episode76 : これまでの成長

「さて、後片付けと参りますか」


 崩れた天井。見上げた視線の先には青く蠢くゲート。クソ神の言い方とハクの記憶からして、この先は試練で間違いないのだろう。


 瓦礫で足場の悪い教室に来た俺は、攻略前にゆっくり深呼吸。


 つまるところ、これはであり――


「皆さんを巻き込むつもりは無かったんですけど……」

「何言ってんだ!俺たちの貴重な恩返しの場を奪うんじゃねーぜ。もちろん、足でまといなら置いていって構わねーよ」

「えぇ。少なくとも、先程の緑の獣相手には遅れはとりません」

「わ、私も!!回復は任せて下さい!」


 一人で乗り込む前に、俺は彼らに捕まった。

 赤崎さんに七瀬リーダー、そして三佳。


 2級二人に1級のさらにトップ10入り。戦力としては申し分ない。むしろ過剰まである。


 しかし、俺の正直な気持ちとしては、あまり彼らを巻き込みたくないのだ。大切な知り合いだからこそ。


「…………危なくなったら、絶対逃げて下さいよ」


 そんな俺のワガママも、彼らの固い意思の前にあっさり折れてしまった。もしかすると、心のどこかで嬉しいと感じているのか。


 万が一の場合は、何としても俺が守りきる。その自信が今の俺にはある。


「行きましょうか」

「あぁ!」「了解です」「はい!」


 瓦礫をつたってゲート前に移動し、俺たちはダンジョンゲートに足を踏み入れた。


――罠がないことは、先にメタを送って確認済みだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「全員揃ってますね」

「こ、ここは…………」

「凄い……」


 ゲートを潜った先で待っていた、一面に広がる大自然。ダンジョン内とは到底考えられない。息を吸えば、澄んだ空気が心地よい。


 気持ちの良い風が空を覆う木々を揺らし、魔物なのであろう小鳥の鳴き声が返って緊張を消し去っていく。


「恐らくここ一帯の魔物はゲートから外へ出てしまったのでしょう。ただ、全てでは無いはずです」

「警戒は怠るな……ってことだ」


 俺の声に頷くように木漏れ日が揺れる。


 砂漠や雪原よりは良い環境だが、油断させるための罠だと困る。


 何より、こういった森林のダンジョンは視界が制限されて迷いやすいのが定番――なのだが


「目的地がハッキリしているのは楽ですね」

「……まぁ、あそこに行けってことだわな」


 ゲートからみて前方。

 巨大な木々で覆われているのにも関わらず、その存在感をこれでもかと放つ超巨大な巨木が一本。この森林の中央にそびえ立っていた。


 まるでアニメやゲームに出てくる世界樹のよう。


 ……復活できる葉っぱとか落ちてそう。


「ふむ。ここはあやつの趣味通りじゃな。お主らも察しておるように、試練の主はあの木の上じゃ」

「わっ?!!だ、誰?!……狐?」


 その美しさに感動していると、勝手に出てきたハクがうんうんと笑顔で頷く。勝手に出てくんなと言う俺のツッコミより早く、ハクの存在に驚いた三佳の悲鳴が響く。


「そういや、三佳は見るの初めてだったな」

――召喚


 俺は従魔全員を喚び出し、驚く彼らに紹介する。


「こいつらは俺の従魔。ダンジョンの魔物とは違って言うことも聞くし可愛い。それに、圧倒的に強い。いざとなったらこいつらを頼ってくれても構わな――なんで赤崎さん達も驚いているんです?」

「……あ、いや…………。なんか増えてない?」

「それに、何匹か進化しているような」

「まぁ、レベル上げ――じゃない、育てていますからね。新しいのは……あれです。たまたま見つけて」


 ホムラを仲間にできたのは本当に偶然だし、レベルアップも育てているのと同義だから嘘は言っていない。


 さすがに俺たちがで強くなっているなんて、話しても信じては貰えないだろう。


 ゲームでは定番でも現実ここじゃチートだ。


「お兄さん、す、凄いんですね……」

「どちらかと言えば、凄いのは俺じゃなくてこいつらだけど」


 確かに強いが、こいつらが可愛いか?と。

 俺が褒めるだけで嬉しそうにするこいつらが可愛くないわけないだろ。


「――おっと。あんまりゆっくりもしてられないらしい。魔物のお出ましだ」

「クルー、中央の木までのルートを見てきてくれ。他は……邪魔な奴らを排除で」


 どこからともなく現れた獣共。皆虚ろな瞳でこちらへ向かってくる。……洗脳済みか。


「今のうちに中央を目指しましょう。従魔なら余裕とはいえ、数が数です。俺達も戦闘の準備を」


 武器を取り、大量の獣と対峙する。後方の獣たちは従魔が対応してくれている。駆け抜けるには少し時間がかかりそうだ。


――疾走


 俺は真っ先に飛び出し、先制して熊の腕を切り落とす。

 背後に着地し、振り向く前に背中を一刺し。


「うわっ、暴れんなっ」


 刺さりが甘かったようで、背中に張り付いた俺を振り落とそうとクマが巨体で暴れ出した。


 仕方が無いので勢いよく背中を蹴り飛ばし少しだけ距離をとる。背中には短剣が刺さったまま。


「メタ、――武具変形"ハンマー"」


 あの場所が急所であることは分かっている。押し込めば絶命するだろう。


――剛撃


「なっ、いつの間に……」


 ハンマーを抱えて踏み込んだ瞬間、背後から強烈な一撃が放たれた。身を捩り何とか回避するが、完璧に体勢を崩した。


 巨体であるが故に、もう一匹が木の後ろにいた事に気が付かなかったのか。


「グオォォォォォォォォッッ!!!」


「――鉄壁」


 ガキィンッッ


 クマの爪が硬い鉄に相殺された音。


「九十九くん、気を付けてください。数が多いと言ったのはあなたですよ」

「七瀬リーダー、ありがとうございます。油断しました」

「どうやら、この獣はあちらの奥からやってきているようです。左右から挟まれると厄介ですから、こちらは私にお任せ下さい」

「了解です」


 油断していた。が、それよりも驚くべきは七瀬リーダーの強さ。もちろん、今までにも何度か目にしていた。しかし、目の前の熊は俺が倒すのに苦労するほどの魔物。


 そんな魔物の強烈な一撃を小さな盾一つで受け切ったのだ。しかも、それだけではなく……


「――旋風刃」


 風を纏わせた剣が熊の身体を一突き。するとその巨体が宙に浮き、数メートル吹き飛ぶ。


「さ、さすが……1級だ」


 彼の圧倒する実力に思わず褒めの言葉を呟く。


「おっと、俺も集中……。メタ行くぞ」

――飛翔加速


 暴れた影響で座り込む熊。背中の短剣は少し高い位置。


「動かないなら……ここまでだ!!」


 俺は空中を駆け、ハンマーを大きく振りかぶってその背中に叩きつけた。衝撃で短剣は熊を貫通し地面へ突き刺さる。


 息絶えた熊は魔力となって霧散し、ご丁寧に魔石を落とす。


「――武具変形"鎖鎌"。もう少し頑張ってくれメタ」


 短剣を拾い上げ、変形させたメタを前方へ投擲。


「キィ?!」「キッ」


 猿を二匹巻き込んだ鎖鎌が近くの木を回って根元に突き刺さった。俺の手から伸びる鎖に巻き込まれた猿は木に縛り付けられる。


 動けなくなった獣を倒すのは簡単だ。

 短剣を首筋に一振するだけ。


「ピエェェェーーーーー!!」

――ハードウィング


 木に集中していた背後から、今度は甲高い鳥の鳴き声が。今回は魔力探知で気がついていたので……


――ロックブラスト


 光らせた翼を狙い岩をぶつける。想定外だったのは、その翼が予想以上硬かったこと。


 撃ち落とすつもりで放った魔法を、いとも簡単に迎撃してみせた緑色の鳥型魔物。


【――緑刃ワシタカLv132――】


 ワシなのかタカなのかはっきりしろ。

 ……ここは森だから、タカなのか?


「よっと」


 その硬い翼を利用して頭上から迫り来るタカを躱す。


――風切


 タカの背後から斬撃を飛ばす。

 しかし速度が早くこの距離では当たらない。


「近づかないと無理だな」

「キュイィィィ!!」

「鳴き声キモっ!」


 タカを狙って飛ぼうとした脇から妙な鳴き声の鹿が突撃してきた。危うくツッコミながら直撃するところだった。


「邪魔するなよ」

――急所突


 タカや熊とは違い、この鹿は鋭い角以外はさほど脅威にならない。方向転換が苦手なようで、一度避けさえすれば簡単に倒せる。……が、その分数が多い。


「くそっ。これじゃ追えないな」

「なんだ九十九。あの鳥に苦戦中か?」

「赤崎さん!!」


 鹿を倒しながら後退していると、空中を見上げた赤崎さんが話しかけてきた。両手に長剣が2本。二刀流ってやつだ。


「俺が倒してもいいか?」

「え?!大丈夫ですけど……どうやって?」

「ま、見てろって」


――瞬走ブースト


 ニヤリと笑った赤崎さんが、いつの間にか消えた。

 慌てて周囲に首を振ると、巨木の枝の上に姿があった。


 あの一瞬であそこまで?


「ここなら届くな。――身体強化」


 タカがすぐ上を通過する。その瞬間を捉えた赤崎さんが、枝から思い切りジャンプ。


――雷風双剣


 右手の剣が黄色の、左手の剣が緑色の魔力を纏い、激的に威力が増す。


 赤崎さんがタカの軌跡を辿り右手の剣を振るうと、剣から放たれた雷がタカを追って宙を割いた。


「ピィィっ?!!」


 まさに――こうかはバツグンだ。


 雷が直撃したタカは翼の浮遊を失い地面へ落ちてくる。


――瞬走


 そこへ緑の閃光がタカを両断し、地面にぶつかって止まった。タカはと言うと、両断されて生きているはずもない。


「どうだ?俺も少しは強くなっただろ」

「す、凄すぎますね……。本当に」


 特訓したんだと笑う赤崎さん。


――どうやら俺の先輩たちは、あまりに頼もしすぎるらしい。

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