episode91 : 仕組まれた隠密
「その、説明しますから……、手を離していただいても?」
「逃げるなよ?」
「逃げられませんからぁ、逃げませんよ。勝てない勝負はしない主義ですのでー」
彼女の言葉に嘘は無いように見える。
逃げるつもりはない、と言うよりも
「それで、説明して欲しいんだが……ここじゃあれか。少し失礼」
「ひゃっ、……あの」
いくら人気のない路地裏とはいえ、表は人通りが増えて聞かれる危険性がある。
俺は彼女を抱き抱え、隣の建物屋上まで跳躍する。
「え、えぇぇぇぇぇっっ――イっ?!」
「ここは使われてないみたいだし、人に聞かれる心配は無い。あ、一気に跳んだけど舌とか噛まなかったか?」
「そ、それ……遅ひですぅ。もう噛みまひた……」
「す、すまん」
夜見さんの舌の回復を待ち、再度つけられていた理由を尋ねる。
「実はですね、私、"隠探者"なのですよー。ある方の命令で、貴方様の事を調べていたのですぅー」
「い、隠探者?聞いたことないな。しかも命令って……誰からだ?」
『隠探者とは、どうやら探偵やスパイなどの隠密行動を得意とする職業の一種のようです』
それで命令か。
尚更相手が気になるな。
「私への依頼者は
「な、七瀬?!……ってか、そんな簡単に話していいのかそれ。守秘義務はないわけ?」
「私は命の方が大切ですし……、あの方からは捕まった場合、
全て話す……か。それはやはり、
――試されていたって訳だ。
捕まえても逃げられてもどちらでもいい……。実に小賢しいが、まんまと罠にハマった形になった。
「んで、何を調べろって言われてた?」
「九十九さんの実力を測れ、と。それから、その
「…………」
……いったい、どこまでが憶測で、
「実力についてはもういいんだよな。どうせ、尾行に気づきあなたを捕まえた時点で完了してんだ。んでもう1つだが、――答えるわけないだろ」
「そうですよねー。当然の反応です」
親しくもない、それもこっそり俺を調べるような相手に無償で情報を渡すわけが無い。
七瀬リーダーの家族であろうと、他人は他人。初めから信用するほど馬鹿では無い。
ならばなぜ、目の前の隠探者には手の内を明かしたのか。
簡単な話だ。
――既に知られているから。
「七瀬元代表が俺を知りたいのは理解できる。自分で言いたくは無いが、最近はかなり目立っているからな」
これだけ大事になって有名にもなったが、俺は今でも目立ちたくないと思っている。理由は――まさに現在発生したような、面倒事に巻き込まれたくないから。
だが、依頼者とは別の疑問……、推測もある。
「俺を調査するのに、夜見さん、あなたが指名されたのは偶然
「…………どうしてそうお考えに?」
「前に、もう結構前だな。あの悪魔城ダンジョンを攻略した時、魔物の威圧と催眠で全員が意識を失ったあの時、――あなたは意識があった。俺が1級になる前から、俺の能力を知っていたんだ」
「……あはは。バレていたのですねー」
別に特段気にしていたわけじゃない。
ただ、攻略後に魔道具屋で会った際に言った言葉。「案外お強いのですね」というあの言葉。
あれは、目が覚めたのが早かったことに対してではなく、あの戦闘そのものに対してだったのだ。
言葉に妙に含みがあったのはその所為だろう。
「今まで忘れてたけどな。あなただと気が付いた時に思い出した。これは憶測だが、夜見さんにはかなり高い"状態異常耐性"がある。違うか?」
「そこまで見抜かれているとは……恐れ入ります」
「あまり驚かないんだな」
「まぁ、特に隠していたわけではありませんからー。それに、九十九さんもご存知の通り、状態異常耐性は魔法などの適性や能力と違って知っているからと対策できるものでもありませんのでー」
案外、図太い精神を持っている。彼女の言う通り、属性耐性ならともかく、状態異常耐性はその名の通り状態異常に分類される症状全てに耐性を得る。
毒が効かないなら麻痺――という対策ができない。というか存在しない。
その優秀さから、覚醒者の中でも貴重だと言われるのにも納得できるはずだ。
「ちなみに、それはどの辺で?」
「さっきも話したが、あのダンジョンでの催眠を防いだ……ってか、路地で躊躇なく催眠ガスを投げてきた時点で確信した」
「それもそうでしたねー」
ガスを投げた本人が――すっかり忘れていたと笑う。
さてはこいつ、こういった手段をよく使ってんな。
「それで、この後私は何をされてしまうのでしょう?」
「なんだ、警察にでも突き出して欲しいか?」
「できればやめて頂きたいですねー」
「ならさっさと行け。んで、報告するといい。尾行に気が付かれ全部話したと。あぁ、それと――用があるなら直接お前が来い、とも」
――これは挑発だ。
小賢しい真似は辞めろと言う嫌味も込めて。
「とても挑発的ですねー。元代表とはいえ、単純な力ではナンバーズでもトップの実力ですよ」
「これ以上近くでウロウロされるのは嫌なんでね」
「あらー、私が原因ですかぁ。でも分かりました。一言一句、間違いなくお伝えしますのでご安心ください」
そう言い切るならば、少しは信用出来るだろう。
別に、嘘を告げられたところで気にしないが。
「それじゃ、引き止めて悪かったな」
「いえいえ。引き止めてしまったのは私の方ですから」
俺は話を終え、当初の予定通り帰宅のため建物から飛び降りた。人のいない路地裏に着地し、そのまま表通りを進む。
この出来事が後にどんな結果になるか、それはまだ分からない。
「ただいま。……ハクいるかー?」
靴を脱いで自室へ足を運ぶと、偉そうにも俺のベッドの上で丸くなるハクの姿を発見する。
「ハク、レベル上げに行く。起きろ」
「…………む?なんじゃ、主か。今日は早かったの」
「寝ぼけてるな。まぁいい。どうせ強制だから」
ハクの横に横たわり、静かに念じる。
――無限迷宮
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
――夕方
「ふぅ。今回もだいぶレベルが上がった。しかしまー、無限迷宮の敵も随分強くなった。もう余裕攻略とは行かないな」
その日、無限迷宮から戻ってきたのは夕方。
葵はまだ帰ってきていない、絶妙な時間だ。
「主は妾の扱いが雑ではないか?!」
「んな事ない。適材適所ってやつだ」
「それで敵陣のど真ん中に放り投げるやつがあるか!!結界がなければ今頃死んでいたのじゃ!」
「けど死んでないだろ?お前なら大丈夫だと信じての作戦なんだから、お前も俺を信じてくれよ」
「……むぅ、そう言われては反論しにくいでは無いか」
帰ってきて早々に騒がしいハクだが、――ここまでちょろいと逆に心配になる。モンスターハウス的な魔物の集団をまとめて吹き飛ばすのに、投げやすい囮が必要だったのだ。
シンシアにバフもかけてもらってたし、「妾の防御結界は凄いのじゃぞ!!」なんて言うから……。
――おかげで楽ができた。
「では妾はご褒美を所望するぞ!!」
「ご褒美?また唐突な」
「なんじゃ!妾の雑な扱いを許してやるというのだ。少しは労るのじゃ!!」
「はいはい。で、何が欲しいんだ?」
「妾はいなり寿司が食べたいのじゃ!!」
……はい?いなり寿司?それってあの、寿司?
「お前なぁ、今更キツネ要素を無理に付け足さなくてもいいんだぞ」
「妾の好物じゃぞ?!」
……初めて知った。
狙ったわけじゃなく、本当に好きなのか。
「い、いや……そうなんだな。好物なら作ってやるよ」
「やったのじゃ!!楽しみにしておるからな」
俺はハクの申し出に了承しつつ、大変失礼な考えを抱いた。
――随分とやっすい褒美だな。俺は楽だからいいけど。
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