episode63 : はねやすめ

「……この体は馴染みがいい」


 謎の広く薄暗い空間に、一人の男。


 手のひらを軽く握りその感触を確かめている。


「アハト様、ご報告があります」


 そこへ現れたのは、背中から白いを生やした少女。どこから現れたのか、気がついた時にはそこで頭を下げていた。


「なんだ?」


 男は立場が上の者なのだろう。

 少女の報告に振り返ることもなく、低い声で問いかけた。


「存在を確認できない残りのですが、先程"黄"の手がかりを掴んだとの報告が入りました」

「そうか。他は?」

「未だ捜索中です」


 怪しげなやり取り。何かの隠語だろうか。

 彼らにしか分からない内容で話が進んで行く。


「ノーヴェに伝えておけ。俺はこのまま"緑"を探す。"黄"は他に任せる。それから、"赤"は既に回収され、"青"の始末もした。お前もそろそろ動け……とな」

「承知しました」


 最後のという言葉に、少女の耳がピクリと反応し、男の方もまた、静かな苛立ちを見せる。


 指示を受け取った少女は、さらに深く頭を下げた後に少しだけ目線を上げる。


「…………アハト様、そのお姿は?」


 そこでようやく男の姿に気がついたようで、恐る恐る男へ疑問を投げかけた。


「俺の今の身体だ。いくつか試したが、この身体が一番馴染みがいい。迷いのない信仰心と、奴への特大の。使える魔力量に問題はあるが、どの人間にしても俺の魔力を充分に扱える器は存在しないのだから、これでちょうどいい」

「とても良く馴染んでおられます」


 男の態度が少し柔らかくなったのは、彼が探していた器を手に入れて上機嫌であったから。


 少女の方もそれを感じとって静かに賞賛する。


「俺はこれから緑を誘い出すために動く。お前らは伝言が終わり次第、引き続き黄色を探せ」

「仰せのままに」


 月明かりがたった一つの小さな窓から差し込み、薄暗い空間の一部を照らす。


 そこは古びた教会のような場所。


「待ってな魔王ゴミ。俺が叩き潰してやる」


 男が一人呟く。

 その瞳には嫌悪と悪意、そして期待の色が覗く。


――照らされた空間には、既に誰の姿もない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それで?結局顔は思い出せ……て無さそうじゃな」

「あぁ。ダンジョンから帰ってきた時に文句つけてきた奴がいたのは覚えてるんだけど。仕方ないから赤崎さんにでも連絡しよう」


 ナンバーズとのいざこざがあった翌日のこと。


 俺は司寺麻信吾について、未だに思い出せないでいた。


「お兄ちゃん、最近忙しそうだね」


 朝食の最中に、葵からそんなことを言われるくらいには、微妙な表情をしていたらしい。

 あの特定の情報だけが一向に出てこないモヤモヤ感は、どんな情報でも気持ちが悪い。


「ちょっと考え事。あー、こんな時ネットでぱぱっと調べられたら楽なんだけど」


 非覚醒者の俳優や芸人、覚醒者でもナンバーズや一級などの有名人ならばそれなりに情報は転がっている。


 しかしそれら以外の一般覚醒者については、法レベルの規制とAIによって一切の個人情報が隠されているのだ。

 

 個人の情報が欲しければ、所属するギルドか本人に直接申し出て許可を貰う必要がある。


 俺も一級になり、更にはあれだけテレビで放送されてしまったから名前と顔はバレているが、ネット内で検索してもそれ以上のことは何も出てこない。

 あ、一応誰かが撮った動画とかニュースに上げられてた映像が出てくるか。


 ……あれだって俺の許可はないわけだから、訴えることは無論できる。


 面倒だし、今さら隠すことでもないからいいけど。


「へー、お兄ちゃんが考え事なんて……珍しくもないか」

「なんだ?俺バカにされてる?」

「違うって。最近はゲーム以外のことも悩んでることが増えたなぁ……って。何も出来ない私が言うことじゃないことかもだけど……さ」


 しょぼんと、徐々に声を小さくさせて言う。


「葵はまだ学生だ。そして俺はお前の兄だ。子どもは大人に頼るもので、妹は兄を頼っていい。少なくとも俺は、お前が楽しく生活するためなら命だって削る覚悟がある。もちろん、頼ってくれればそれはもっと嬉しい!」


 俺の力は、家族いもうとのためにあると言っても過言じゃない。頼られればそりゃあ……嬉しいに決まってる。


「だからそんな顔するな。葵が毎日楽しそうにしてくれれば、それだけで俺の悩みなんて消えて行くんだから」


 力があろうが無かろうが、一級になろうが、有名になろうが、俺のやるべきことは変わらない。守りたい大切ものも変わらない。


「…………ふふ。やっぱりお兄ちゃん、私のこと好きすぎだよ」

「はぁ?!兄が妹を好きで何が悪い!!」

「うわぁ……。それ、本人を目の前にして言うことじゃなくない?なんか……わ、私が恥ずかしいよ」


 何だこの妹。可愛いぞ?


 いつものあの元気な感じと違う。

 照れてる姿が可愛いなんて……、俺は変態じゃないからな!!


「まぁ、そういうわけだからさ。あんま心配しないでくれ。そもそも、別に葵が心配するような考え事はしてない」


 だが司寺麻信吾。

 葵に心配をかけた原因のお前だけは許さん。


 神の仕業だろうがなんだろうが、絶対殴る。


「心配なんて…………あっ!!!」


 なんともいたたまれない空気になりかけたその時、突如葵が大きな声で叫んだ。


「忘れてた!!」

「何を?」

「お兄ちゃん!明後日、学校に来て!!面談に保護者が必要なの!」

「め、面談?」


 そういや、俺が学生の時もあったな。


 いや、俺は二者面談以外やったこと無かったけど。その時間が本来は三者面談だった。


「テスト明けだし、そんな時期か。葵……、まさか」

「て、ててテストは平気だったよ!赤点は1つもないし、今回は先生からも褒められたんだから!!」


 テストという部分に引っかかるが、学業以外の生活に関して俺から文句は無い。

 むしろ好きにして欲しい。


「大方進路とか、その辺の話だろ。明後日だな。午後からだろうけど、葵は一度帰ってくるのか?」

「ううん。学校で待ってるよ」

「んじゃ、着いたら連絡する」


 明後日……、絶対予定を空けておかないと。

 司寺麻の情報については、後で赤崎さんに連絡しておこう。



 そして面談当日。俺は久しぶりに"学校"という建物に足を踏み入れ、懐かしい気分に浸っていた。


「ねぇ、あれって……」

「すご、本物だ。かっこいい」

「サインとか……貰えたり?」


 先生との面談のために葵の後ろを歩く俺を、部活動か何かで校内に残っていた多数の生徒が小さな声で俺の話をしている。


「お兄ちゃん、すっかり有名人だね」

「見た目は昔から変わってないと思うんだがなぁ。どうせなら学生時代にモテたかった」

「いや、お兄ちゃん結構変わったと思うよ?前はもっと……オタクっぽかった」

「んだよ。今だってオタクだが?」


 服装も見た目も変わらないはずなのに、この反応の違い。唯一変わったところと言えば自信くらいだけど、そんなもので変わる評価なら学生時代はモテていた。


 やはり、知名度が高いというのは、それだけで存在バフがかかるらしい。


「……あれ、葵様じゃない?お兄様も有名人とか、憧れちゃうなぁー」

「葵様、いつもより嬉しそうだね。今度のライブには絶対行きたい!」


 しかし、所々で葵の名前も耳にする。

 葵って、学校でそんなに有名なのか?


 …………まさかっ?!


「あ、葵。お前、そんなに成績が悪いのか?!」

「えっ?急に何の話?!」


 俺は誤解によって生まれた葵の進路についての不安を抱え、何故か本人よりも緊張して面談に望むことになるのだった。

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