episode74 : 君のために
――
「カツ?窓の外見て何してんだ。次、移動教室だぞ」
「え?あぁ、うん。ちょっと、何か大人が多いなぁ……って」
「そりゃそうだろ公開授業なんだから。確かお前ん家も来てるんだろ?」
「妹がね。来年ここを受験するって」
妹は現在中学三年生。
高校1年生の俺とは一つ違いの出来のいい妹。俺よりも頭のいい妹だけど、この学校の特色に惹かれてここを志望したいらしい。
家から近いって理由だけで選んだ俺とは雲泥の差だ。
「カツ!!置いてくぞ」
「はいよ。今行くって」
ちなみに、カツとは俺のあだ名だ。
勝つに谷でショウヤだから。小学校の友人がカツと呼んでいるからか、後から仲良くなる人もみんなカツって呼ぶ。
「にしてもさー、いいよなカツは」
「何が?」
「だって覚醒者になるんだろ?進路に悩まなくていいなーって」
「それは……」
「あ、お前まだ悩んでるんだっけか。悪い、嫌な事聞いた」
「いいよ。それに、昨日ギルドに行ってみて、覚醒者もいいなと思ったから」
「そうだよ!!カツ、あの有名人に会ったんだろ?確か」
「九十九さんね!テレビで見た時はかっこよかったけど、実際に会ったらすごく優しくて……かっこいい人だった!」
俺も、あんなふうに堂々と……頼られるかっこいい人になりたい。そうすれば少しは妹に……。
「そういえば、お前と同じくこの学校に妹がいるって。少し前にこの学校に来てたらしいぜ?妹の保護者として」
「え?だ、誰が?」
「その九十九さんって人が。驚きだよなぁ。まさかあの歌――」
「あ!!兄さんいた!!」
隣を歩く友人のソラと雑談していると、廊下の先から俺を呼ぶ声がした。この世界で俺の事を兄さんと呼ぶのは一人しかいない。
「
妹の心春。中学の制服を着て、少し緊張した表情だ。
「あら、ソラ君と一緒だったのね。こんにちは」
「こんちはー、屋雲母」
ソラとは中学からの付き合い。
家でも何度か遊んだことがあるから、母親とも顔見知り。
「俺たち次美術で移動なんだ。美術室はこの校舎の一番上だよ」
「そうなの。それじゃあお母さんたちもついて行こうかしら」
「次の説明会は体育館だよ?こっからだと遠いけど」
それに心春の見学が目的なら、もっと色んな場所を見て回るべきなのでは。
「兄さん、寝てない?」
「授業中には寝ないよ。怒られたくないし」
「なら、兄さんの授業見に行く」
服の裾を掴み小さく微笑む心春の姿を見せられては、兄としても断れない。
「いやぁ、カツ兄さんは良き兄ちゃんだな」
「んだよ、うっせー。さっさと行くぞ」
とりあえず嬉しさを心の内にしまい、友人のからかいにツンとしながら美術室に向かった。
「うわ……、よりによってデッサンかー」
「なんだカツ?お前絵描くの嫌いだっけ」
「別に嫌いではないけど……、そんな上手く無いから」
先生から出された課題は、好きな物をペン一つでデッサンしろというもの。物を作ったり描いたりするのは好きだけど、最近は創作に関して少し気が重たい。
好きと上手が異なるように、才能とやりたい事が同じとは限らないんだ。
「……まぁ、宿題にしたくないし、頑張るか」
結局、俺は今日も妥協を重ねて生きていく。
「好きな物か……。何書こう」
そんな些細な悩みを口にした瞬間、――それは起きた。
背筋への強い悪寒に身体が震える。
同時に、校舎全体も大きく揺れる。
「な、なんだ?!」
「地震?」
……違う。
これは――
「グゴアァァァァァァァッ!!!!」
校舎の反対側から聞こえた咆哮は、間違いなく人間のものではなかった。体がヒリつき、悪い予感をこれでもかと主張する。
「なんの声だ?!」
美術担当の教師が扉を開け外の様子を見た。
「あれ……は…………」
真っ青な顔。しかし大人という立場を忘れない、勇気ある行動を思い出す。
「み、皆さん!!ま、魔物が…………魔物が現れました!!アウトブレイクです!!!」
「はぁ?!」
「あ、アウトブレイクって……あの?」
「急いで逃げないと……」
「この教室を出て左に非常階段があります。皆さん、落ち着いてそちらから避難をっ!」
教師の叫びがトリガーとなり、教室は一気にてんやわんや。我先に逃げようと扉に殺到し、教師の悲痛な指示出しも意味を成していない。
かく言う俺も、早く逃げようと立ち上がっていた。
「ソラ、逃げるぞ」
「そうだな。俺もまだ死にたくは無い」
「心春!母さん!」
「少し待った方が良いかも。あれでは返って時間がかかるわ」
母さんの言う通り。公開授業で普段より人の多いこの教室で全員がいっせいに動き出したせいで通路が詰まっている。
「……兄さん」
「大丈夫。たぶんだけど、ゲートが開いたのは反対側だ。全員が逃げるだけの時間は……」
「キキィ!!」「キィキィ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひぃ、ま、魔物がっ」
しかし、その余裕は廊下からの悲鳴によって消滅した。
「まずいっ」
俺は咄嗟に、空いていた教室後ろの扉に鍵をかけ、机で通路を塞いだ。
逃げ口に近い前扉はそのままに。
「さ、猿……が」
「あれが、魔物……」
緑色の毛に覆われ、どす黒い瞳で逃げる人々を襲う猿。かろうじて外にいた人達は逃げたようだが、教室にはまだ数人残っている。
「キィ?」
あんな鋭い爪で攻撃されたら……死ぬに決まってる。
「キャッキィ!!」「キィィ!!」
――目が合っ
「危ない!!」
猿がこちらを見た。そう思った時には身体が心春達を押し倒し伏せさせていた。
――パリンッ
そして、ほんの数秒して窓ガラスが割れる音がした。
チラリと振り返るとたった今俺たちが立っていた高さの壁に切れ目が入っている。
見えない攻撃。
目で追えない速さだったのか。
「ば、化け物だ」
手が震えている。
この中で唯一の覚醒者である俺がこのザマ。やっぱり俺は覚醒者には向いていない。
「…………みんな、よく聞いて。逃げ道は前の扉から非常階段よ。魔物はあそこから動こうとしない。だから私が後ろの扉から囮になるわ。その隙にみんなで逃げるのよ」
「そ、そんな……それじゃ母さんがっ」
「ふふ。安心しなさい。そう簡単に死ぬつもりもないわ。けれど……そうね。私は大人だから子どもの未来を守る必要があるし、私もそれを望んでいるの。だから言うことを聞いて」
母親の決心した表情に、心が痛む。
未知の化け物を相手に囮になるなんて、何をされるか分からないのに……。
「いい?私が叫んだら扉に走るのよ」
声が出ない。
やめてと。一緒に逃げようと言いたいのに。
俺には……どうしようも――
「……兄さん」
その時、おそらく無意識だったはずだ。
けれど、心春が震えた声で俺の手を握った。その目には涙を浮かべ、震えた足には力が入っていない。
そうだ。
ここには皆がいる。
大切な、家族が。友人が。
そしてここには、心春の未来がある。
――今やらなくて、いつやるんだ。
「行くわよ。みんな、逃げる準備を……」
「――
立ち上がったのは、俺だった。
かざした手で扉を指す。
能力は
叫んだ俺に能力が答えたのか。
開いていた扉の位置に、もうひとつ扉が創られる。
「――
「キィッ?!」「キィッ、キィ!!」
廊下から猿たちの騒ぐ声がした。
「――
今度は窓の外に向かってそう叫ぶ。
「カツ……、一体何を」
「ごめん。黙ってて。覚醒者になった時、使える能力も教えて貰ってた。
俺が創作を嫌いになった理由。
戦いたくなかった俺に、ただ作ることが好きだった俺に。戦うための武器として与えられた
皮肉なもんだよ。才能はなくて、けど好きで。
そんな俺に突如与えられた武器が、
だけど、俺はギルドに行って、見て、知ったんだ。
武器とは戦うためのもので、命を預ける
だから選ぶ時、皆が真剣に向き合っていた。
「今のうちに。窓から逃げよう!!」
「わ、分かった!!」
母さんも、心春も、突然の事で言葉が出ていない。
けれど今はそれどころではない。
頷いたソラを先頭に割れた窓側へ移動する。
「ほんとに……ハシゴがある。すごいな」
「いいから!早く下りて!!」
「ちょっ、押すなって」
ソラがハシゴに足をかけて下りる。部屋にいた数人も続いて。
「……に、兄さん。私…………足が」
「動けないのか?母さん!心春、足が」
「いいわ。私がおぶって下りる」
片手で心春を持ち上げた母さん。
母親がこんなにも頼もしく見えたのは初めてだ。
「兄さんも……」
「うん。今行く――」
心春から伸ばされた手を……
――ズガァァァンッッッ
掴み損ねた俺は、壁が破壊された衝撃で後ろに転ぶ。
「グルルルル」
「く、熊?!」
壊された壁から現れたのは、天井をも破壊する巨大で緑の熊。さっきの猿とは桁違いの威圧感を放ち、ただその目で睨まれただけで足がすくみ動けなくなる。
こ、こんなの……逃げられるわけが無い。
その腕をたった一振でもすれば、この教室ごと破壊されてしまう。真の化け物。
「ゴアァァァァァァァ!!!!!」
叫び声だけで、俺はさらに数メートル吹き飛ぶ。
「カハッ」
机に背中からぶつかり、そこで勢いが止まる。
衝撃をモロに受け、息が詰まる。必死に呼吸を取り戻しよろよろと立ち上がる。
「兄さん!」
「早く逃げろ!!母さん!!」
きっと、この時の俺は必死だった。
だって、何を言ったか覚えていないから。
「ダメ!兄さん!!一緒にっ」
「心春っ、暴れちゃダメよ!!」
「だって!兄さんがっ!!兄さんが……」
母親の背で必死に手を伸ばす心春。
もう、その手が届くことは無い。
「ごめんな、心春。弱い兄ちゃんで」
「そんな……ヤダ!!一緒に……。な、んで……。ぐすっ。兄さんが!!学校を守らなくたって……っ」
心春の必死の訴えに、俺は場違いながら嬉しかった。
それから、不釣り合いな自分に笑った。
「別に、学校を守りたいとか、そんな大それたものじゃないんだ。ただ……誰かの……お前のために、お前の未来のために、俺はここでは引けない」
――
「……うっ」
壁を作った。
頭が痛い。
物を創るたびに感じる違和感は、創ったものを維持するのに魔力を使ってるから?
ってことは魔力枯渇か。本で読んだっけ。
確か、体の魔力が無くなると魔力枯渇になって……、使いすぎると死ぬ……とか。そんなの、分かるわけない。
せめてゲームみたいに……、MPとか、見えたら……なんて。無理だよな。
でもいい。魔力枯渇になろうと、心春達が逃げるまでは耐える。耐えてみせる。
「母さん早く!!もう……、もたないかも」
「勝谷……。心春!!じっとしてなさい!」
「兄さんっ!!兄さん!」
俺の叫びに苦しそうな表情で母さんが目をつぶった。
そして暴れる心春を抱えて、器用にもハシゴを降りて行った。母さん、ありがとう。
……はは。こんなことなら、もっと日頃から感謝しておけば良かった……かな。
「グルァァァァァァァッッッ!!」
――剛撃
鈍い音がして、壁が破壊される。
さらにそのまま大きく痛そうな腕が俺を襲う。
もう無理だ。
死ぬのか。俺。
覚悟はした。後悔もした。
だから、涙が出た。それから一瞬だけ、思い出した。こんな時、
これが走馬灯ってやつ?
目を瞑り、痛みを覚悟して――
「グアァァァァ……っ?!」
あれ?死ぬ時って、痛みとかない?
俺は閉じた目を、ゆっくり開いた。
――あぁ、走馬灯じゃなかったんだ。
「――よう少年。また会ったな」
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