episode73 : 混乱

――ハク視点――


 主と別れた妾たちは、ゲートによって破壊された天井から下層の部屋へ飛び込む。そこには数人の子どもが身を寄せあって端に蹲っていた。


「おいキュウビ」

「なんじゃ?」


 突如現れた妾たちを見て、少年少女らは目を丸くしてこちらを見つめる。そこにマキナがこちらに視線も向けず言う。


「そのはどうにかならんのか」

「無理なのじゃ!!この耳と尻尾は魔力の管理をする器官故、隠すことはできるが消すことはできぬ」

「……仕方ない。ではということにでもしておこう」

「そ、それはそれで嫌なのじゃ!!」


 ぬぅ……妾のどこが扮装だと言うのじゃ。


「――っ。マキナ、来るぞ」

「分かっている」


 緩い会話もここまで。

 頭上のゲートより発生した不穏な気配を感じ取り、すぐさま交戦体制をとる。


「グルルルルル……」


 ゲートの中からゆっくりと姿を現した魔物。


【――剛緑熊――】


 全身緑色の毛に覆われ、妾の5倍以上はあるじゃろう巨体と見合った防御を兼ね備えた森の獣。


 ……妾の眷属と仲の良かったあやつ。


「……マキナ。あれは…………もうダメか」

「我が言わずとも、理解しているはずだが」


 分かっている。

 妾の眼前に現れたその瞳に生気は感じられず、また内部を流れる魔力がである。

 上書きされ、浸蝕され、操られたあやつは……、もはや生きているとは呼べない。


「ゴアァァァァ!!」

「ひぃっ!?ま、魔物だ!!逃げないと……、こ、殺され」


――狐火・天道炎


「せめて、妾の手で。安らかに眠ってたもう」


 青い炎が獣の身体を包み込む。避けるなんて動きをする間もない。――その獣は暴れることもなく燃え尽きた。


「ふん。瞬殺か」

「妾だってやる時はやるのじゃぞ」

「ならば――まだまだやれるな」


 妾とは違い、一度は神に操られかけたマキナ。

 だがらこそ、理解しておる。殺戮を快楽とし、敵対者を全滅させんとする奴らがで終わるはずがない。


「待って……、ねぇ。あ、あれ。あそこ……」

「ゲートが…………二つ?」


 内部から出現発生させられるゲートは一つとは限らず。


「厄介じゃの」

「あの子どもは動物に好かれていた。我らが離れたあとも、眷属の数を増やしていたのだろう」

「つまり、ここからが防衛本番というわけじゃな」

「嫌なら後ろで見ていても構わない」

「問題ない。こやつらを守れというのが、主の命じゃ」


 過去の仲間であろうと、こちらに害を為すならば躊躇などせぬ。……それが、かつて誓った仲間との約束なのじゃ。


「マキナ、ここは妾に任せるがよい。汝は奥の建物へ」

「キュウビに指示されるのは癪だが、いいだろう。あちらは我に任せるがいい」


 そう言うやいなや瞬間移動にも似た速さで視界から消え、反対のゲートから爆発音が聞こえてきた。


「……そうじゃ。問題は無いのじゃ」


 今の主はあやつで、敵は神。

 打ち滅ぼさねば、前へは進めぬ。


「しかし……、悔しいものじゃの。割り切ったつもりでいても、仲間を失うのは辛いのじゃ」


 初めの一体が倒されたことに気づいていないのじゃろう。頭上のゲートからは、続々と操られた獣が湧いて出てきおる。


「だから、再び約束しよう」


――狐火・天道炎


「妾は主を倒す。して今度こそ、守りきる!!」


ーーーーーーーーーーーーーー


――九十九視点――


「はい。アウトブレイクです。お願いします」


 戦闘が始まった。

 予想はしていたが、アウトブレイクは1箇所だけではなかった。しかし、その全てが学内なのは予想外であり、戦力が分散しない関係で都合がいい。


『――広域鑑定』


 今のところ、ゲートは5つ。

 4つの校舎に一つずつと、校庭に1つ。


 内2つはハクとマキナが対処し、校庭のはセブンスゲートの人が向かってくれるらしい。


 よって残り2つ。


「葵は……あの魔力。絵名と一緒にいるみたいだ。あの時の約束を覚えてくれていたのか。…………ありがたい。それに、あの校舎はハクが既にいる。なら、俺が向かうはそのひとつ隣」


――飛翔加速


 どのゲートも校舎の天井をぶち抜いて、禍々しい魔力を渦巻きながら魔物を排出している。クマやシカ、猿っぽい見た目の緑の獣共。


 その眼差しはどことなく虚ろで、意志を持った動きと言うよりも操られている……そんな動き。


「この試練の奴、もう堕ちたのか?それともこれは試練とは違うダンジョンなのか?」


 俺にはいまいち分からないが、どちらにせよさっさと片付けてダンジョンを攻略しなければ学校がめちゃくちゃになる。


「賢能、俺が戦ってる間、もう片方のゲートの様子を見ていてくれ。それと逃げ出した魔物の位置も」

『了解しました』


 俺はそう伝えると、たった今ゲートから出てきたシカの目の前を通り過ぎ――ついでに首を落としていく。


 そして、教室にいた人に迫る獣たちの前に飛び降り、首を投げつけた。


「ひいっ……だ、誰?…………あなたは」

「説明してる暇は無い。さっさと校舎から離れてくれ」

「は、はい!!」


 どうやらここには教師一人だけだったようだ。

 ……普通の教室だが、さては移動教室か。


 だとすれば運が良かったな。


「ピィィィィィ!!!!」

「グルァァァァ!!」


 緑色の獣たちが、倒された仲間の首を見て騒ぎ立てる。


「……よく燃えそうな毛だ」


 今ほど火魔法を使えないことを悔やんだこともない。


 まぁ、こんな場所で使ったら大火事待ったナシってな。


「さっさと片付ける」

――風切&疾走


 手前のシカ二匹を先に両断し、後方から威圧的な魔力を放つクマ目掛けて飛び込む。


「ゴアアァァァァァ」

――剛撃


「げっ……やば」


 大きく振り抜かれた腕に、俺は回避を余儀なくされる。こんな狭い場所でそんなでかい腕振り回すなっての。


「天井に穴空いてて助かった」


 直撃していたらタダではすまなかっただろう。

 その風圧だけで、後ろの壁に大穴が空いているほどだ。


「グゴアァァァアァァーーー!!!!」

――咆哮


「いやうるさっ」

――影渡り


 一瞬聞いただけで身体が怯む。

 校舎を揺らす勢いの咆哮。


「近所迷惑だろっ!!」

――風切


 影より飛翔し首元にナイフを押し当てる。丈夫な毛皮と分厚い肉で刃の通りは悪かったが、そこは自慢のSTRでゴリ押す。


 こんなデカブツに時間をかけていられない。


 何せ、ゲートからの侵攻はまだ続いているのだから。


「キィ!!」「キィィ?!」「キキィ」

「熊の次は猿の大群ですか」


――ストーンブラスト


「キィッ!!」


 超速の岩の弾丸を、余裕で避ける猿。教室の壁を利用した素早い動き。操られていても行える高い連携はデカいだけのクマよりよっぽど面倒だ。


「キャイキィ」

 しかも……


「おいおい」

――疾走


 教室の出入口付近にいた猿の頭を握りしめ、胴体に短剣を一刺し。ついでにもう片方の出入口に移動していた猿へ引き抜いた短剣を投げる。


「てめぇら、無駄に知恵つけやがって。今、……を狙おうとしたな?」


 まさか、敵の排除より人を襲うことを優先するゴミがいるとは。人間に近い脳みその方がゴミの思考になりやすいのかもな。


「キィッ?!」

「それを……俺が許すと思うなよ」


――召喚


「ルナ、


――影結


 一秒にも満たない、僅かな時間。

 猿たちは動くことも出来なかった。ルナが視界から消えたことを認識できていたのかも怪しい。


 奴らは己が何をされたかすら分からず、お互いを見て死因だけ理解して……死を受け入れる他無い。


「よくやった」


 あれだけの数がいた猿共は消え、その後ゲートから魔物が出てこなくなった。制圧……と考えていいだろう。


「数が多い割に大したことない。賢能、学校内にいる魔物の位置を」

『追っていた魔物の情報を写します』


 そして視界に映された魔物の情報と位置を確認し……


「――っ?!」


 俺はその場所を見た瞬間、息をすることを忘れ駆け出していた。


「葵――!!」

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