episode72 : 再戦

 正面入口前を右に曲がり、直線に数秒走った場所の屋上。校庭と、他の校舎上が見渡せる絶好の位置。


「お主、敵の居場所に心当たりがあるのか?」

「ちょっとな。居ないならそれでいい」


 俺はこの時間軸ではありえない記憶を頼りに、その場へ向かう。

 やつに殺された、あの場所。


「飛ぶぞ」

――飛翔加速


 ハクを頭に乗せて、俺は屋上へと飛び上がる。


「………………」


 武器を構え、全方向に注意して着地する。


「誰も……居らんの」

「まぁ、それならそれで構わな――」


――風切


 咄嗟に出した斬撃で、飛んできた魔法を撃ち落とす。


「へぇ、それに反応するか」


 空からの攻撃。

 その後に続いて一人の男が降ってきた。


「お前、何者だ?」

「てめーみたいなクソ神に教える名はねぇよ」


 さも当然と如く、俺は威圧的な態度で対峙する。

 実際威圧が自動発動していたから、というのは言葉通りの意味だ。


「…………面白い」


 俺の威圧を受けぴくりと眉が動く。それは神に対する冒涜の怒りか。それともこちらの威圧に怯んだのか。


「まぁ、答えなくても俺はお前を知っている。探していた者――魔王の後継器」


「んな事は俺だってとっくに


 絶妙な間合い。

 広い屋上が、今はとても狭く感じる。


「いい構えだ。隙がない。だが、神を前にただの人間に何が出来る?同じ土俵だと勘違いされるのは癪だ。。――神威」

「――っ」


 この距離……20メートルは離れているだろうこの距離からのスキル。濃密な魔力による神圧が、俺の体を痺れさせる。


 指先の感覚が麻痺し、硬直する。


「俺を楽しませるには、まだまだ足りない。所詮は人間か――」

「何をほざいてやがる。クソ神」


――風切


「なにっ?!」


 飛来した複数の斬撃を、神はあっさりと相殺する。


 しかし、奴の驚きはその攻撃に対してではなかった。


「悪いが、そんなチンケな圧でも負けはしない」

「お前……何をした?」


 人間が神威に屈する?

 いいや、神が人間のに屈するのだ。


『状態異常耐性Lv7

 恐怖耐性Lv5』


 俺が無限迷宮で強化できたステータスの一部。

 レベル10には程遠いが、前よりも格段に強くなっている。


「お前如きの威圧なんぞ、この程度で充分だ」

「少しはやるな。見直したぜ魔王。やはり戦いとはこうでなくちゃな!!」


 あのクソ神、神のくせに戦闘狂か?


――烈火陣


 うわ。

 初手で突っ込んでくるのかよ。


――召喚


「メタ!――武具変形"大盾"」


 両手両足に炎を纏い、正面から殴ってくる。これをいちいち剣でいなしていたら押し切られる。

 なので、こちらも初めから全力で対応する。


「おらぁぁぁ!!」


 迫る拳に盾を合わせ、受け流さずに受け止める。

 無論、それだけでは終わらない。


「おいおい、その程度の盾で防げると――まさかっ」

「もう遅い」


 拳が盾に触れた瞬間、纏う炎が消滅し、逆にその炎が神へと牙を剥く。まるで魔法攻撃だけように。


「ようにじゃなく、跳ね返したんだけど。よくやった


 後ろで腕を組むマキナが、俺の言葉に反応した。


「まさか、この程度で倒せるとは思っていないだろう?」

「そんな雑魚ならこっちから願い下げだ」


 今のはマキナのスキル"反射板"。

 それをメタへのという形で発動し、神の攻撃を跳ね返した。

 ただそれだけの事だが、これがまた狙ってやるのは難しい。マキナだからできる芸当だ。


「いいね、いいねぇ!!神の俺を利用するその思考!クソ主が殺せと命令するだけはある」


 大きく後方へ跳び、ダメージを軽減した神だったがその胸には焦げた痕が残る。いくら神だとしても、身体は人間のもの。無敵じゃない。


――ストーンブラスト

――速射


「ちっ、いつの間に後ろに」

――守護の大盾


 左右からの挟み撃ち。


 動きの鈍いライムを屋上への階段上に忍ばせておいた。そこへマキナの計算による同時攻撃。


「後ろでは無い。だ」


 マキナの計算はここで終わらない。


「妾を忘れては困る!!――狐火・地獄炎」


 背後から突如現れたハク。

 俺から離れたハクが姿を消して待っていたのだ。


 正面以外の道は絶たれた。


 残り一つは?


――飛翔加速

「――武具変形"双頭槍"」


 自分よりも背丈の高い槍を握りしめ、俺は奴の懐へ飛び込んだ。姿勢は低く、槍は下から上に突き上げる形で。


 狙うは一つ。


――急所突


「いい連携だが、


 魔力で空へ跳ぶ。

 四方を塞がれても、飛べる者にとっては大した障害では無い。宙へ逃げればいくらでも回避の選択肢があるのだから。


「――当然そう考えるよな」

 防ぐではなく、


「叩き落とせ」

――ウィンドインパルス×2


 頭上に控えたベクターとクルーの上級風魔法。

 飛び上がる際の加速が終わらぬ今、これを回避するのは至難の業。


「ちっ、――守護の大盾。どこまで読んで……」


 ここまでの連携全てをも防ぎ切るのは、さすがは神の力。あの局面でもまだダメージは反射時の焦げだけ。


「まぁ、まだ終わりじゃない。――投擲」


 俺は突き出した槍を手放し、服の裾から頭上へと一本の剣を放り投げた。俺のSTR全力の投擲。

 この程度の距離ならば、重力なんて減速にすらならない。


「ちっ」


 神は大きく舌打ちすると、投擲された短剣をその身で受け止めた。腕にグチャりと音がする。


「その程度の傷は問題ないってか。……悪手だなそれは」


 黒耀紅剣にはいくつか効果が付与されているが、その中の1つにこんなものがある。


――闇属性付与


 普段は俺が闇魔法を使えないため腐っているが、この場には使える者がいる。


――マジックイーター


 剣を通して発動した闇魔法が、刺さった肉体の内側を浸蝕していく。本来は魔力を抜き取る毒系の魔力を流す魔法たが、神相手には魔力を流すだけで充分。


「ぐあぁぁっ…………くっ」

 右腕から徐々に黒い魔力が肉体の中心に迫る。


「あれでも神ならば、体内を循環しているのは聖なる魔力。つまり光属性だろ。そこに相対する闇属性が浸蝕すれば……。激痛に耐えられるなら耐えてみろ」

「この程度のっ……ものっ!!」


 奴の身体が淡く輝き出す。

 自身の魔力を高めて浄化する気だろう。


 その場で数秒動きが止まる。


 その数秒が、


「――っ!!」


――影結び


「ごはぁっっ――」


 異空間からの斬撃が、奴の肩を貫く。


 何かを察してか、直前で体を傾けたおかげで心臓の破壊は免れたものの、満身創痍。


「神威が効かなきゃこんなものか」

「なんっ……だと!!俺はまだ……」

「回復が間に合うとでも?」


 俺の笑いに応えるように、背後から姿を現した一匹のドラゴン。


「キュアァァ!!!」


――絶対零度アブソリュートゼロ


 避けようのない絶対零度が神の身体を襲う。内側から闇魔法が蝕む奴に防ぐ術もない。

 俺たちの連携を前に、神ごときが勝てると思うなよ。


「………………」

「まだ生きているな。てめえ、ここに何を仕掛けた」

「…………そこまで気づいていたか。だが、もう遅いぞ」

「なに?」


 神が笑った直後、すぐ近くから膨大な魔力の波動が、突如として放たれる。


「まさか――っ!!」


 肌が痺れるような、嫌な感覚。俺がこの感覚を忘れるはずもない。


――アウトブレイクが発生する。


 俺のいる校舎の反対側。

 その校舎の上に渦巻く、魔力の気配に背筋が冷える。


「ひっ……ひひ。こりゃ都合がいい。狙い通りだ。悪いが先に用事を済ませに行くことにするか」

「逃がすと思ってるのか?」

「お前らじゃ無理だ。お先に行って――、待ってるぜ」


 振り向くと司寺麻の身体が強く光って、魂のような白い球体が勢いよく濃い魔力の方向へ飛びだした。


 白の光と魔力がぶつかり合い、一気に爆発。


「お前ら戻れ!!」


 膨大な魔力の波が一帯に弾け飛び、危うく吹き飛ばされそうになる。その魔力の爆発はコンクリートの天井を破壊し、大きなダンジョンゲートが出来上がった。アウトブレイクだ。


「ちっ、急いで赤崎さんたちと合流しないと……」


 目の前に倒れる司寺麻を担ぎ、安否を確認する。

 意識は無いが、神が入っていた恩恵か。俺たちが与えた命を落とす心配のある傷は治っている。


 しかし、魔力は乏しく神が入っているとは思えない。

 ……さっきの光はもしや。


「きゃあああぁぁぁ!!!!」


 女性の悲鳴が響く。

「あの下の教室か?!」


 忘れてはならない。

 今日、ここにはたくさんの人がいるということを。


「くそっ。マキナ!ハク!!人命救助を優先してくれ!!俺はこいつを引き渡して戻ってくる!!」

「了解なのじゃ!」

「……いいだろう」

「ハク、一応人型で頼む」

「仕方ないの。――変化の術」


 ここで他の従魔を送り出すことはできない。

 無駄な混乱を招くだけ。


――あのクソ神、最悪だ。


「急がないと。――飛翔加速」


 俺は二人と別れ、最高速で正門に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る