そこまで嫌われてはいないらしいこと。


 ずっと俺の服の裾を掴んでるし、こちらの問いかけには小さい声だけどきちんと応えてくれる。


 打ち解けたと言うには早いけれど、この進展は大きなものだ。ダンジョンの攻略を共にする可能性のある人に憎まれてたら、連携に支障が出るからな。


「にしても、そこかしこ美味しそうな匂いで腹減ったな」

「……ん」

「何か食べて行くか。おすすめとか聞いても?」

「…………トマト、ピザ」

「お、美味そうじゃん。探してみるか」


 腹が減ってはなんとやら。せっかく目の前にご馳走があると言うのに食さぬのは勿体ない。


 俺は彼女の話と腹の音に従ってピザを売っている屋台へと向かう。人を避けて歩を進めれば、やがて腹の音が一際大きく鳴り響く。


「お、そこの嬢ちゃんは一橋のとこの!」

「…………あれ、ピザの、お店」

「そっちはいつもの兄ちゃんじゃないな。知らない顔…………ん?どっかで見た事あるような」

「つくも、さん。たぶん、テレビ」

「テレビ……あぁ!!新しい一級になったって言う、あの有名人か!!」

「ど、ども」


 店員のテンション感に押されて、俺はなんとも怪しい返事をする。こんな場所にまで知られていると、少し恥ずかしくなる。


「今日は何用で?」

「……ピザ」

「嬢ちゃんは好きだったな!!兄ちゃんも食べるかい?」

「もちろん。一つ頼む」

「あいよ!」


 ピザと言えばあの丸い姿を想像する。

 ファミレスやデリバリーなどではよく見るが、屋台のピザは見たことがなかった。


 一体どんな風に出てくるのかと不思議に思っていると、


「あいよ!熱いから気をつけてな!」

「こ、これが……ピザ?」


 確かに、この美味しそうな匂いとしっかりとした生地。中にくるまった具材は熱々で食べ頃。


 しかし、これはピザというよりクレープに見える。

 ……あ、口には出さんよ?俺は見た目より味派だから。


「ん!?うっま!!」


 これは激美味ピザですわ。

 生地の厚みとしっかり染み込んだ具材の味がたまらん。耳もいい具合に焼けてて、クレープには出来ない歯ごたえ。正しくピザと読んでいい味だ。


「おじさんサンキュ。二人で1000円だよな」

「あーいや、一橋の兄妹には日頃お世話になってんだ。そのお客さんからお代なんて貰えねーよ」

「ここは払わせてくれ。こんな美味しいもの、タダでは食べれないわ」

「嬉しいこと言ってくれるね!そこまで言うなら貰っておくよ!」


 次きた時も、絶対来よう。葵にも食べさせてやりたい。


「それじゃ、移動しようか」

「また来てくれよなー!!」


 昼時ということもあって、広場の人が多くなってきた。ここで立ち止まっているのは邪魔だろう。


 なるべく人の少ない方へ移動して、ピザをゆっくり味わう。


「………………はむ」

「美味しそうに食べるな」

「……ん。美味しい」


 あまり笑わないと思っていたが、これだけ笑顔で食べてくれるなら、作った人も喜ぶだろう。


「――う、もう我慢出来ぬ!!妾にもよこすのじゃ!!」

「げっ、ハク?!」


 すっかりその存在を忘れていた、頭の上のハク。


 ここまでいい匂いに我慢していたものの、限界に達したのか手元のピザへと飛びついた。器用に口でピザを奪い、俺の膝へ着地する。


「お前な、言ってくれればもう一つ買ってやったのに」

「なんじゃ!!人が多い故目立たぬよう我慢しておったのじゃぞ!!主、どうせ忘れてたのであろう?」

「…………まぁ、悪かったよ」


 食の恨みは怖いからな。ここまでの我慢に免じて許してやるか。


「……その子、きつね?」

「あ、そうだぞ。ハクって言って、俺の従魔だ」

「見てた。すごく、強かった」

「そうじゃろう!!んぐ、妾はすごく強いのじゃ!」

「それに……、もふもふ」

「ぬわぁ!は、離すのじゃ!!」


 こちらもこちらで我慢できなかったようで、ピザを咥えてご機嫌なハクを思い切り抱き抱える。


 ハクは逃げようとするが、奪取したピザを落とさないよう必死で逃げられない。――もふらせてやれよ。

 そう視線を送ると、――妾の毛は安くないのじゃ!


 助けてくれとの視線が返る。


「しっぽ、ふわふわ。気持ちいい」

「ひゃう?!し、しっぽは……くすぐったいのじゃ!」

「へぇ、お前、しっぽがダメなのか」

「お、お主……よからぬ事を考えておるな!!」


 これはまた、良き弱点を発見した。

 邪魔な時は掴んでやろ。


「さてと、腹も膨れたしもう少し見て回ろうか」

「……ん。この子、まだ」

「抱いてていいぞ」

「ぬわぁーー!!妾は嫌なのじゃぁ!」


 ハクの悲痛な叫びも、もふ獣の触り心地を堪能する彼女には届かない。そして俺は無視。


 俺のピザを取った罰だと思って耐えるんだな。


 そう心の中でにやにやしながら、俺たちは再び目的なく歩き出した。

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