episode92 : 交渉と不確定要素
――午前10時 七虹駅前のカフェ
「ここは紅茶が美味しいですよ。この時間だと……まだ朝のセットが頼めるはずです」
目を閉じ、メニューを開き、テキパキと注文をする美少女。絵面……と言うより、単純な疑問として――メニューは見えているのか、と。事情を知らない店員からすれば至極当然の思考だが、さすがは接客のプロ。
彼女からの注文に、顔色ひとつ変えずに爽やかな声でオーダーを入力している。
どうやらカウンターの奥で静かに料理を作る店長とは顔見知りらしい。この街を訪れた時は、必ずここへ来るとか。
「九十九さんはどうなされますか」
「んー、じゃあおすすめ通り朝のセットと、コーヒーを」
今日は偶然朝が早かったから、ちょうど小腹が空いてくる時間帯。セットのサンドイッチが美味しそうだ。
「それで、早速ですが……その、ダンジョンの件で」
「先にこっちの事情を説明しておこうと思う。俺がそのダンジョンに入りたい理由を」
「お願いします」
俺は彼女の理解を得るため、黄金の試練かもしれないダンジョンを探している理由を説明した。
別のダンジョンで手に入れた謎の資格のこと、これまでにいくつか見つけていて、アウトブレイクの発生するダンジョンが対象である可能性が高いこと。
俺の能力や魔王について、資格の詳細やら試練の内容に関しては知らないと誤魔化しつつ、何とかその旨を伝えた。
「……なるほど。九十九さんの事情は理解しました。一橋家の治める地で発生したアウトブレイクが、九十九さんの探す資格が存在するかも、と」
「あぁ。俺はそれさえ手に入れば他は要らない」
「何も?例のダンジョンは少なくとも一級以上だと聞いています。中で手に入る魔石はかなりの金額になるかと思いますが」
「お金には困ってないんでね。それに、こちらの頼みなんだから、そっちにメリットを提示するのは当然だろ?」
「そちらがあまりに損をする形になっても……ですか」
俺の返答に、しばらく考え込む詩佳。
彼女の答えを聞く前に、頼んでいた料理が運ばれてきた。実に朝食らしいいい匂いの品々に、小腹程度だった空腹が加速する。
「先にいただいてしまいましょうか」
俺の腹の音に気が付いた詩佳は、クスッと笑い食事を促す。その返事を待ってましたと、俺は机上のサンドイッチに手を伸ばした。
腹が減ってはなんとやら。
大変美味なサンドイッチを口へ放り込み満足したあとは、再び話に戻る。
「その、今回のお話の返答ですが、ダンジョン内への同行は可能です。九十九さんの実力ならば断られる心配もないですから、問題なく入れると思われます」
彼女の返答に少し胸を撫で下ろす。
もしも断られていたら、こっそり忍び込むとかいう悪人紛いの行動を取らざるを得ないところだった。
「一橋のご兄妹には私から伝えておきます。しかし、攻略の前に会談があります。今回の主目的はあくまで"話し合い"ですからね。彼らは攻略まで考えての呼び出しですが……、今すぐには難しいことをご理解下さい」
「問題ない。助かる」
「いえ、お役に立てて良かった。会談は3日後、出発は明日の朝より、車で出発致します」
「なら俺は電車で……、待ち合わせはどこに?」
一橋家となれば、そこそこ遠いし……、泊まる場所も確保しないとな。どっか空いていればいいけど。
「その、よろしければ……、御一緒に、どうでしょう」
「車にか?さすがに悪いって」
「大丈夫ですよ。私と運転手さんしか乗りませんから。それに泊まる場所もこちらで手配致します。攻略に同行するならば、できるだけ近くの宿泊施設を――いえ、私と同じホテルがいいですね」
「ちょ、ちょっと待て。何もそこまでしてくれる必要は――」
「効率を考えた結果です。会談には参加されないでしょう?詳しい内容をメールでやり取りするのは危険ですし、私の泊まるホテルは信頼できます。攻略当日のことも加味しての提案ですから、遠慮は入りません」
と、ここまで言われては断るのもしのびない。
「それじゃ、お願いするか。明日の時間と場所は?」
「九十九さんのご自宅に、……いえ、集合は7時にリベルゼーンギルド前でどうでしょう?」
「了解した。なんか……色々とサンキューな」
俺は素直に感謝を述べ、ゆっくりとカフェを楽しんでから詩佳と別れた。この場の支払いを強引に払ったのは、彼女の善意へのせめてもの抗いであった。
ここまで頼っておいて、払えるお金すら黙っているのは男としてのプライドが許さない。
――俺にそんな感覚があったことに驚きだろう。
安心しろ。俺もだ。
して、明日から数日の間、家を空けることが決定したのだが……
「そっかー。でもお仕事なら仕方ないよね」
「ごめんなぁ葵ーー。できるだけ早く帰ってくるから」
「べ、別に、急ぐ必要はないからね?ただ……、無事に帰ってきてよね」
グハッ――
あ、葵が、わが妹が、心配してくれている。
「当たり前だ。絶対、何がなんでも、命に変えても戻ってきてみせるからな!!」
「命って……、それじゃ矛盾してるから」
呆れた表情の葵を他所に、絶対に帰ってくると固い決意を抱く。
しかし、とはいえ葵を家に一人にしたくない。
過保護?馬鹿言え、いまの世の中、夜に女子一人っていうのがどれだけ危ないと思っている!!本当なら従魔を数体置いていきたいレベルだ。
……見つかった時に大変なことになるので、その案は賢能さんに却下されたけど。
「……なら、頼れるのはあいつだけか」
――連絡――
《――三佳、ちょっといいか》
《――お兄さん、どうかしましたか?》
《――予定があって、数日家を空けるんだが、その間、葵の傍にいてやって欲しい》
《――それはもちろんです!!でも、私の家は少し……》
《――俺の家に泊まってくれて構わない》
《――そ、それは……おおおお泊まりという事ですか?!いいんですか?!是非とも!!》
「頼む人選、間違えた……かも?」
そも、俺の交友関係の狭さが原因。
頼る相手を選ぶ権利など元から無い。何より、変態でも葵のことを大切に想う気持ちは確かだ。
葵も友達が来てくれれば嬉しいだろう。
《――俺は明日朝から出なくちゃならない。葵には伝えておくから、明日からしばらくは任せる》
《――承知しました!お兄さんも、無理はしないでくださいね》
まったく、みんなして俺の心配ばかり。
……絶対、帰ってくるさ。
「しかし、黄金の試練、か。また砂漠かな?」
スマホを置いて、ソファに沈みながら呟く。
「黄金と言えば、恐らくゴルドーじゃろうな」
「なんだよハク。知ってるのか?」
「ただの推測じゃぞ。七天皇の残りの中で、"黄金"と言われればあやつの名が真っ先に思い浮かぶ」
てくてくと側へよってきて、偉そうにも俺の足の上で丸くなる。もふもふの肌触りが心地よい。
「ゴルドーは奇妙な術を使う魔族じゃった。妾の魔法に劣らぬ技術に、魔族の名に恥じぬ立派な筋肉もあった。遠近両刀と申せば聞こえは良いが、あやつはちと……脳が足りておらぬのじゃ」
「でた。ゲームでもよくある魔法使えるのにやたら物理ダメージが痛い脳筋ボス。けど、前に戦ったクソ神も似たようなスタイルだったよな」
「主は妾たちが神と同等だと?」
「んなわけない。が、お前こそ忘れたか。既にクソ神共は動いてる。となれば、マキナのように手遅れの可能性も充分にあるぞ」
「……その場合、単純な肉体性能はむしろ厄介、じゃな。お主がやたら急ぐ理由が理解出来た」
ハクたちには悪いが、最悪の未来も想定しておかなければ、葵との約束を守れない。
セーブによる巻き戻しもできるなら避けたい。何度か発動しているとはいえ、まだ不確定要素が多すぎる。
そのための情報収集。想定と作戦は念入りに。
「お兄ちゃん、お風呂空いたよー?」
「おう。そういうわけだハク、次の試練も頼むぞ――ってか早くどけ!!」
――俺たちは強くなった。
――充分な情報も揃いつつある。
しかし、想定した
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