episode75 : 真のヒーロー

――九十九涼視点――


「葵っ!!」


 俺は表示を見るなり駆け出していた。

 魔物が葵と同じ校舎にいる。それだけで心臓に緊張が走る。嫌な汗も置き去りにして、俺は一目散に魔物の反応へと向かった。


「なっ、こんなところにも!――風切」


 道中にも鹿やら猿の姿があったが、疾走でなぎ倒していく俺に、傷を与える隙など微塵も無かった。

 仲間が倒された事に気がついた時には死んでいる。


「あそこか!!」


――疾走


 魔物が異様な動きを見せる部屋。

 扉に近づけないのだろう。


 中に誰かがいるという証拠だ。


 廊下の角を曲がり目の前にいた猿の首元を掻き切る。直ぐに他の奴らが気がついたが……


――影渡り&疾走


 背後からの飛び攻撃を影で回避し、別の個体の影から攻撃を仕掛ける。


「キィ?!」


 ご大層に鹿の背に乗っていた猿の背中へ一刺しし、勢いを殺さず鹿の角を握って頭をよせ首に短剣を突き立てる。 

 

――風切


 そんな様子を遠くから援護していた三匹の猿を遠距離から切断。猿共は揃って悲鳴をあげ絶命する。


「…………こんなもんか」


 ふと、魔物が手こずっていた扉に目を向ける。


「魔法か?」

『分析――魔物が嫌がる光魔法の類です。扉に重なるように展開されています』

「光魔法……なるほど。俺は触っても大丈夫?」

『問題ありません』


 淡く輝きを放つ扉に触れる。

 どことなく暖かな感触を覚え、確かに俺らには無害だと納得。ガラガラと音を立てて扉を開けた。


「誰っ?!」


 扉が動くのに驚いたのか、高く警戒する悲鳴のような叫び。


「やっぱり……、ここにいたか」

「あれ?お兄さんじゃないですか」

「お……、お兄ちゃんっ!!!ま、魔物がたくさんきて……それで……ってあれ?」

「安心しろ。魔物は全部倒したから」

「ほんと?!良かったぁ。いきなりでびっくりしたよ。エナがいなかったら死んでたかも」


 そこは大教室との間にある小部屋。左右にいくつものロッカーがあり、中央には座れる椅子。


 魔物を見て咄嗟にここへ逃げ込んだのだろう。

 涙目で三佳に感謝する葵。

 そして葵に抱きつかれてにやけているいつもの彼女。どうやら無事なようだ。


「三佳が護ってくれたんだな。俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「い、いえ!!そんなっ!私がしたことなんて引きこもる程度のことで……、感謝なんて、むしろこっちがありがとうと言いますか」


 近距離の葵と俺からの感謝に目をぐるぐるさせて、訳の分からないことを言い出す。危機感とやらも癖の前には無力らしい。


「他の生徒とは一緒じゃ――」


 葵が無事なことを確認し冷静になり、俺は気がつきたくなかった現実に気がついてしまった。


「…………すまんっ!!お、俺は外で待ってるから!!」


 咄嗟に体を反転させる行動を取れたのは偉かった。いや、この場合これが悪手だったとも言える。

 彼女たちに考える隙を与えてしまったのだから。


「お兄ちゃん、何を…………あ」

 気付いた時には時既に遅し。


 葵は上半身ジャージ

 三佳は制服の前ボタンが全開のまま、そのはだけた服では実質半裸。


 ただの小部屋にしては、妙に良い香りがすると思った。


「は、早く出て行って!!!」

「ほんとに申し訳ありませんでしたぁーーー!!!」


 俺は葵から靴が飛ぶより早く、その部屋を出て扉を閉める。この際何故ここにいたのかなんて理由はどうでもいい。


 しかし、魔物を見てここへ入った

 二人は初めからこの部屋にいたのだ。


「ここ、女子更衣室……だったか」


 部屋の名前も見ずに入ったのは迂闊だった。

 が、これは俺、悪くないよな?命がかかってたんだ。許して欲しい。


「…………あー、後でもう一回謝らんと」


 俺は廊下の端に座り込み、天井を見上げて落ち着く。

 まだやらねばならない事が沢山あるというのに、今の一瞬で半分以上が吹き飛んでしまった。


「賢能、他のゲートについて――っ?」


 俺は心の休憩もかねて空へ問い、しかし返答より早く別の気配を感じ取った。


「今の……変な魔力だ。一度でかい爆発みたいな、それから小さい……これは?」

『何者かが戦闘しているようです。対象者の魔力がもう時期消滅します』

「魔力枯渇か?!まずいっ」


 俺は慌てて立ち上がり扉越しに彼女らに伝えた。


「すまん!!二人ともしばらくそこで隠れていてくれ!」


 魔力枯渇は、放っておくと死に至る。

 セブンスゲートの仲間だろうか。


――疾走


 魔力反応はこの校舎の三階。

 もう時期消えそうなか細い魔力を追って駆け出す。


 階段を飛び越え、反応のあった階の廊下へ飛び出した。


「あれか!!」


 そこから見えたのは、閉じた非常階段の扉をしきりに叩く猿と、謎の檻に囚われた一匹の猿。


――風切


 檻の隙間を狙って猿を両断し、その奥の猿共も一掃、


「扉が開かない?!クソっ」


 奥の扉は何故か開かず、手前の扉から中を窺うとそこに大きな緑の毛皮が。――あの熊か!


 こっちは鍵の感触で開かない。


――影渡り


 自分の影へ潜り、すぐ横の巨大な影から短剣を構えて加速する。飛び出した先に振り上げたクマの腕。

 構えた短剣を太い腕に突き刺すと、身体の回転を利用して切断し、クマによって開けられた天井の欠片を足場に襲われていた何者かの前に着地した。


「グアァァァァ……っ?!」


 咄嗟のことで疑問の交じった叫び声の熊。


 俺は熊を睨みつけ、ちらりと魔力の枯渇した少年へ視線を向ける。攻撃を覚悟して目をつぶっていた彼は、俺の気配に気がついたのか顔を上げた。


 満身創痍の少年は、見た事のある……、つい昨日会ったばかりの顔。


「――よう少年。また会ったな」


 視線が合い、怖がらせないよう声をかけた。


「……あ」

「喋らなくていい。ただし、意識はしっかり持っておけ。今こいつを片付ける」


 青白い顔色。かなり重度の魔力枯渇だ。

 ここで意識を失えば命に関わる。


「グルル……」

「黙って消えろ」


 短剣を逆手に持ち、足で床を蹴る。――疾走

 奴の横腹を掻き切って通り抜け、――風切。

 振り返ると同時に左腕も切断。


――ストーンブラスト


 頭を狙って岩を叩き込み、重心の崩れた巨体の弱点へ渾身の1振り。――急所突


 重い音を立てて倒れた熊は、そのまま魔力となって消滅する。


「急げっ」


 少年の傍に座り、前に買った魔力ポーションを取り出し少年の口元に持っていく。


「飲めるか?」

「……うっ」


 瓶を傾け口に流す。ゆっくりではあるが、少しずつ飲んでくれた。呼吸は安定しているから、まだ助けられるはず。


「……大丈夫か?」

「………………あ」


 口は動いているが声が出ない。

 指先が痙攣している。


「ポーションじゃダメだ!」


 回復が間に合わない。

 何か……何か持ってないか?!


「主!ゲートが落ち着いたから戻ってきたのじゃ……ってそやつはどうした?!」

「ハク!いい所にきた。魔力を与えられるスキルとか魔法ってないか?」

「魔力……、確か光の魔法に魔力譲渡ができるモノが存在するはずじゃ」

「光魔法だな?なら、――召喚」


 喚び出したのはブラン。


「ブラン、お前の魔力を少し分けてやれないか?」

「待つのじゃ。ブランは魔物じゃぞ。人間にそのままは送るのは危険かもしれぬ」

「じゃあどうしろと?」

「お主の魔力を渡すのじゃ。ブランが仲介すれば可能じゃろう?」


 ハクの問いかけにしっぽで了承する。


「……分かった。頼む」


 俺はブランのしっぽに軽く触れ、ブランがその大きなハサミで少年の額に触れる。


 しばらくてブランのしっぽが白く光り、俺の体から魔力が抜けていくのを感じた。30秒ほどじっとしていただろう。


 ブランからの光が収まり、魔力が抜かれる違和感が消えたあと……。


「……うっ……んん…………こ、ここは」

「意識は戻ったな少年。よく頑張った」


 死にかけの状態で耐え抜いたという称賛と、この数の魔物を相手に一人で抗ったヒーローを称える意味も込めて。


「つ、くも……さん?」

「そうだ。昨日ぶりだな」


 手足が動かせるようになり、少しずつ顔色も良くなる。魔力枯渇は後遺症もあるため油断は出来ないが、ひとまず窮地は脱した。


「そうだ!!心春は?!母さんは……」

「小春?ここにいたのはお前だけだぞ」

「あ、えっと。窓から下に」


 その時。


「兄さん!!兄さん!!」

「勝谷!!終わったの?返事をして!」


 窓の外から少年を呼ぶ声がした。


「勝谷……は君の事だよな?立てるか」

「はい。ありがとうございます」


 手を差し伸べた俺は、握られた手を引いて笑顔を作る。窓へ駆け寄った少年を見つけて外から声が上がった。


「兄さん!!」

「勝谷!」

「カツ!!」


 それぞれが三者三葉の叫び。彼が愛されている証拠だ。


「下に行くか?」

「あ、行きます!階段はあっちなので」

「それは遠回りだろ。ちょっと失礼」


 少年を抱えあげた俺は窓に手をかけ、遠慮なく飛び降りる。


「う、うわぁぁぁぁぁぁー!!」

「よっ……と」


 少年に負担がかからないよう着地には気をつけ、抱えた彼を待っていた人たちの元へ送り届けた。

 呆然と一連の流れを眺めていた彼らだったが、少年の顔を見るなり涙目、笑顔、安心の表情で彼の近くに駆け寄る。


 そんな彼らの表情こそ、少年が守り抜いた一つの大切なのだ。


「……兄さん」

「ごめんな心春。心配かけた」

「バカっ。もう絶対、ダメだから」

「うん。分かった」


――少年は彼女の中のヒーローだ。


 そしてヒーローとは、であるべきだ。


 ……この先のくだらない戦いには巻き込めない。


 俺は少年とその大切たちを背に、静かにその場を離れた。


 まだ俺の戦いは終わっていない。

 もちろん、葵と三佳も安全な場所に連れて行かねばならない。


「急ぐか」


――疾走


 強い風を巻き起こし誰かがふと振り返った時、俺の姿はそこには無かった。

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