黄金の砂神

episode90 : 諸事情により

――九十九涼視点――


「え?アウトブレイクの情報?この地域には無いと思うけど」


 俺の問いに、意外そうな顔で返答をするのは、山積みの書類を手馴れた動きで捌いていく千紗さん。


 俺なら一日以上かかりそうな量だな……。


「この地域外でも構わない。高難易度のアウトブレイクの発生状況が知りたいんだ。出来ればここ数ヶ月で」

「ちょっと待ってねー。ギルドから遠い地域の情報はあんまり入ってこないから、探してみないと――あるね!」

「ほんとか?!どこだ?」

「前に旅行に行ったでしょ?それのさらに奥地、ここは……一橋家の収める地域だね」


 一橋、あの兄妹の家か。

 マキナにボコボコにされて以来だし、別れる時もめっちゃ睨んでたからなぁ……。こっそり行って帰って来れないかな。


「もしかして行こうとしてる?」

「まぁ、ちょっと用事があるんだ。個人的なものだけど」

「それで誰もいない平日に尋ねて来たんだね。お姉さん、驚いちゃったよ」


 そりゃ驚くか。この部屋は露骨に避けてたから。


 だ、だって見ろよ!!あの仕事量。

 積み上がってる書類見るだけで、体が拒絶反応を起こすんだ。やはり俺に事務仕事は向いてない。


「でも、一橋ならちょうど良かったね。確か、睦美の代表さんが一橋との会議に出席するはずだよ」

「ナイスタイミングだな。それはこっちから連絡しておく。情報提供サンキュー!」


 さて、なぜ俺がアウトブレイクの情報を探しているかと言えば、この間の詩菜が襲われた件がきっかけだ。

 あの日、罠にハマった天使を殺すときに、シンシアに頼んで記憶を読み取った。その結果、二つの情報を得たのだ。


 1つは、まさしく今、場所の情報を手に入れたアウトブレイク――新たな試練についてだ。


 どうやら、"黄金の試練"なるものを発見したとかで、クソ神共が動いているらしい。厄介な状況になる前に攻略したい。


 そしてもう1つは、について。こっちは大した情報を得られなかった……、というより、読み取った天使の記憶に制限がかかっていたのだ。


 記憶を読まれても良いように、予め対策をしていたようだった。クソ神の中にも、それなりに知能の高い敵がいるらしい。


 結局、1番面倒なのは、そういった情報管理を徹底している相手なんだよな。しかも、ギリギリ得られた情報では、どうやらその神は自ら試練の対応に動いているとか。


 ……いや?

 今までも神自身が探してたよな?


 だって戦った相手はみんな神だったし……、もしや情報ゼロ?


『はい。その神に関係する情報はゼロであると説明します』

「煽る時だけ素早く出てくんのやめろや!!」


 せっかく出向いてやろって思ったのに、出鼻をくじかれた気分だ。ってか、この思考を勝手に読まれるこれ、プライバシー筒抜けもいいとこだよな。


『いやらしいことを考えても、私は気にしませんが』

「俺が気にするんだよ!!ってか反応すんな!!」


 全く……、はぁ。とりあえず詩佳に連絡してみるかな。

 完全にやる気なくしたけど。誰かのせいでな!!


『………………』

「そこは黙んなよ!」


 都合のいい時だけ出てきやがって。


――連絡――

《――詩佳、一橋家との会談に着いて行ってもいいか?》

《――おはようございます九十九さん。すみません、会談には機密情報のやり取りもありますので、他ギルドの友人を連れて行くのは難しいかと》

《――あーいや、一橋家の領地内に用事があるだけなんだ。アウトブレイクが起きたって聞いたんだが、そのダンジョンに入りたい》

《――そうでしたか。詳しいことは直接お話するべきでしょう。明日、10時に七虹駅前にお願いします》

《――了解》


 これでよし。

 同行が許されるかは分からないが、ひとまず話は聞いて貰えそうだ。最悪こっそり潜り込むことも視野に入れておくか。


 これもギルド代表としての仕事……だったら、もう少しきちんとしたメールをするべきだったか。

 お互い連絡先知ってるし、俺が堅苦しいの嫌いだから簡単なメッセージでの会話がやりやすいんだ。


 ……千紗さんにはこの画面見せられないな。


「さて、今日は葵学校だから帰ってもやる事なし。来てた依頼は昨日片付けたから……、暇だな」


――思えば、このギルド、学生が大半なんだよな。


 ギルドの関係者が建物内を行き来してはいるが、ダンジョンに入れる覚醒者がいない。


「そうだ、翔に……って、あいつは今日予定があるとか言ってたな。親父さんとどこか行くとかって」


 別に休みでもいいんだけど。

 なんか今日は動きたい気分。

 たまにあるよね、そういう日。


「レベル上げにでも……、行くか」


 こんな時、無限迷宮の存在は大きいのだ。


 役得というか、スキル得?


「ハクも連れて行きたいし、やっぱり一度帰ろう」


 ギルドを出て、自宅への帰路に着く。

 まだ昼前だと言うのに帰宅するこの背徳感。学生時代なら喜んでただろうな。


 しかし、そろそろ昼休憩で外に出てくる人も増える。さっさと帰るのが吉。



「………………」

『警告。あとをつけられています』

「分かってる」


 ギルドを出た辺りから、何者かに尾行されている。随分と洗礼された隠密は、熟練者であり覚醒者だろう。


 俺も一瞬の魔力の揺らぎを見落としていたら、言われるまで気が付かなかった。


 ギルド前で張られていた……と見るべきか。


「撒くか?……いや、話を聞こう」


 だがここでは目立つ。

 場所は移動したほうが良い。


 俺は時計を見て慌てるフリをして、すぐ近くの路地裏へ走った。後ろの相手も同じ速さで追いかける。


――飛翔加速


 路地に隠れた一瞬のうちに、俺は真横の建物の屋上へ飛ぶ。追ってきた何者かは路地裏に入って俺を見失い、慎重に奥へ進む。――ここは影が多くていいな。


――影渡り


 音もなく、俺はそいつの後ろに現れる。


「その奥は行き止まりなんだ。追ってくるならここの地図くらい読んでおくべきだったな」


 驚いたことに、その相手は俺の声に俊敏な動きで後ろへ下がった。空中を回転し、そのすきに武器まで取り出して。


「何者だお前。なぜ俺を追ってくる」

「…………」


 黙りか。ま、そう簡単口を割るような相手の情報を信じられるわけもない。


 捕まえてから赤崎さんにでも頼もうかな。


 俺はほんの少しだけスマホへ視線を落とす。すると、その隙を付いて相手が短剣を投げてきた。


「おいおい、物騒だな」


 俺はそれを避けて相手に向き直ると、少し近くまで移動していた相手に何かを投げられた。


「――これはっ」

『催眠ガスのようです』


 なるほど。俺が動けない間に逃げようってか。

 確かに、はただの煙では無い。


 俺が煙を吸ったことを確認したのか、その相手は逃げるために近づいてくる。そして――


「……ごめんなさい」


 そう言って通り過ぎ――


「おっと、逃がさないって」


 彼女の手を掴む。


「な、んで……」

「そりゃ、催眠っての範疇だろ。そいつは残念、俺には効かない」


 手を掴まれた彼女は、驚いて手を振りほどこうとする。が、その程度では俺を振り解けない。


「それで、説明はしてもらえるんだよな?――

「――っ、そう、ですねぇ。この状況では逃げられそうにありませんし、答えるしか無さそうですぅ」

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