episode62 : その後の正体

――ズドォォォォォォンッッッ


 大きな爆発音がその空間に響き渡った。

 黒い煙が立ち上り、その横脇に爆発を起こした張本人たち、双子の兄妹が顔を青くして立ち尽くしていた。


「やらかした……」「ど、どうしよう……にぃ」


 彼らは味方を巻き込むつもりなど毛頭なかった。ただ全力で、眼の前の煽り続けるマキナを倒そうと攻撃していただけ。


 そのはずだった。


 いつの間にか場所を誘導させられていただけでなく、対人最強の詩佳を倒すために利用されていたなどと気づける余裕もなかったのだ。


 強烈な爆発の中心にいたのはマキナともう1人、睦美詩佳本人。それも、事前に宝石を踏んで体勢が崩れていた。


「…………ぐっ、カハッ」


 爆発が直撃した挙句、壁際まで吹き飛ばされた彼女は勢いを殺せず壁に激突し呻き声を上げた。


「…………ま、まだ」


 それでも倒れないのは、彼女のプライドとナンバーズ代表という責任故か。


「もうやめておけ。それ以上は身体への負担が大きい」

「……ですが」

 影渡りで回避していた俺は、無理に立ち上がろうとする彼女を静止する。諦めが悪いのはいい所だが、今回は悪いところだ。


「そこまでして戦う必要は無いだろ。そもそも、今回は俺の実力を見るのが目的だろ。あまり無理して体を張るのは止めたほうがいい」

「…………そう……ですね」


 おそらく、まだ戦いが続いているのに降参したくないのだろう。


 その戦いももうじき終わるが。


「ど、どうしよう……」「でも、あいつは倒したし……」

「――誰を倒したと?」


 煙の中から、爆発が直撃したもう一体の声がする。

 双子はその声を聞いて青い表情のまま動きが止まる。


「我が主が勝利したのならば、こちらも終わりにしよう」

「真衣っ!!」「んっ――起動術式・水晶壁」


 こういった場面での嫌な予感は、時として未来予知にさえ届く侮れない力となる。


 双子は姿の見えない強敵の言葉に強い危機感を感じ取り、咄嗟の判断で防御魔法を発動させた。


「ターゲット、ロック。全弾発射フルバースト


 ……しかし、本物の力とは無慈悲なもので。

 未来予知は覆せると俺が証明したように。


 圧倒的な手数チカラが彼ら兄妹を襲う。


「う、嘘だ……」「無理だよ、こんな」

「ここまでの遊戯、実に楽しませてもらった」


 爆発のお返しは爆発だと、そう言って放たれた数十のミサイルが、この試合の幕引きを宣言した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、これで文句は無いでしょうし、一つ話し合いを……と思いましたが、この有様では無理ですね」

「七瀬さん、すみません。部屋をめちゃくちゃにしてしまって」

「あはは。元々、このような試合を想定して作られた場所ですから。耐久性も修理もお手の物です」


 容赦のない爆発やら魔法の余波に、遠慮ない斬撃跡の数々。試合が終わったその部屋は、試合前とは比べ物にならない悲惨な状態であった。


 けれども、七瀬リーダーの表情は晴れやかなまま、想定通りと笑顔で頷いて見せた。


「九十九君も疲れたでしょう。今後の話はまた後日にして、ひとまず今日は解散にします」

「それは……助かります」


 疲れたかと問われれば、そりゃ疲れた。


 が、今はそれより気になることがあるのだ。


「……睦美さん、と呼んだ方がいいか」

「いえ。敗者にそのような敬称は要りません。まさか本当に、この国に私をも越える者が未だ存在したとは。世界は広いと言いますか、世間は狭いと申すべきですか」

「歳上にタメ口ってのは申し訳ない気もするが、あれだけタメ口で会話したあとだと敬語の方が違和感だ。睦美……でいいか」

「私のことは詩佳とお呼びください。睦美はその……少々堅苦しいので」


 俺はセブンスゲートの回復班に手当てされている睦美詩佳の元へ移動する。どうやら、彼女の俺に対する評価は悪くないらしい。


「分かった。それで詩佳、一つ聞いてもいいか」

「はい、なんでしょう?」

「今日、ここを訪れる時、視なかったか?例えば……そう、妙に強い気配を持った人とか」


 気になること。

 それは、試合前に感じた強い気配の正体。


「?いいえ、そのような人は視ておりません」

「…………そうか。なら、この部屋に入ってきたのはもしかして最後だったり?」

「ええ。時間通りではありましたが、ギリギリまで家の業務に追われていまして。それが何か?」

「……サンキュー、聞きたかったのはそれだけだ」


 不思議そうに首を傾げる彼女に礼を言うと、俺はその部屋を出てガラス張りの観戦室に戻る。


「お主、何か気づいた顔をしておるな」

「開始前に感じた気配。てっきり俺が気がついたから気配を消したと思っていたが、違った。あれは、来てしまったから、慌てて消したんだ」

「つまり、あの強烈な気配は、わざとであったと?」


 その問いに無言で頷いた。


「恐らく、俺の事情を知る者か、試練の関係者……」

「十中八九神……じゃろうな。しかし、ならば何故気配を消すなどと面倒なことを」

「消す理由――言い換えれば、にバレてはならない理由があった、とかな」


 彼女、と言うよりもに。


「まさか、神が人間に扮しておると?」

「可能性はゼロとは言いきれないだろ。現に、お前の仲間は神の魔力で乗っ取られてたんだ。適当な人間に成り代わるなんて造作もないはずだろ」

「理由は――っ、明確じゃな」


 そう。理由は既に明確なのだ。


 そも、何故神はハクの仲間が作った試練を乗っ取ったのか。――だ。


 つまり、試練は俺を殺すために利用されていただけで、神が利用できる相手は試練だけとは限らない。


「また面倒なことになったの」

「困ったもんだよな。戦闘の次は探偵ごっこかよ」


 人間ならば誰でも良いと考えると、選択肢は実質無限。手当り次第とはバカのやる事だ。


「ん?どうした九十九。そんな難しい顔して」

「赤崎さん。いえ、少し探している人がいまして」

「人?こんな時にか?」

「えっと、何となくさっきまでここにいたような気がして……すみませんおかしなことを」


 気配を隠せるなら、ここにいる全ての人も怪しい。もし赤崎さんに扮していたら?今戦ったナンバーズ本人たちの中に隠れていたら?


 ……あまり知り合いに疑いの目を向けたくない。


 なんとなく、こちらまで嫌な気持ちになる。


「ここにいたのは全員関係者だけだぞ。さっきまでセブンスゲートの知り合いもいたんだが、別の用で出て行ったな。ほら、前に会ったことある司寺麻しじま信吾。あいつはギルドマスターが遥輝さんにその座を譲ると言い出してから、今もなお反対派の一人。最近は遥輝さんの近くに現れることも無くなって大人しかったが……、突然準備を手伝うと言い出してな。一体どういう風の吹き回しなんだか」


 赤崎さんがこうも長々と文句を言うなんて珍しい。相当気に入らない相手なのだろう。しかし、それよりも……


――当たりだ。


 俺への敵対心と、突然の行動の変化。


「まさかこんなに早く発見できるとは」


 対象が絞られていれば、こちらから攻めることは容易い。作戦を立てる時間はたっぷりあることだし。


 ……問題は。


「おっと悪い。長々と喋りすぎた。また今度な九十九!」

「え?あ、はい。また…………ってちょっと待って……。あぁ、行っちゃった」


 駆け出していく赤崎さんを止める暇もない。

 忙しい時に足をとめさせてしまったようだ。


「なにか他に聞きたいことでも?」

「あぁ。実は…………覚えていないんだ」

「覚えて?何をじゃ」


 これが、現在の一番の問題なのだ。


「……顔をだ」

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