episode95 : 全力抵抗
――あれだ。
俺は駆けだした。
目の前に都合よく転がる、鉄の塊。
俺たちをここまで運んでくれた、
潰された弾みで取れてしまったモノが、戦闘の地響きで転がっていたのだ。
俺は急ぎそれを掴み取る。それなりに重たいが、穴がほどよく掴みやすいから重さは気にならない。
「シンシア、ハク。俺だけにありったけのバフをかけろ。タイヤには一切触れるな?そんでクルーとベクター、俺を全力で打ち上げろ。ありったけの風魔法で」
「主、正気か?!もう落ちる寸前じゃぞ」
「落とさせねーよ。俺の信じる
そうだよな?
『解答。成功確率は――92%です』
「ほぼ確って、そこは
『では、マスターならばできます』
どうせ、逃げても死。失敗しても死。
やってやろうじゃねーの。
「――天舞・狐巫女。とっておきじゃぞ!!絶対に成功させるのじゃ!」
「では私も……、――
二人のバフによって、身体が軽くなりエネルギーが漲る。ステータス表示では、能力の値が全て20倍近くまで跳ね上がっている。
「そんじゃ、行くぞ」
――飛翔加速
――ウィンドインパルス×2
俺が飛び上がると同時に背中を押す突風が吹き荒れた。
タイミングも威力も完璧。
感じたことの無い空気の抵抗を全身で受け止めて、その速度を落とすことなく魔法の核にできるだけ近づく。
「くっ……、け、んのう……、どこ、を、狙えばいい」
『――広域鑑定。魔法の核を表示します』
魔力の圧で徐々に息苦しくなる。
だが、賢能の表示で赤く透けた核を捉えた。
「ここからなら……っ、とど、くっ!!」
腕に全力の力を込めて、背中からの風を利用し大きくふりかぶる。息を止め、目を大きく開けて、狙いを定め
――投擲
魔力破壊の効果範囲外ギリギリで投げたホイールは、魔力圧の影響を受けることなく空を切って放たれた。
真っ白な輝きを一本の閃が貫く。
――ピシッ
中央を見つめていた俺は、空間が割れたように錯覚する。あまりに魔法が大規模故にそう見えたのだ。
そして、溜まっていた魔力が核という器を亡くしたことにより弾け、濃い魔力の波動となって衝撃を生み出した。
『衝撃が来ます』
「耐えれるのか?ってか落ちるよねこれ?!」
『既に落下中です』
投げた直後に魔法の影響を受けてMPがゼロになった俺は、重力と衝撃波をモロに受けて地面へと落ちていく。
無慈悲な賢能に文句を言う暇もない。
飛んでた時より速いのでは?さすが地球の重力とか言ってる場合じゃねぇ!!
「こ、これっまずい――
「――遠隔設置・重力結界"減"」「――起動術式・発動」
瞬間、今まで強く感じていた重力が消え、身体が中に浮かぶ。
「グァァァァ!!」
そして横から飛んできたクルーが俺を咥えて過ぎ去る。
「クルー、サンキュー!」
加えられた襟で服が伸びそうだが、感謝を込めて頭を撫でてやると嬉しそうに喉を鳴らした。
従魔みんなして撫でるだけで喜ぶのだから、たまに単純過ぎないかと心配になる。現実でおいそれと外には出せないから、してやれることが少ないんだけど。
「それに、あの魔法は……」
重力操作で俺を助けてくれたあの技には覚えがある。
――マキナがボコボコにした兄妹だ。
「にぃ……、助けて良かった?」
「あの状況で見捨てたら、僕たちが殺される」
瓦礫の向こう側……高級そうな車の前で腕を組む兄と、彼の裾を掴み首を傾げる妹。――その横で銃をしまうマキナ。
……脅迫したんだな。
「零さん、真衣さん。彼を救って頂きありがとうございます」
「僕たちだってやる時はやる」「街、を……救った」
「彼のおかげです。でなければ今頃、私たちは全滅でした」
俺は地面へ着地し、気だるい体を無理に動かして詩佳たちの元へ近寄る。
「助かった。あれはお前らの魔法か」
「僕たちに勝った人間がこんなところで死んでは僕たちの評判に関わる」「勝ち逃げ、は、……ダメ」
「けどま、危なかったのは事実だ。サンキューな」
あぁ、この兄妹は照れているのだ。
この年齢で一橋家の代表であれば、褒められることも少なかったのだろう。褒められていない人間の反応だ。
「それで、一体どういう状況なのか説明してくれよ」「あちこち……ボロボロ」
兄妹は、もはや車が通るのは不可能に近い道路を眺めて状況説明を求める。自分たちの土地が荒らされたとなれば、当然の反応か。
「はい。ですが、話し合いには不向きな場所です。場所を変えて……後で修繕のお手伝いもさせてください」
詳しい説明は場所を変えることになった。
俺としても、一度落ち着ける場所で休憩が必要だ。
「分かった。父上には僕から連絡しておこう。とはいえ、今回の件は僕たちに一任されている。父上が出てくることはないと思うが」「お父さん……、いそがしい」
「よろしくお願いいたします。移動は……乗ってきた車は使えそうにありませんね」
「それなら一台手配する。この車は三人も乗れないから」
「助かります」
話がまとまったようだ。
「九十九さんもそれでよろしい――九十九さん?」
「……悪い、もう、魔力……が、ないんだ。休ませて……くれ」
立っているのにも限界が来て、足の力が抜ける。
倒れる俺を、従魔たちが慌てて支える。
「九十九さんっっ!!!」
「主!!」「主様っ!!」
駆け寄ってきた詩佳、ハクとシンシアの声を最後に、――俺の意識は途絶えてしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……うっ、んん」
俺が目を覚ましたのは、見知らぬ天井と柔らかな布団の上。目覚めて初めに感じたのはとてつもない倦怠感と頭痛だった。
その次に感じたのは、お腹の上の
「ハク……って、うわっ!」
そして体を起こし、目の前の光景に二度驚く。
「お、おまえら……。戻ってなかったのか」
従魔たちが揃ってその部屋にいた。俺の声に気が付き、涙を溜めて飛びかかってくる。
「ちょいちょいちょいっ!!俺、一応まだ怪我人……」
声を上げて止めようとして、こいつらの思いを察して止めた。……心配かけたみたいだ。
正直、俺も結構やばいと思った。
『解答。MP切れにより、異空間に戻ることが出来ませんでした』
……そうか。あれって俺の魔力使ってるんだもんな。今までMPゼロにならなかったから、気が付かなかった。
「……ん、すや」
「ん?」
従魔たちで溢れかえる部屋の中、ふと手のひらに実に人間らしい温かみを感じる。
そちらに視線を移すと、なんとも可愛らしい寝息を立てて一人の少女が眠っている。
「……えっと、どういう状況?」
「ふん。妹に感謝するといい。街を救った恩人だと、そこの
壁際で腕を組み、なんとも威圧的な態度で言ったのは、一橋家の兄、一橋零。
睦美……?と眉をひそめるが、左手とは別に右手にも温かさを感じて理解する。
右手には詩佳の手が握られていた。
「そういう貴様もずっとこの部屋に居たでは無いか。素直に心配していたと言うが良い」
「な……っ、僕は心配などしていない!!でまかせを言うんじゃないぞ!!」
いつの間にかマキナと仲良さそうにしてるし。
俺が寝てる間に何があった……ってか、倒れてからどれだけ時間が経った?!
『マスターの意識が途絶えてから、約5時間と30分です』
結構寝てたのか。……なら外はもう夕方か。
「詩佳、ハク。起きろー」
「真衣も起きて。夜寝られなくなる」
原因は俺だから少し気が引ける。
けど、起きてもらわねば俺が動けない。
俺にしか見えていない表示でMPが半分回復しているのは確認した。もう充分動けるはずだ。
「……ん、にぃ?」「まだ……寝てるのじゃ」「私だって……まだ」
軽く呼びかけるも、三者三葉それぞれが夢の中に居座り続ける。
「……ダメだこりゃ」
「僕というものがありながら、お前のような男のどこが良いと言うのか」
「ふふっ。ハクさん、すごく嬉しそうですね」
突然の奇襲に気が張りつめていた反動か。
このあとも大変なあれこれが待ち伏せていると考えれば、今この時くらいは夢に浸るのも悪くは無い。
俺は彼女たちを起こすのを諦め再び枕に体を預ける。
――ぐぅぅぅ。
昼飯食べてないから、腹が減った。
しかしここから動けない。
――寝るのは構わんのだけど、手は離して欲しいかも。
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