episode71 : 不安因子
七瀬リーダーはいつも通り執務室で仕事をしていた。
たくさんの書類に囲まれて、俺だったら頭痛で発狂しそうだ。
「用事はもう済んだのですか?」
「はい。突然の予定の変更、すみませんでした」
「いえいえ。実はこちらも情報のまとめ作業が終わっていなかったので、むしろ好都合でしたよ」
そう言って、彼は数枚程度の紙のまとまりを取り出した。
「赤崎君からの伝言通り、司寺麻君の情報をできるだけ集めておきました。これがその資料です」
受け取った紙を数枚めくる。
出身地やギルド内での人間関係、能力検査の内容まで。さすがはギルドマスターだな。
「しかし調査中、少し気になることもありました」
「気になること?」
「あぁ。実は司寺麻のやつ、ここ数日の動向が確認できない。ギルドに顔を出していないどころか、自宅にも帰っていない。仲のいいギルドのやつにも話を聞いたが、ここしばらく見ていないらしい」
突然の失踪……ね。
思っていた通り、乗っ取った神が行動中なのだろう。
「それから、警備して欲しいと頼まれていた学校についてです。
「なっ?!それは本当ですか!!」
「えぇ。なんでも外部からのお客さんも来るらしく、こちらも確証のない未確定の事態のために無理やりする事が出来ず……。申し訳ないです」
葵は一言もそんなこと言って…………いや、わざわざ話すことでもないのか。
こんな事なら明日の予定について聞いておけばよかった。
「何とかこちらから警備の申し出をしまして、我々が学内へ入ることは許可を貰っています」
「ありがとうございます」
このタイミングは、十中八九クソ神の計画だ。
わざわざ人が集まるところを狙う。神とは名ばかりの最悪な悪魔だよ。
「そこで対策を練って起きたいのですが、九十九君。敵は……司寺麻君は何をするつもりなのでしょうか」
こっちの事情について話すべきだろうか。
いや、あまり深入りさせたくは無い。……けど、今回ばかりは助けてもらわないとどうしようもない。
「俺も詳しいことは……、何か起こるとしか。ただ、その司寺麻について一つ言えることが」
「言えること?」
「奴は今、何者かに操られて、元の能力とはかけ離れた強い力を持っています。恐らく……下手すればこの地域一帯が滅び兼ねない力を」
俺の言葉に、今まで穏やかだった七瀬リーダーの表情が陰る。赤崎さんですら、動揺を隠しきれていない。
「冗談……では無いのですね」
「はい。到底信じられない話ですが」
「それは……そうですね。私の収めるこの場所が滅ぶなど、他の者から聞いていれば荒唐無稽だと聞き流す話です。ですが九十九君のその表情を見る限り、本当の事なのでしょう」
口元はニコリと笑っているが、目が一切笑っていない。
「その場合、きっと我々では太刀打ちできない。再びあなたの力に頼らざるを得ないでしょう」
「元はと言えば、巻き込んでしまったのはこちらの方です。全力で守ります」
そう。
今回ばかりは、本気を出さなければならない。
葵の笑顔を作る場所を、壊させる訳にはいかない。
一度負けた相手。――次は殺す。
「今回ばかりは私も出ましょう。子どもたちの未来を守るのが大人の役目です」
「俺も行こう。っても、二人ほど役には立たないけどな」
二人が参加してくれるなら心強い。
何が起こるか分からないからこその不安は、全力を以て乗り越える。
「赤崎君も充分強いではないですか。なんて言ったってもう1級も目の前でしょう?」
「ちょっ!!それは九十九に言わない約束でしょう?!」
…………え?
「赤崎さんって、3級でした……よね?」
「あーいや……な?」
「隠していたって仕方ないでしょう。九十九君、彼は君に追いつくため、ここ数ヶ月で等級を2級にまで押し上げました。今では2級でもかなり上の位置にいます」
「え、えぇぇぇぇ?!!!!お、教えてくださいよ!!」
今までとは違う俺たちの全力。
皆がそれぞれ守りたいモノを、絶対に守り抜く。
そのために、俺らはここにいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまー」
「おかえり。そうだ葵、明日学校なんだろ?」
「えっ?!お兄ちゃん、なんで知ってるの?」
学校から帰ってきた葵に尋ねると、あっさり答えが返ってきた。
「一応ダメ元で言うんだけど、明日学校サボってくれないか」
「そ、それは無理!!明日は部活で……その、ライ……」
「ん?」
「と、とにかく明日はっ!!その、学校に行かないと」
「だよなぁー。まぁ仕方ない。最悪俺が何とかする」
学校に行きたいという葵の想いを否定はできない。
「俺が……って、お兄ちゃん学校に来るの?!」
「そんなに驚かなくてもいいだろ。お前に危害は
この妹、やたら学校にいる姿を俺に見られたくないらしい。別に勉強が出来ないくらいでバカになんてしないのに。
「まぁ、授業とか見たりはしないからさ。気にするな」
「そ、そういう問題じゃ…………はぁ。分かった。私午後から体育館にいるから、あんまり近くに来ないでね」
「体育館?オーケイ」
つまり、奴を体育館に近づけさせなければいいと。
「えっと……何か起こるの?」
「起きるかもしれない。あくまで可能性の話だけど、確率がゼロでない以上守るのが兄ちゃんの仕事だ」
余計な心配をかけさせる。
俺は頭を撫で、葵の心配を取り払う。
「何も起こらないに越したことはないけどな」
「余計不安になるよ、それ」
わざと軽い感じで伝えてみる。
本当は、確実に何かが起こる。ただ、知っているのは俺だけで、証拠も何も無い。
真実とは時に、伝えない方がいいこともある。
「さてと、夕飯の準備するか」
「私まだやる事あるから、出来たら呼んでー」
「あいよ」
袖をまくり、キッチンに立つ。
妙に緊張したまま震える手で開けた冷蔵庫の中は、残り一日分の食材しか入っていなかった。
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「おはようございます、赤崎さん、七瀬リーダー」
「おはよう」「おはようございます」
朝9時前。
学生ですらまだ授業時間前のこの時間に、俺たちは学校の正門前に集まっていた。
二人以外にもセブンスゲートのメンバーが集結している。既に何人かは校舎内の巡回を行っているらしい。
「今のところ異変は無さそうです。不審物も発見されていません」
「何も起こらないと嬉しいがな。遥輝さん、俺もちょっと行ってきます」
「はい。お願いします」
俺との挨拶を交わしたあと、赤崎さんも学内へと駆けて行った。
「本日の説明会は午後2時頃で終了予定だそうです。念の為、警備と調査は4時まで行うよう手配済みです」
「そこまでしていただいて、ありがとうございます。お忙しいのに……」
「大丈夫ですよ。セブンスゲートにはたくさんの人員がいますし、セブンレータワーにも私の父が残っています。多少の替えはききますから」
そうは言っても、七瀬リーダーはギルドマスター。ギルマスの代わりができる人がいるわけない。
「助かります」
俺は彼の気遣いに心から感謝し、再び校舎へ目を向ける。
大きく入り組んだ校舎は、ここからでは全部を視界に入れられない。……やはり、一度例の屋上に行ってみるべきか。
「自分も少し様子を見てきます」
「はい。気をつけて」
このまま何もせず待っていれない。
俺は前回戦闘になった屋上に向かう。
見上げた空は暗く、どんよりとした雲が不安を煽る。
「……雨が、降りそうですね」
後ろから聞こえた七瀬リーダーのつぶやきが、やけに大きく聞こえたのだ。
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