episode70 : 一度目の出会い

episode70 : 一度目の出会い

 ちゅんちゅんと、鳥のざわめきが脳の覚醒を促す。


 意識が現実に戻るにつれて、カーテンを超えて刺さる朝日に目が眩む。


「んーーーーっ」


 腕を伸ばし、止まった筋肉たちを目覚めさせる。


 静かな平日の朝7時過ぎ。――束の間の平穏である。


 俺はのそのそとベットから起き上がり、欠伸をしながら部屋の扉を開けた。


 顔を適当に洗い、キッチンに移動して冷蔵庫を開ける。朝ごはんは……サラダと昨日の残りに手を加えて。パンは葵か起きてから。


「お主、今日はどうするのじゃ?また魔物を倒しに?」

「いいや。無限迷宮はクールタイム中で使えない。それに、今日は一昨日の連絡内容のために赤崎さんたちと打ち合わせ」

「またあの建物に行くのじゃな」


 今回ばかりは俺一人では対処しようがなく、何より何が起こるかも分からない状況での警備にはそれなりの人数がいる。


 セブンスゲートに頼むとなれば、直接相談するのが筋と言うもの。


「今まで散々頼んできた俺が言うことじゃ無いけど」

「お主も大概、人使いが荒いからの」


 ソファに腰かけ、葵が起きてくるのを待つ。


 さっき入れてきたココアを飲み、静かな朝を満喫する。忙しくなる日の朝くらい、ゆっくりさせろというもの。


「はぁ。毎日このくらい平和なら嬉しいのに」

「その平和のために、今は頑張る時なのじゃ」


 膝の上に乗ったハクが暖かい。


 このままうっかり寝そうになるが、これで葵が寝坊した日には俺が怒られる。30分になっても起きてこなければ、起こしにしかないと。


 俺は一度置いたココアをもう一度口に運び、平和という幸せを、一緒に飲み込んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここはいつでも人が多い」

「露骨に嫌な顔をするの。気持ちはわからんでもないが」


 葵を学校に送り出した後、俺も大切な用事を済ませるべくセブンレータワーを訪れた。


 なんだか、ここに来る時には毎回レベルが上がってる気がする。


 特に昨日は、全体的な戦力が大幅にアップし、俺のレベルもだいぶ上がり、新しいスキルも手に入った。既存のスキルや耐性も強化されている。


――もうあのクソ神には負けはしない。絶対に。


「……ん?」


 固い決意の元、建物内へ入ろうとしたが、その大きなガラス張りの扉の前で立ち往生する少年の姿を発見する。


 覚醒者がここを訪れることは珍しくないし、物珍しさに建物を眺める一般人もいる。しかし、その少年は扉の隅で固くなり、時折中を一瞥しては困ったように俯く。


 何より、俺よりもやや年下に見える。

 身なりからして高校生か?


 俺より年下の覚醒者ももちろんいるが、その数は少ないだろう。何せ、これでも俺は20歳だ。……忘れてないよな?


「そこの少年。ここに何か用か?」


 とにかく、気になった俺は彼に声をかけた。


「えっ?!おれ……じゃない、僕ですか?」

「あぁ、驚かせてすまん。何か困ってるみたいだったから」


 背後から声をかけたのは失敗だったな。

 不安になってる人をより緊張させてしまった。


「……ってえぇっ?!つ、九十九さん……ですよね?」

「そうだけど……知ってるのか」

「そりゃもちろんです!!僕の学校でも有名人ですよ!」


 お、俺って……そんなに有名人?

 いくらニュースになったからって、覚醒者の珍しい学生に噂されるのは大袈裟では。


「す、すまん。あんまりはしゃがれるのは慣れてなくて。それで、ここで何を?学生なら今日は学校だろ?」

「あ、そ、そうです……ね。実は」


 話を聞くと、どうやら彼は数ヶ月前の学校の検査で覚醒者であると診断されたらしい。が、気持ちの整理や予定の噛み合いで今まで放置していたと。


「昨日、学校で面談がありまして……。悩んでいるなら一度ギルドに行ってみたらどうだと担任の先生に。公欠にしてくれると言うので、試しに来てみたんですが」

「あーー、何となく入りずらいってな。その気持ち分かるぞ」


 覚醒者って、でかい武器持ってたり強面だったりで、結構怖い人多いんだよな。そんなヤツらが集まるギルドに、学生一人は厳しい。


「だったら、一緒に行くか?」

「ほんとですか?!でも、九十九さんにも何か用事が」

「まぁ、そこはほら。偉い人が何とかしてくれるから」


 早速人任せ。人使いが荒いのは認めざるを得ないかも。


 それに、重要な話ではあるけれど大体のことは既に相談済みだから問題ないはず。一応少し遅れるとだけ連絡しておいて……。


「ただの見学ならそんな時間かからないだろ。ここまで一人で来たっていう勇気を称えて、その緊張のご褒美だと思え」


 俺は緊張している少年の手を引き、セブンレータワーに入っていった。



「わぁ……広い、大きい……」

「んで、人も多いってな。地図はあそこにあるから」


 中に入るなり、少年は感嘆の声を漏らす。その視線はあっちこっちと好奇心を隠しきれていない。

 高校生になった時、もうかなり大人になったと感じてたけど、こうして見るとやっぱりまだ子供だ。


「どこ見たい?」

「えっと…………」

「あ、武器とかどうだ?実物を自分の目で見て触るのは楽しいぞ」


 武器が売ってるのはここの3階だっけか。


 先輩らしく前に出はいいものの、ここで買い物したことがないため実は俺も初見。店の場所もほぼ分からない。


「武器!!見てみたいです」

「なら上だ。そっから上がれるぞ」


 微かな記憶をあたかも"知っています"感を出す。

 そして3階へ上がり、目の前の武器屋にほっとした。


「すごい!!武器ってこんなに種類があるんですね」

「覚醒者の数だけ武器があると言ってもいい。それぞれが好みの武器を好きなように使って戦ってんだ。まぁ、あんまり癖の強い武器はおすすめできないけど」


 癖の強い武器、例えばこれ。


――ハンマー


 一件普通の武器に思われがちだが、打撃武器はそれだけで珍しい。大剣と違い"斬る"ではなく"叩く"。一撃は重いけど隙が大きく、扱いずらい。


 何より大変なのは、ハンマーに慣れてしまうと他の武器への移行がとてつもなく苦労すること。


 次にこれ。


――ライアー


 さっきのハンマーとは比べ物にならない特殊武器。

 音系統の魔法やスキルを持った覚醒者が使う用。何も無い人にはただの楽器と同じ。


「母数が少なくても、需要がある限り仕入れておくのが武器屋ってやつなんだ。特にここはギルド内のお店。楽器の使い手がいるなら用意もあるってモノよ」


――なお、全てインターネット情報である。


「うわぁーー……。本当に、これを使って魔物と戦っているんですね。みんな真剣な表情で……」

「武器はその人にとっての相棒。戦いにおいては命を預ける物だ。楽しむのもいいが、自分にあったものを選ぶのがいいぞ」


 楽しそうであり、皆真剣でもある。

 武器選びとはそういうもの。


「他にも、防具に御守りなんかの装飾品、雑貨系を売るお店もある。満足したら他も適当に見て回るか」

「はい!お願いします!」


 いつの間にか少年から緊張は抜けていて、会話も少しずつ多くなる。セブンレータワーを1周した頃には、部活の仲のいい先輩後輩のような関係になっていた。



「今日はありがとうございました!!何となく、ギルドというものが分かった気がします」

「そりゃよかった。ほとんど物見になっちまったけど」

「いえ。楽しかったです」


 少年を連れてセブンレータワーを二時間ほど周り、再び入口に戻ってきた。


 入る前の緊張が嘘のように笑っている。


「えっと、九十九さん。またどこかで会えますか?」

「会えるだろ。もし、セブンスゲートに所属するなら、その時はもう少し世話してやれるかもな」

「本当ですか?約束ですよ」

「もちろん」


 彼はまだ午前中なのでこのまま学校に戻るらしい。

 公欠でいいと言われているのに、大した真面目君だ。


「んじゃ、またいつかな」

「はい!ありがとうございました!」


 俺は駅へと走る少年に手を振る。彼が覚醒者として頑張っていれば、きっとまた会えるだろう。


「…………あ、名前、聞いてねーや」


 完全に忘れていた。

 まぁ、しばらく少年呼びでもいいか。


 それにしても、高校生で面談かぁ。

 葵の学校もそうだったが、どこも面談ってこの時期なんだな。


 俺は高校生の頃を思い出しながら、本来の用事を果たすために再びセブンレータワーに戻る。


 入口を通ってすぐ、右側のスペースで待つ知り合いに挨拶をした。


「赤崎さん、おはようございます」

「急な予定の変更だって言うから心配したが、そういうことだったか」

「たまたま入口で見つけまして。何となく……、似た雰囲気を感じて――つい」


 そう。

 気になったのには理由があった。


 どこか……、似ていたのだ。俺に。


 魔力とか、強さとか、そうではなくて……なんだろう。性格的な雰囲気?なんだか昔を自分を見ているような、そういった類の感情。


「ま、九十九に良き後輩ができるのなら、それは大変嬉しいことだ。とりあえず、俺としてはここからが本番だぞ」

「分かってます。場所は移動しますよね」

「ああ。遥輝さんが待ってる」

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